第六章 第十一話
「散開しろ~っ!」
廃教会に、近衛騎士団長の叫びが響き渡る。
セブンスの魔術によって戦闘不能の大怪我を負っていたゴールドは、たったその一言を放つだけで力尽き……崩れ落ちていた。
とは言え、彼が死力を振り絞って叫んだ甲斐はあった。
何しろ、教会内の惨状と、疑いようのない犯人の姿を目の当たりにした所為で呆然と立ち尽くしていた。神聖王国立サウスタ聖騎士学園の生徒達は……その叫びで我に返ったお蔭で、セブンスの突撃に何とか反応することが出来たのだから。
「燃えろ・炎!」
「……ちぃ!」
反応出来たお陰だろう。
フレアは自分に迫ってきた炎を、馬車の中で新しく作り出した光すら吸い込むような黒のマントで防御する。
彼女が悪魔の欠片によって造り上げたそのマントは、魔術によって生み出された炎をあっさりと吸い込み、かき消していた。
「……やるしかない、かっ!」
見慣れた『学園最強』の少年が、同じく見慣れた級友の少女に向けて炎を放つのを目の当たりにしたクレイは……一瞬だけ躊躇したものの、すぐに首と共に迷いを振り払い……
「いくぜぇええええええええぇっ!」
気合を入れるようにそう叫ぶと、懐のゴーレムに魔力を注ぎ込む。
操主によって魔力を込められたゴーレムは、クレイの望むサイズへと膨張する。
その人間の倍ほどの大きさのゴーレムは、全身岩で出来た、両手に炎の手斧を一つずつ持つ……クレイ=セントラル渾身にして最高の傑作である。
「押し潰せぇええええっ!」
その凶悪な質量の塊は、マスターであるクレイの指示に従い……セブンスへ襲い掛かると、左右の手斧を振り下ろす。
「……ふっ」
だが、セブンスは顔色一つ変えず、吐息一つを零しただけで、その双撃の合間に身を滑り込ませ……手にしていた魔剣をゴーレムに突き立てる。
とは言え、そのゴーレムの素材は、あの岩のような悪魔の表皮である。
シェラの両手剣で何とか削れたほどの硬度を持つその表皮を前には、セブンスの持つ『黒の貴婦人』でさえも貫くことは叶わなかった。
「そんな攻撃が通用すると思うなぁ、セブンスっ!」
セブンスの戦意を挫くように、クレイが叫ぶ。
叫びながらもゴーレムを操り……彼の姿目がけ、渾身の斧を振り回す。
……だが、当たらない。
彼の技巧が幾ら卓越しているとは言え……巨大なゴーレムの速度とセブンスの速度は、あまりにも違いすぎた。
「セブンス! 止まれっ!」
セブンスの速さに息を呑んだフレア=ガーデンが、彼の左側からフレイルを叩きつけたものの……身軽な彼女とは言え、戦闘訓練をしっかりと積んでいる訳ではない。
真紅に輝くフレイルの先端は、少年の身体を捉えることなく、あっさりと空を切っていた。
「……っ!」
同時にリスも無言のまま、背後からナイフを投げたもの……それすらも彼の姿を捉えることは叶わない。
だが……三人がかりの連続攻撃を前にしては、流石のセブンスでも反撃する隙を見い出すことは出来なかった。
いや、それどころか……リスの投げナイフに不意を突かれたらしき彼の体勢は、大きく崩れかけている。
「今だ! 行けぇええええええっ!」
……その瞬間、だった。
後方から機会を窺っていたトレス=エイジスが、石壁に描かれた魔法陣を背後に、大声で叫ぶ。
その魔法陣から現れたのは……悪魔の天敵とも言える、数多の光の精霊達である。
恐らく、悪魔の欠片を埋め込んだ杖を媒体に……魔力にモノを言わせて喚びまくったのだろう。
その膨大な魔力を難なく使いこなす姿は、まさに天才という名を冠するに相応しい。
「~~~っ!」
