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第一章 第二話


「ふっ。

 よく来たな、セブンス=ウェストエンド!」


 セブンスがシェラを撃退し寮へと向かって歩き出してから……十分も経たない内に、彼はまた別の相手に挑戦を受けていた。


「またお前か……クレイ」


「やかましいっ!

 今日こそ、僕のゴーレムこそが、最強だと証明してみせる!」


 今度の相手は人間じゃなかった。

 セブンスに立ちはだかっているのは、巨大な魔術で動く石くれの人形。ゴーレムである。

 それと、その肩に乗る、白いローブを着た男。

 このゴーレム使いの名は、クレイ=セントラル。

 結構有名な魔術師の一族である。

 勿論、士官学校でこういう騒ぎを起こしている人物を配した一族だ。

 有名と言っても負の方向……悪名ばっかりが名高い一族だったのだが。


「先日は一撃で破壊されたが、今度のは別格だ!

 前とは違って防御能力を強化しているからなっ!」


 そのゴーレムは、ただの石くれの人形ではなかった。

 全身を拳大のトゲで覆っている。

 物理攻撃対策だろう。

 硬質で不規則な形状の物体は、外部からの衝撃で破壊するのは非常に困難である。

 勿論、外部のトゲはすぐに壊れるのだが……それでもこういう形状をされると、内部まで破壊するのは、かなり骨だった。


「……意外に、頭、使ってるな、お前」


「意外とは失敬な!

 これでも僕は魔術科で次席なんだぞ?」


 クレイという名のゴーレム使いが叫ぶ。

 ちなみに、次席というのは自称で、他にも二人ほど次席を名乗るヤツがいるから、あまり当てにはならない。

 セブンスは、目の前の少年は、次席三人衆の内で三位だと思っていたのだが。


「……さて」


 セブンスはゴーレムを眺める。有効な戦術を頭の中で探し始める。


「また、始まったぞ」


「相変わらず、暇だな、あいつ」


 と、いつの間にか彼の周囲は同じ士官学校の生徒で囲まれていた。

 実のところ……みんな物見高いのだ。

 幾ら貴族が殆どの士官学校とは言え、王都の片隅にある全寮制の学校。

 ほぼ全員が退屈していると言っても過言ではない。


「強化金剛石に、動作部分は粘土のままか」


 ──意外と、考えてるな。


 周囲の雑音を無視しつつ、ゴーレムを観察していたセブンスは眼前のゴーレム使いの技量を少しだけ感心していた。

 ゴーレムは、身体を堅くすれば動きが遅くなるという性質を持っているのだ。

 物質の硬度=密度という方程式が、ある程度決定している以上、それは仕方ないことである。

 だが、目の前にふんぞり返っているゴーレムは、その常識を覆した一品だった。

 堅いところと柔らかいところを上手く混ぜた、至高の一品。


 ──と思ったんだが、冷静に考えると、コレは……。


「……お前、阿呆だろ?」


「何だとぉおおおおおっ?」


 セブンスの一言に激昂したクレイは、ゴーレムを動かして、その右腕を、目の前の人間めがけて振り下ろそうと。


「凍れ」


 だが、その前に、セブンスの左腕……黒い籠手から氷が放たれる。

 それは、ゴーレムの両足の、それも水の多い粘土部分を一瞬で凍りつかせていた。


「おおお?」


 殴りかかろうとしていたゴーレムは急に動きを止められない。

 上半身で殴ろうとすれば、脚に負担がかかるのは当然だった。

 その脚の……粘土部分に含まれている水分が凍れば、粘土は硝子のように脆くなる。

 つまり、まともな動きをすることも、まともに加重を受け止めることも出来なくなる。

 その結果。

 あっさりとゴーレムは前のめりに倒れることになってしまう。


「ぐえっ……っってぇえええええええ」


 ゴーレムの上から崩れ落ちたクレイは、地面に倒れてのたうちまわり始めた。

 どうやら受身も取れず頭を打ち付けたらしい。

 この少年はゴーレム製作技能では学園最高と呼んでも過言ではないのだが……生憎とそれ以外は完全に無能であった。


「長所ばっかを見ても勝てないぞ。

 短所も補うように組み合わせないとな」


 取りあえず、そんなクレイを見下ろして、一言投げかけて、歩き出す。

 背後で、口汚い負け犬の遠吠えが響いているが、セブンスは気にもかけなかった。

 彼が進もうとする場所にいた生徒達は、あっさりと道を譲る。

 背後で騒ぐ貴族の喚きも、周囲の学生の畏怖や賞賛の視線でも、数々の勝利さえも、セブンスの感情を動かすことすらなかった。

 そして、彼はそのまま食堂に足を向けた。



「よっ、セブンス。

 相変わらず無敵だねぇ」


 食堂に入ったセブンスに向けてそう声をかけてきたのは、食堂のウェイトレスだった。

 名前は、リスという。

 本名じゃないのは明白だったが、学園ではもう誰も詮索することはない。

 過去に詮索した数人の連中は、投げナイフと仲良くなる寸前だったのだ。

 その上……彼女は歩くときに、何故か足音一つ立てなかった。

 どう見ても、貴族の天敵とも言える、背後から誰かの首筋を狙うお仕事の人間にしか見えないということもあって、一部の生徒の間では、リスについて妙な噂が流れていた。

 とは言え、セブンスは背後を取られない自信があったから、そんな噂など欠片も気にしておらず……

 その所為か、彼女とはこうして軽口を応報する間柄になっている。


「今日も稼いだのか?」


「ははは。

 そりゃ、トトカルチョの胴元なんてやってりゃ、損のしようがないってもんさ」


 そう言いつつ、リスは手先だけで銀貨を幾つか宙に浮かべて、器用にも一瞬でその全て掴み取っていた。

 そんな動作に併せて、その名の由来であろうと思われる、後ろで適当に束ねた栗色の髪の毛が跳ねる。

 妙な癖っ毛で、リスの尻尾みたいに丸まっているのだ。


「で、何か、食べて行く?」


「……いや、いつもの奴を」


 リスの質問に、セブンスは肩をすくめて答える。


「ほい。

 ったく。いつもいつも、お世話なこって」


「悪いな」


 セブンスは、リスの投げてきた人参を難なく空中で受け取って、そのままポケットに仕舞い込む。

 何気なく放たれたその投擲は、「起こり」もなければ常人では見切れないほどの速度だったというのに、だ。

 しかも、その事実を目の当たりにしても、お互いに感心すらしない。

 

「じゃ。愛しの彼女に、よろしく」


「……ああ。

 そのうち、機会があれば、な」


 リスの冗談を笑いもせず、セブンスは言葉を返す。

 その返答は完全に社交辞令であり……その気がないのが明白だった。


「ったく、はいはい。

 さっさと行ってきな」


 苦笑したリスが肩を竦めるのを見届けた彼は、そのまま歩き出す。

 そうして彼は食堂を出る。

 まだ授業は残っていたが……もう勉強する気になれなかった彼は、そのまま寮に直行する。

 リスの言葉ではないが、セブンスには自室に最優先事項があったのだ。


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