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第六章 第九話


 『学園最強』という二つ名を持つセブンスと軽く剣を交えたゴールドは、手にした魔剣を正眼に構えたまま……軽く息を吐き出していた。


「……反逆者、か」


 少年の戦い方の癖を見切った近衛騎士団長は、彼の戦い方を見て、そう結論付けていた。

 反逆者とは即ち、悪魔に魂を売ることで、人類を超える力を手に入れた……非常に手強く厄介な、性質の悪い連中である。

 一体、彼の部下が、反逆者の所為で何人犠牲になったことか。

 それほどまでに『反逆者』とは、厄介極まりない害悪なのだ。


 ──だけど……


 幸いにして……彼の戦闘経験の中には、その手の連中と戦った引き出しがある。

 そして長い間、悪魔や反逆者たちと戦い続けて来たゴールド近衛騎士団長は、その手の連中の弱点までもを熟知していた。


 ──コイツが、反逆者だとすると……


 反逆者が力を欲する場合、基本的に彼らは『悪魔と同化するための品』を持っている。

 腕そのものだったり、瞳だったり、宝石だったり……爪や角の場合もあるそれらは『契約の証』と呼ばれ……たいていの場合、反逆者の肉体に埋め込まれているのだが……

 そして、長きに渡る戦いの日々の中でゴールドは、『契約の証』を砕かれ、ただの常人へと成り下がる反逆者たちを幾度となく目の当たりにしたものだ。


 ──ならば、狙うのは、あの籠手、だな。


 先ほど放たれた魔術を見て……いや、彼の身体の魔力の流れを見て、この少年の『契約の証』があの黒き籠手だと判断したゴールドは、少しだけ構えを小さく整える。

 ……さきほどより僅かに剣先を低くした、正眼の構え。

 彼は、カウンター狙いのこの構えで、相手の斬撃に合わせ……あの籠手を叩き割るつもりだった。


「……うぉっ!」


 その彼の狙いを知ってか知らずか、セブンスという名の反逆者は、欠片の躊躇もなく襲いかかって来た。

 牽制のためだろう、迫ってくる氷の魔術を……ゴールドは首を捻って避ける。

 躱し切れない斬撃を、魔剣によって受け止める。

 そのまま踏み込んできた少年の蹴りを、後ろに跳ぶことで何とか避ける。

 その動作を見切っていたかのように放たれた炎の魔術を……


 ──くっ?


 ……避け切れない。

 だが……耐えられるっ!


 ──まだだっ。

 ──まだ。まだっ。


 そう内心で歯を食いしばりながらも、ゴールドは火傷の激痛に耐えながら、攻撃に移る瞬間を待ち続ける。


「……ちぃっ?」


 ゴールドのそんな……カウンター狙いを読んだのだろうか?

 セブンスは足を止め、左手を彼に向けて翳すと……火球の魔術を放ってきた。

 どれだけ気合を入れても耐え切れそうにない、その炎の塊を見たゴールドは……必死に横へ跳ぶことで、その魔術から身を躱す。


 ──コイツっ?