召喚士の少年が放った号令と共に……その精霊達が一気にセブンスに襲い掛かる。
だけど、セブンスは体勢を崩したままとは思えない、とんでもない跳躍でゴーレムの股下を潜り抜けると、その背後へと回り込むことに成功していた。
その結果……光の精霊達はただゴーレムへと直撃して果てる。
そして、ゴーレムの近く……その精霊たちの攻撃圏内には、セブンスどころかフレアまでもが入っていた。
「……おい! トレスっ!」
「何を考えているのだっ!」
「ダメージはないだろうっ!」
クレイとフレアが同時に上げた抗議の声に、トレスは必死に弁解する。
と言っても、それは口先の言い訳ではなく……光の精霊の一斉突撃では、ゴーレムの表皮に傷一つつけることも叶わなかった。
そして、精霊達の攻撃を小柄な身体を覆う漆黒のマントによって防いだフレアだったが……その光の洪水を前に、反射的に防御態勢を取ってしまうことは避けられなかった。
それは物陰に隠れていたリスも似たようなもので……その精霊たちの輝きに目が眩み、セブンスへの攻撃を一旦断念する。
結果として、光の精霊達の攻撃によってフレアやリスの追撃から逃れたセブンスは、行きがけの駄賃とばかりに、次々と魔剣による斬撃や魔術をゴーレムの背へと放ち続けていたのだが……
幸い、クレイの造り上げたゴーレムの表皮は、それらの攻撃を難なく弾き返していた。
「くそ、このままじゃっ!」
とは言え……あのセブンスが相手だ。
頑丈さが取り柄の彼のゴーレムとは言え……いつまでも耐えられる筈がない。
ゴーレムを操るクレイは、現状をそう把握して焦りのあまり悲鳴を上げる。
「シェラ! 援護をっ!」
その声を聞きつけたフレアは、現状では勝負にならないと判断し、もう一人の仲間に援護を呼びかける。
だけど……シェラ=イーストポートは斃れた父親を案じているのか、それとも『学園最強』の少年に攻撃を向けるのを躊躇しているのか、動かない。
その間にも、岩の肌を持つゴーレムは、徐々に徐々にその表皮を削られ始めていた。
「……シェラぁっ!」
「……分かっていますわっ!」
必死のクレイの叫びで、やっと動き出したシェラが、両手剣を肩に担いだ体勢のまま、セブンス目がけて走る。
「セブンス!」
そう叫びながら放たれた、シェラ渾身の両手剣による一撃を……セブンスはあっさりとその一撃を受け流し、そのまま身体の横で、腕を掴み、彼女の身体を易々と放り投げる。
……と、同時に背後から襲いかかってきたゴーレムの一撃から、華麗な足捌きで身体を逸らしたかと思うと、『学園最強』の少年はそのまま独特の歩法を使い、いとも簡単にゴーレムの背後に回りこんでいた。
「くっ!」
あっさりと斬撃をいなされ、軽く放り投げられたシェラではあったが……彼女もただ毎日毎日投げられ続けた訳ではない。
投げを喰らった彼女は、本人の体重よりも重い全身鎧を着たままで……大地に叩きつけられた勢いを逆に利用する形で跳ね起きるという、超人技を発揮していた。
「まだまだぁっ!」
シェラは大地に叩きつけられた衝撃に怯むこともなく、両手剣を正面に構え、セブンスめがけて再度の突撃を敢行する。
そのシェラの斬撃とタイミングを合わせ、横合いからトレスの召喚魔獣であるグリフォンがセブンスに襲い掛かって行く。
「爆破」
「……ぐっ」
そんな二人の連続攻撃にも、セブンスは欠片も慌てなかった。
シェラの突撃を軽い魔術によって足止めしつつ……ただ単身で突撃してきただけとなったグリフォンに向け、欠片の躊躇もなく『学園最強』の反逆者は魔剣を突き立てる。
「お、おい?
