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第六章 第七話


「ちょ、ちょっと待った~~~っ!」


 突然のリスの叫びに、その馬車はあっさりと急制動をかけていた。

 当然のことながら、その馬車に乗っていた全員が、それを予想していなかったものだから……ものの見事に全員、馬車の制動に合わせて吹っ飛んでしまう。


「ちょ、こら、クレイ。

 貴様、何処に顔を突っ込んでいるかっ!」


「おいっ!

 羨ましいぞ、クレイっ!」


 などと、今一つ緊張感が持続しない魔術科の面々が叫んでいる中、叫び声を上げたリスは、止まった馬車の中、ジッと窓の外を睨みつけていた。

 正直な話、先ほど馬車を止めたのは……さっき見えた景色に確信がなく、自分の目と、そして自分の正気を疑っていた所為もある。

 ……そろそろ士官学校も近くなったというのに、『彼』の姿が見えたなんて。

 だけど……こうして、馬車を止め、その背中をジッと見つめた以上、彼女が、見間違える筈もない。

 戦闘能力には自信のないリスであっても……密偵としての自分の視力には、それくらいの自負は抱いている。


「さっき、すれ違った相手……セブンスでした」


 だからこそ、馬車の中にいる面々に向けて、リスはそう告げる。

 口に出して、確信を得る。

 もうあの少年の背中すらも見えないものの……あの速度で遠ざかって行くことが出来る神聖王国立サウスタ聖騎士学園の制服を着る学生なんて、彼しかいない。


「……見えたの?」


「……確実ではありませんが。

 あの制服、あの背格好、あの速度を見る限り……」


「分かったわ」


 リスの躊躇いがちな説明に、シェラはそれ以上の説明を求めなかった。

 幼なじみの性格を、彼女は熟知していたからだ。


「御者! Uターンよっ!