 そうして緊急回避により体勢の崩れたゴールドの腹へと放たれた、蹴りを何とか左腕でガードする。

 ……その硬直を見透かしていたのだろう。


「くっ?」


 一切の躊躇いなく、一直線に咽喉を狙ってきた細剣の刺突を、ゴールドは何とか紙一重で避けていた。

 ……と、その反応までも予期していたのか、セブンスは大きく踏み込んだかと思うと……

 黒き籠手に覆われた左拳が、ゴールドの顔面目がけて迫ってくる。


「……来たっ!」


 それこそがゴールドの狙いだった。

 迫ってくる拳を顔面で受け止め、衝撃に一歩背後へと下がったフリをしたゴールドは、拳を放った直後の硬直を狙い、手の中の魔剣をその籠手へと叩きつける。

 ……だけど。


「……なっ?」


 鋼鉄製の剣くらいなら、易々と断ち切る筈のゴールドの魔剣は……そう頑丈そうにも見えない、セブンスの黒き籠手によってあっさりと弾かれていた。

 そして、驚愕によって生じたその隙を……セブンスが見逃す筈もない。


「ぐ、ふぉっ?」


 渾身の蹴りをわき腹に喰らい、ゴールドは吹っ飛ばされていた。

 衝撃に飛びそうな意識を必死に保ち、慌てて起き上がろうとするものの……肋骨を襲う激痛によって、ゴールドの身体は思い通りに動かない。


「く、がぁあっ!」


 それでも……ゴールドは、激痛を無視して身体を無理やり動かすと、後ろに弾け飛ぶ。

 脇腹が悲鳴を上げているのが分かるが……それでも、脳天目掛けて降ってきた魔剣に頭蓋を開かれるよりはマシだった。

 そうして距離を取ったゴールドは、浅い息を繰り返すことで痛みを逃しながらも、己の失敗を悟っていた。


 ──あの籠手があんなに硬いとは。


 確かにゴールドの体勢は不十分で、殴られた直後だということもあり、距離も握りもいい加減な一撃ではあった。

 だけど……それでも、ゴールドの魔剣ならば、あの籠手程度なら切り裂けると思ったのだが……


 ──いや、コイツが、こちらの狙いを読んでいた、か。


 ゴールドの構えから狙いを読み切ったセブンスが、籠手に向けて強化の魔術を使っていたのだろう。

 考えてみれば、彼のカウンター狙いを見透かしたような動きを、セブンスは見せていた。


 ──そうなると、取れる手は……


 そこまで考えたゴールドは、眼前に迫っていた魔術に思考を中断させられ、慌てて右手の魔剣を横薙ぎに振るう。

 迫り来る氷の魔術と彼の魔剣とが衝突し……氷は粉々に砕け、周囲に舞い散り、光輝く破片を辺り一面に飛び散らせる。

 その氷に気を取られた一瞬を狙い澄ました、セブンスの斬撃を……ゴールドは魔剣を楯にして何とか受け止める。


「この、餓鬼っ!」


 ギリギリの斬撃に肝を冷やしたゴールドは怒気も露にそう叫ぶと……そのまま身体ごと前へと突っ込み、両腕で少年の細剣を捻じ伏せようと力を込める。

 ……そう。

 ゴールドは冷静さを失っているように見せかけて……強引にこの、鍔競り合いの体勢に少年を引きずり込んだのだった。


「……ぐ、ぐぐぐっ」


 流石のセブンスも、極限まで鍛え上げられたゴールドの膂力を、片手持ちの細剣で食い止めるのは容易ではなかった。

 自分に向かって迫ってくる魔剣に左手の籠手を押し当て……何とか力任せに押し込まれるゴールドの魔剣を食い止める。


「かかった!」


 だが、それこそがゴールドの狙いだった。

 不意に左手を離して右半身になり腕の力を抜くと……押し込まれた細身の魔剣を、右手一本で何とか受け流す。

 そして、その瞬間を見計らい、同時に左手をベルトの中の……そこに隠してあった青白く輝く小刀に引き抜き……

 ……左手の籠手へと、突き刺す。


「くっ?」


ゴールド近衛騎士団長の、剛から柔へと変わる変幻自在の剣技と、その虚を突いた暗器の一撃には……流石のセブンスであっても、反応出来る訳がなかった。

 ゴールドの狙い通り、青く輝く小刀……即ち小型の聖剣はセブンスの左手の籠手をあっさりと切り裂き、砕く。


「うわあああああああああ!」


 籠手を砕かれたセブンスは、痛みとも喪失とも取れる悲鳴をを上げながら……それでも、魔剣を手にしたままの右手で、爆裂の魔術を放っていた。


「~~~っ?」


 流石のゴールドも、至近距離で放たれた爆発の魔術を避ける術は持ち合わせていない。

 自分自身すらも爆発に巻き込んだ、まさに両者致死の覚悟の上で放たれたその魔術は……完全にゴールドの予測を超えていた。


 ──く、くそっ……


 その所為もあり、ほぼ無防備に魔術の直撃を喰らったゴールドは、教会の入り口近くの壁まで吹っ飛ぶと、石壁に激突し……そのまま重力によって石床へと叩きつけられる。

 その威力は凄まじく……人類最強と名高い近衛騎士団長であっても、流石にダメージを隠し切れない。


 ──ど、どうなってやがる。


 必死に身体を起こしながらも、ゴールドの内心は混乱の極みにあった。

 確かに彼はセブンスの左手にあった『契約の証』を砕いたのだ。

 アレを砕かれた反逆者は、もはや悪魔の力を失い……ただの人に成り下がる。

 だからこそ籠手を砕いた直後のゴールドは、あれだけの隙を作ってしまったのだが……


 ──『契約の証』を失っても、力を失わない、だと?


 ……そんな反逆者がいる筈がない。

 だけど今、眼前に立つあの少年は、紛れもなく『反逆者』……即ち、悪魔の力を有している。

 となると、考えられるのは……


 ──複数の『契約の証』を持っていた、のか。


 である以上、まだ戦いは終わっていない。

 そうして、もう一度虚を突いて……何処かに隠し持っている、もう一つの『契約の証』を砕けば、それで終わり、だろう。

 幸いにして左腕の傷は聖剣によるものであり……如何にこの餓鬼が強くても、悪魔の魔力で癒える傷ではない。

 即ち……あと一押しで、勝てるのだ。


 ──だったら、まだ、寝ている、訳には……


 激痛の中、ゴールドはその勝算だけを頼りに、必死の思いで身体に鞭打つと……何とか立ち上がるべく石壁に手を突き……


「……なん、だと?」


 そこで、ゴールドは信じられないものを見せつけられる。

 反逆者……即ち、悪魔の魔力を契約によって行使する筈の人間が、悪魔の依り代である筈の『契約の証』を砕かれて、なお……

 その腕の……悪魔の魔力全てを打ち砕く筈の聖剣で傷つけられたはずの、『悪魔の力では癒せない』筈の、聖剣の傷を……

 ……『魔術によって再生させる』、その姿を。


「ははははははははっ!」


 信じられないものを見たというゴールドに向かって放たれたのは……喪服姿の貴婦人の笑い声だった。


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