嘘だろうっ?」
ただの一撃で耐久限度を迎えたグリフォンがあっさりと還っていったのを見て、トレスは困惑の叫びを隠せない。
セブンスが突きを放った隙を狙い、背後からゴーレムが襲い掛かるものの……またしてもその炎の斧の一撃は、彼を捉えることは出来なかった。
「ちぃっ! フレア!」
「分かった!」
眼前で同じ光景が繰り返されることに苛立ったのだろう。
ゴーレム使いの少年は、荒げた声で仲間へと呼びかけていた。
その叫びを聞いたフレアは、懐から悪魔の欠片の……材料に利用した残骸を取り出すと、それを触媒に魔術を展開する。
「光・矢・対象・正面・生命体・本数・十七!」
悪魔の欠片を用いたフレアの魔術は、彼女の限界を遥かに超えた十七本の光の矢となって、一斉にセブンスへと襲い掛かって行く。
「……っ、ちぃっ!」
その魔術の効果と威力を見て回避動作に入ったセブンスの右腕に突如、漆黒の鞭が絡みついていた。
「やった!」
彼の背後に回りこんでいたリスが、彼の注意が魔術に向かうその刹那を捉え、フレアの手によって造り出された影の鞭で、セブンスを捉えたのだ。
「これならっ!」
最高のタイミングで決まった鞭に、リスは喜びの声を上げる。
それは……絶対に回避できないタイミングの筈だった。
何しろ、あの光の矢は自動追尾型で、目標を捉えるまで話さない。
……その上、彼女の鞭によって、セブンスは身動きが制限されているのだから。
「光よ!」
……だけど。
現状を一瞬で把握したセブンスは、冷静に右腕で発光の魔術を放っていたのだ。
ただ光るだけのその簡易な魔術は……右腕に絡みついていた、影で出来た鞭をあっさりと消滅させる。
「なっ?」
そして、セブンスは光の矢が向かってくる方向へ躊躇なく飛び込み……光の矢を身体のあちこちに喰らいつつも、手にしたままの魔剣を、魔術を放った人間に突き出す。
「……くぁっ?」
「フレア!」
セブンスの魔剣によって胸を強打され吹っ飛んだフレアを目の当たりにして……彼女を取り合う形で決闘をしたこともあるトレスが必死の叫びを上げる。
「……だ、大丈夫だっ!」
胸を強打され、倒れこんだフレアは……それでも自身の生命に別状がないのを確かめると、叫び声で仲間に無事を知らせていた。
確かに……彼女に怪我はなかった。
服の下に着込んでいた、クレイのゴーレムと同じ素材で作った胸当てが、彼女の身を守ったのだから。
──だけど。
今のセブンスの一撃は、全く躊躇がなかった。
確実にフレアの命を奪おうとしたその魔剣の一撃は……何の躊躇いもなく、彼女の心臓へとまっすぐに放たれたのだから。
真正面から殺気を向けられた彼女は、その事実を思い返した途端……指が震え始める。
「……くっ。
何だ、これはっ?」
その震えを振り払おうと、前に踏み出そうとするものの……彼女の脚は、脳が下す命令通りには動かなかった。
そんな自分の身体に苛立ち、フレアは必死に叫びを上げるものの……小柄な彼女の身体は「命を危険に晒してまで立ち上がろうとする」彼女の命令を、どうしても受け付けてくれなかったのだ。
「それならっ!」
魔術を放つ砲台くらいにはなってみせようと、フレアは魔術を使うための準備を始める。
……だけど。
彼女の無意識は、魔術を放つことで、『先ほどと同じ殺意』を自らに向けられることを是としなかった。
その所為か……魔力が、思うように集まらない。
……恐怖によって、集中が途切れているのが、自分でも分かる。
「くそぉおおおおおおおおおお!」
結局……フレアは、自らの身体を地に縫い付けている恐怖の存在を認め、自分の情けなさに叫ぶ。
だけど、叫んでも喚いても、身体の震えは止まらず……ついに彼女は、悔しさに涙しながらも、ただ蹲ることしか出来なかったのだ。