 さっさと王都に戻りなさいっ!」


 結局……リスの言葉を一切疑うこともなく、シェラは御者に命を下していた。

 そして老齢の御者も、シェラの命令に意を挟もうとはせず……馬車はすぐにUターンをして、王都の方角へ走り始めた。


「……あの速さ。

 恐らくは、何か起こったとしか……」


 全員の視線を浴びつつも、リスは何とかそう答える。

 背中しか見えなかったものの……セブンスの走る速度は、リスが追走したあの夜よりも遥かに速い。

 ただでさえ足の速いあのセブンスだ。

 彼が急ぐということは、『そこまでの速度を出さなければならない緊急事態』が生じたとしか思えなかった。


「……重大な事態か。

 そう言えば、丁度、近衛騎士団が悪魔の拠点を落とす準備を始めてた、ような……」


 さっきまで近衛騎士団が詰所の中で何やら慌しそうにしていたのを思い出し……トレスは何気なくそう呟ていた。

 だけど……それが的を射ていることなど、その場にいた全員が理解していたのだろう。

 この声が馬車の中に響き渡った次の瞬間には……全員の顔が覚悟を決めた戦士のそれへと変貌を遂げていた。

 どうやら、彼らのリーダーにして彼らの仲間でもある、あの『学園最強』の少年、セブンス=ウェストエンドを、殴ってでも止めなければならない。

 ……その時が、刻一刻と迫っていると、その場に居合わせた誰もが、理解していたのだ。




「……これは、酷いな」


 彼らが悪魔の拠点があると思しき王都の一角に辿りついた時……もはや事態は最悪の方向へ向かい始めたというのを、馬車に乗っていた全員が理解していた。


「畜生、あの餓鬼がぁっ!」


「足がぁ、俺の、足がぁあああっ?」


「いてぇっ、ぞ、畜生っ!」


 王都の住民街の一角にある人気のない空き地からは、そんな……唸り声と罵り声が響き渡っていて……

 その声を上げているのは……石畳の上に寝かされた、近衛騎士団の連中だった。

 それどころか、怪我人が次々と路地の奥から運ばれて来ていて……どうやらこの場所は近衛騎士団の、一時的な待避所となっているらしい。


「……誰にやられたの?」


 その様子を見たシェラは、馬車の上から団員達に声をかけていた。

 それだけで近衛騎士団の連中は直立不動をして敬礼をして見せる。

 流石に怪我人は寝たままだったものの……表向きは何の権限もない、ゴールド団長の娘というだけでコレである。

 実力主義と名高い近衛騎士団と言えど……血縁が強い影響力を持つ組織であることが一目で分かる。

 尤も、今は緊急事態であり……シェラは普段なら眉を顰めているその体質を、今は利用する気満々だったのだが。


「ああ、お嬢様。

 それが、さっぱりなんで」


「……少年、っぽかったがな」


「……ああ。

 そいつらの制服に似てた、気がします」


 怪我して唸る団員達の返事は……概ねそんな感じだった。

 彼らの声を聞けば聞くほど、その犯人像は、『神聖王国立サウスタ聖騎士学園の制服を着た』『年若い少年』で、『凄まじい身のこなしをしていて』、『魔術と細剣を使いこなす』という……確認のために何度尋ねても、あの『学園最強』の少年以外は浮かんでこない証言ばかりだった。

 そうして話を聞くにつれ……シェラの唇には歯がドンドン食い込んでいく。

 だけど……シェラは、自分の口の中に充満していく血の味にすら気付かない。

 そんな痛みや味覚すら知覚できないほど、彼女の心は焦燥感で埋め尽くされていたのだ。


「……見事に、脚ばっか、だな」


 怪我人を眺めていたクレイが、そう呟いていた。

 確かに近衛騎士団の連中は、脚ばかりを細い剣で貫かれたような怪我ばかりであった。


「……ああ。

 凄まじい腕前だったよ、あの野郎」


「……やられたのが余程ヤバい魔剣だった所為か、回復魔術が全く通じないからな。

 怪我人の搬送やら手当てで、実際の怪我人の三倍近い損失だ。

 考えてやがる、畜生」


「奥に向かった団長なら、何とかしてくれる筈なんだが……」


 クレイの呟きを聞きつけた騎士達が、悔しそうにそうぼやく。

 次から次へと運ばれてくる怪我人と、その治療にあたる騎士たちによって、広場は徐々に埋まり始めていた。


「……まさに、足止め、だな」


 その有様を見回したフレアは、静かにそんな呟きを零し……

 彼女の発言を聞いた、全員が頷いていた。

 どうやら、セブンスが行おうとしていることは……近衛騎士団の『足止め』らしい。

 軍の動きを止めて、包囲網を掻き乱し……悪魔を逃がそうというのだろう。

 それでも死者が出たという報告がないのは、あの『学園最強』の少年に余裕がある所為か。

 ……それともまだ人間としての良心が残っている所為か。


「……くっ」


 ただ、彼が犯人であることは……もう間違いなく、そして彼が『反逆者』であるということも、疑いようがない事実だった。

 「近衛騎士団長の娘」という特権を最大限に利用することで彼らから聞き出した、悪魔の本拠地と思われる場所へと馬車を走らせながらも、シェラは……自分の両腕の震えを必死に止めようと、己の身体を抱きしめる。

 彼女は、そうして……必死に己の中から噴き出してくる恐怖に抗っていた。

 自分の好敵手にして友人、もしくはそれ以上の男性を失おうという恐怖と。

 自分より確実に強い相手に挑まなくてはならないという、恐怖と。

 近衛騎士団、即ち彼女の父親を失うかもしれないという、恐怖。

 それだけの恐怖を抱えている彼女が、こうして冷静に恐怖と抗えていること自体……奇跡と言えるかもしれない。

 ただ少女は何かに縋るように、その漆黒の大剣を抱きしめ、祈るように目を閉じる。


「……お嬢様」


 だけど……生憎と、そんなシェラの心情に気付いたのは、ただリス一人だけだった。

 クレイもトレスもフレアも……友人が『反逆者』であった事実を前に動揺を隠せず、他人を気遣うだけの余裕などある筈もない。

 そしてリス自身もまだ人生経験もろくにない小娘に過ぎず……シェラの動揺に気付きはすれど、そんな彼女にどんな言葉をかけて良いかなんて分かる筈もなく。


「……あ」


 そうしている内に……馬車は非情にも、その教会に辿りついたのだ。

 大陸から伝わった、何の加護ももたらさない名ばかりの女神を讃えるために作られた、この神聖王国ではもはや廃れて久しい……神聖エレステア教会へ。


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