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第一章 第三話


 セブンス=ウェストエンド。

 神聖王国立聖騎士学園で学び始めて二年と三ヶ月。

 神聖王国の版図の八割を占める島の、その西の端にある小さな領土出身。

 次男。

 黒髪に金の瞳。身長は平均より少し高め。

 記憶力、身体能力、魔力全てにおいて人間とは思えない数値を叩き出し、士官学校に入って僅か半年で、学校始まって以来の天才と呼ばれ、全学年から注目の的となる。

 交友関係は非常に狭く、彼と話を出来る人間は数えるほど。

 班活動では協調性に欠けるところあり。

 成績は優秀であるものの、授業態度は最悪との評判である。

 交際している女性の噂は過去・現在共になし。

 シェラ=イーストポートとは犬猿の仲である様子で、何度も衝突を繰り返している模様。

 悪趣味な右腕の真っ黒な籠手を外さないのが、彼の変わった特徴の一つ。

 それ以外に特異な趣味・思想は見当たらず。

 何より全学生の間で確定した噂として根付いている一つの項目として。

 ……ペットである白い兎のミミちゃんを、溺愛している。




「なんだ、こりゃ」


 報告書を読んで、王都近衛騎士団団長ゴールド=イーストポートは声を出した。


「ですから、近衛騎士団団員の最有力候補です。団長」


「そうじゃなくてだな~」


 ゴールドはその名の由来となった、金髪を手で搔き乱しながら、何を言いたいか少し考え込む。

 ……その癖の所為か、最近、彼の額が少しずつ寂しくなってきているのだが。


「他の3生徒と比べて、何故か非常に扱いが豪華じゃないか、コイツ。

 顔の画像魔術まであるし、過去の女性遍歴やペットの詳細まで調べている。

 まるで、その……」


 ──お見合い写真がこういう感じじゃないのか?


 ゴールドはそう続けたかったのだが、自分自身がお見合いなんてした事がないだけあって、迂闊な発言は控えた。

 そんな発言をしたら、目の前の部下……士官学校で同期だった頃からの親友が、間違いなく二十年ほど前の彼自身の結婚騒動の事を口にするからだ。

 それでコイツと喧嘩になって、勢い余って迂闊な発言をしようものなら、妻に伝わる。

 そうすると、かなりの高い確率で『地獄』が待っている。

 それだけは御免だった。

 魔王と一騎打ちして果てることも厭わないゴールドだが、アレは怖い。

 ……割と、冗談抜きで。


「何しろ、団長の未来の婿養子かもしれませんからね」


「……おい。そりゃ、どういう意味だ?」


 ゴールドの顔が険しくなる。

 部下が泣いて許しを請うと評判の強面だが……士官学校からの同期に、そんなのは通用しない。


「ですから、そういう意味ですよ、団長」


「俺のシェラに悪い虫がついたってのか!」


 ゴールドはそう叫ぶと、机の脇に立てかけていた聖剣アルスと魔剣アルヴァと手に取る。


「ちょっ、団長!

 まだ仕事がっ!」


「仕事がなんだってんだ! 俺は家庭の方が大事だ!」


「ダメですってば、団長~!」


 まぁ、王国で一番実力と緊張感があると評判の近衛騎士団がこの調子である。

 ……神聖王国は、本当に平和だったのだ。





「ミミちゃ~ん。ご飯の時間だよ~。」


 男子寮の一室。東棟2階の奥の端。

 その部屋に、不気味な男の声が響き渡る。

 何というか……甘い声だ。

 言うならば、喫茶店などで若いバカップルが周囲を省みずにいちゃついている……そんな時に出す、周囲の人間からすれば顔をしかめるような、だけど本人達には全くその状況が理解できていないような。そんな声。

 それを、さっきまで何があっても眉一つ動かそうともしなかった、学園最強と名高く、そして次期近衛騎士団最有力候補と目される、あのセブンスが出しているのである。

 しかも、それほど大きくない部屋で。

 ……兎相手に。

 いや、勿論、兎が可愛くない訳ではない。

 神聖王国でも、西の端にしか居ない希少種の、耳が翼のように長い、俗称『羽兎』である。

 しかも、毛並みは白く艶やかで、コートにしたら女王陛下が召される級の毛皮である。

 だけど、そういう打算も何もなく、セブンスは緩みきった顔で兎を眺めているのだ。


「きょっおうの~ごっはんは~にっんじっんだっよ~」


 少年はブキミに歌いながら、先ほど食堂で受け取った人参をポケットから取り出して、水の魔術で洗浄する。

 そして、羽兎のミミちゃんが人参をカリカリ齧るのを至福の笑みを浮かべて眺めている。

 ……不気味である。

 ……もう、どうしようもなく不気味である。

 だが、士官学校では、それについて誰も何も言わない。

 何しろ、セブンス=ウェストエンドの入学時に色々あったのだ。

 ペットを禁止と叫んだ寮長はアバラを二本折られたとか、耳が長くて変だと言った同級生を失明させかけたとか、ペットを人質にしようとした上級生は延々と壁に向かって話し続けるようになったとか、そういう『逸話』が。

 コレさえなければ、学園最高の実力を誇っているセブンスである。

 色々とあった後、学校関係者や生徒は……彼のこの性癖を無視することにした。

 だから、セブンスには友人が少ないし、恋人がいない。

 だけど、本人は納得していた。

 誰の目から見ても、その笑顔は文句のつけようのないほど幸せそうだった。

 ……少なくとも、ミミちゃんが人参を食べるのを止めた、その瞬間までは。


「…今夜、来い」


 それは突然だった。

 白い兎のミミちゃんが、突然、震えたかと思うと、その赤い瞳が、ドス黒い血の色に染まり……その小さな口から人間の声が発せられたのだ。

 それは、男性とも女性とも取れない、不気味な声。

 それを聞いて、セブンスの顔が変わる。表情が消える。


「──分かりました」


 ただ、一言を、返す。

 それだけで、羽兎の震えが止まる。

 また人参を齧り始める。


「御免な、ミミちゃん。

 ……俺、行かなきゃ」


 セブンスは、思いっきり名残惜しそうな表情で、ミミちゃんの毛並みを二度撫でると。

 表情を消した顔でコートを纏い、部屋を出て行った。

 部屋の中では、状況も分からない羽兎が、残された人参を齧り続けていた。




 夜。

 王都サウスタは結構明るかった。

 魔術式魔灯『アカルーイ』というふざけた名前の商品が発明されたのだ。

 そのお蔭で明るくなった街は、「夜道も安心」とご婦人方には評判であった。

 最も……実際のところ、魔族という外敵に脅かされている神聖王国では、人間絡みの犯罪なんてあまり起こらないのだが。

 そんな街中でさえ、誰も近づかない『魔境』というのは存在する。

 『人斬り』シーザーが暴れ回った挙句に自害した路地とか。

 魔王アインベルの根城になっていた旧王城跡とか。

 そういう場所の一つが、ここ、神聖エレステア教会だった。

 大陸から伝わってきた女神を信仰する場所として建てられた建築物だったのだが、神の血を引く女王の治める神聖王国では、言葉だけの神様というのは今ひとつ存在感が足りなかったらしい。

 既に廃墟となり、かなり酷い有様である。

 門は錆び、建物は崩れまくり、庭木は歪に育ち、女神の元に葬ってくれと家族に伝えた奇特な方々の墓が、その庭にポツポツと立ち並び。

 はっきり言って、あまり近づきたくない様相を醸し出している。


 ……そんな中に、神聖王国立聖騎士学園の生徒であるセブンス=ウェストエンドは堂々と入っていったのだった。


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