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第六章 第一話


 ──『悪魔殺し』


 それは、神聖王国で剣に魔法に生きる者にとって、最大の栄誉であった。

 基本的に悪魔とは無敵の存在であり……数十年前までは、人間は抗うことすら許されなかった、この大陸を支配してきた最悪の存在である。

 その最悪の存在を撃破出来るというのは……控えめに言っても王国中の尊敬を集めるに足る行為と言われていた。

 事実、神聖王国の歴史においても、『悪魔殺し』と呼ばれた英雄は、未だに百を超えることがない。

 似たような称号に『龍殺し』なんてのもあるが……龍は悪魔を超えるほど強力な存在でありながらも、基本的に縄張りに入った人間しか襲わない。

 そんな理由もあって、悪魔の実害というのは龍の比ではなく……王国では『悪魔殺し』というのは、最大の栄誉として語り継がれる称号である。

 加えて俗な話をするならば、一体の悪魔というのはとんでもない金になる。

 何故ならば……倒した悪魔の一部、即ち「悪魔の欠片」は文字通りの魔力の塊であり、魔剣の素材となり得るのだ。

 しかしながら、悪魔を倒せる人間など、そう多くはない。

 故に需要と供給のバランスは著しく悪く、結果、「悪魔の欠片」は非常に高額で取り扱われることとなり……その価値を跳ね上げていた。

 ……そんな背景もあり。

 悪魔を倒した人間というのは、凄まじい栄誉と金額が与えられるのだ。

 通常の身分とか富とか……そういうことをあっさりと吹き飛ばしてしまう程度には。




「……畜生」


 『悪魔殺し』の勇者達が団長室を出て行くのを見届けた後、ゴールド=イーストポート団長の口からは、そんな悪態が零れ落ちていた。

 ……勿論、先ほど出て行った自らの娘に気付かれない程度の、普段から比べれは著しく小さな声量ではあったのだが……


「……はぁ。

 まだ、認められないんですか?」


 その呟きを聞いた、彼の部下であり親友でもあるグリーンは、いい加減飽きれ、ため息交じりの声を吐き出す。


「馬鹿野郎っ!

 俺のシェラにっ!

 俺の……ううう。畜生ぉぉぉ!」


 副団長のため息を聞いたゴールドは、突如激昂したかと思うと……すぐに彼を怒鳴っても仕方ないと悟ったのか、また机に突っ伏して泣き言を零し始めていた。

 そんな団長の様子を見たグリーンは、大きなため息をもう一つ吐く。

 とは言え、彼の上司にして近衛騎士団団長であるゴールドも、本当のところは理解はしているのだろう。

 ……ついに『悪魔殺し』になったあのセブンス=ウェストエンドの能力を。

 ま、近衛騎士団副団長という立場の彼にしてみれば、自分達の捜索の上前をあっさりと撥ねられた訳で、彼らの行動を手放しで賞賛する訳にはいかないのも事実である。

 とは言え、たった四人……囮を務めた少年二人を含めてもたったの六人で、あの場にいた、四体もの悪魔を倒したのだ。

 ……しかも、王都でテロ活動を繰り返していた、悪魔でも上位の部類に入るだろう連中を、だ。


 ──あのままだったら、こちらの被害は数十人単位だった可能性が高い。


 最高の訓練をしている近衛騎士団でもそれくらいの被害は出ただろうと、グリーンは冷静に見積もっていた。

 結局のところ、最高の訓練と最高の装備を有する近衛騎士団であっても、魔剣・聖剣を持つのはほんの一握り……数名でしかない。

 その挙句、財産と剣の腕とは何の因果関係も認められないため……魔剣持ちの近衛騎士団員というのは、『財力により魔剣を持っていても、大した腕を持たない団員』が殆どという有様だった。


 ──そういう背景も考えると、一番恐ろしいのは……


 グリーンはあの『悪魔殺し』の英雄たちから聞き取った情報を元に、まだ未熟な神聖王国立サウスタ聖騎士学園の生徒(ひよっこ)たちが、何故悪魔を討ち滅ぼすことが出来たのかを理解する。


 ──やはり……あの、少年、か。


 一生遊んで暮らせるとも言われる「悪魔の欠片」をただの同級生に何の躊躇もなく与え、悪魔と対抗する術のない同級生を雑魚用の囮として用い、悪魔と戦いながらも仲間の状況を把握し、グリーンの義理の娘であるリスの尾行に気付き、戦闘中にも関わらず仲間に対して的確な指示を与え、自身も悪魔を殺すほどの腕前を持つ。

 ……こうして功績を列挙するだけで、近衛騎士団副団長であるグリーンの考える「人の範疇」をあっさりと飛び越えているような……まさに非常識極まりない逸材である。

 こうして、有用さを目の当たりにしたグリーンとしては、あのセブンス=ウェストエンドという少年を早急に……学園なんざ特権を使って早急に卒業させてでも、近衛騎士団へとスカウトしたいところなのだが……


「……畜生ぉぉ」


 だけどそんな客観的な分析も……娘についた悪い虫というレッテルの前では効力がないらしい。

 現に……彼と同じ資料に目を通し、彼と同じ分析をしただろう騎士団団長は、未だに机に突っ伏したまま唸り続けている。


 ──もしかしたら、ちゃんと評価しているからこそ、唸ることしか出来ないのかもしれないんだがな……


「……はぁ」


 グリーンは、そんな上司の様子を見て、また一つため息を吐いていた。

 あの団長の様子では……今日はもう、使い物にならないだろう。

 即ち、先日王都で起こった、悪魔によるテロ事件の被害のまとめと近衛騎士団における人員・装備の補充、負傷手当や危険手当の計算、被害者への見舞金等……気が遠くなるほどの事後処理の指揮を、彼自身が執らなければならないことを意味していた。

 しかも、あの悪魔数体の破壊活動は、幾らなんでも「考えなし」と言いたくなるような、大規模で突発的で、更に戦略的に無意味な行動だったため……ひょっとしたら「何かの陽動」という可能性も否定し切れない。

 その挙句……あの騒ぎの所為で新たに数箇所の迷宮と、数箇所の悪魔の潜伏先らしき場所、ついでに反逆者と思われる人物も特定され、そちらもいつまでも放置しておく訳にもいかない。

 付け加えるならば、近衛騎士団の連中は、剣の腕に特化した剣術馬鹿か、家名によってねじ込んできた無能のコネ貴族と……この手の書類仕事に長けた人材など、はっきり言ってそう多くない。


「……はぁ」


 ……つまり。

 この気の遠くなるような書類の束を、グリーンはたった一人で片づけなければならないのである。


「……はぁ」


 その現実を前に、近衛騎士団副団長の口からはもう一度、大きなため息が吐き出されたのだった。



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