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第五章 第四話


 爬虫類系の悪魔を倒した後は順調だった。

 何度か妖魔の詰め所みたいな場所があったのだが、フレアの放った広範囲魔術によってあっさりと撃退出来たのだ。


 ──大量の雑魚を一斉に撃破するのは、やはり魔術に限る。


 フレアの魔術による効率的な一網打尽を見たセブンスは、軽くそう頷いていた。

 速度を重視する魔術ばかりに長けた、彼自身には出来ないその芸当に……『学園最強』と呼ばれる少年はただ感心するばかりだった。

 そして、三人が歩き続け、ようやく見えてきた迷宮の深奥。

 趣味の悪そうな、成金趣味丸出しといった玉座に、ソイツは座っていたのだ。


「……よぉ」


「来たな、セブンス」


 セブンスは少し挑発するような声で挨拶するものの……目の前の玉座に座っている、その赤い悪魔は思ったより冷静だった。

 格下である筈のセブンスの、馴れ馴れしい呼び声を聞いても、顔色一つ変えやしない。


「やはり、貴様が来ると思っていたぞ。

 今残っているあの女の手駒の中で……この俺様に対抗出来るのは貴様だけだからな」


「……手駒?」


 ふと、フレア=ガーデンが聞き捨てならない単語に反応する。

 その小柄な魔術科の少女は、彼女を此処まで導いた少年の背中へと視線を移す。


「……あの女?」


 それと時を同じくして、シェラ=イーストポートも聞き捨てならない単語に反応していた。

 彼女は常に「そっち」のことばかりを考えている所為か、フレアとは関心の在り処が全く異なっていた。

 そして、シェラのその声を聞いた途端、フレアも思考を「そちら」へと奪われてしまい……彼女の頭から、その大事な疑問はすぐさま零れ落ちてしまう。


「さて、俺様が戦いたいのは、この腕を奪った貴様だけだ。

 雑魚は……お前達が相手をしていろ」


「……御意」


「ちっ、命令すんな……ああ、分かったよ、くそ」


 赤い悪魔の一言を合図にして、物陰に隠れていたらしき二体の悪魔が音もなく姿を現していた。

 一体は釣鐘みたいな黒いマントを着ていて手足すら伺えない、人間大の悪魔で……もう一体は岩で出来た、辛うじて人型を保っている、人間の倍ほどの大きさの悪魔だった。

 二体の悪魔へと視線を向けたセブンスは、その戦力を推測し……すぐに戦略を組み立てる。


「フレアは、あの岩みたいなのを。

 シェラは、マントの奴を。

 ……済まないが、頼む」


「ええ、分かりましたわ」


「……ああ」


 二人の少女はセブンスの命に従い、自らが担当することになった悪魔を見つめ……軽く頷く。

 ……二人とも表情は硬い。

 悪魔との戦闘は今日が初めてで……しかも、『学園最強』の少年による援護がない、一対一の戦場という、過酷極まりない状況に叩きこまれたのだから当然だろう。

 それでも二人の少女は逃げ出そうとはしなかった。

 手に漆黒の魔剣を、手に真紅のフレイルを構え、各々の相手へと向かい始める。

 その様子を見届けたセブンスは、前へ一歩だけ踏み出すと……眼前の赤い片腕の悪魔へと歩み寄る。


「さぁ、貴様の相手は、この俺様だ」


「……ああ、そうだな」


 彼が近づいてきたのを見て、待ち遠しそうに愉しそうに立ち上がった、その赤い悪魔を見届けたセブンスは、軽くそう呟くと……

 自分も、その漆黒の魔剣『黒の貴婦人』を、静かに抜き放ったのだった。




「いったぁっ!」


 直撃を受けたシェラ=イーストポートは、思わず悲鳴を上げていた。

 彼女と相対している黒いマント悪魔の戦闘力を前に、彼女は一方的に苦戦を強いられるばかりで……さっきから埒が明かない。


 ──無茶苦茶、相性が悪いですわっ!


 その悪魔は、マントの下に何本もの脚を隠し持っていたようで……人間にはあり得ない複雑怪奇極まりない動きを見せ、シェラの攻撃はなかなかソイツを捉えることが出来ずにいた。

 何しろ、間合いを詰めたと思えばあっさりと逃げられ、好機と見たシェラがその両手剣を振った時には、もうその場所には存在せず……

 全身鎧の所為で動きの鈍いシェラは、その黒マントの悪魔が見せる奇妙な動きに翻弄され続けている。

 そして、当然のことながら、悪魔はただ逃げ回っているばかりではなく……

 ソイツはマントの周囲に浮かんでいる、十数本の小刀を自由自在に操って、攻撃を繰り出し続けるのだ。


「あいたっ!」


 十数本の攻撃が時間差で襲い掛かってくるのを避けられる訳もなく、再び直撃を喰らい、シェラは悲鳴を上げていた。

 とは言え……その一撃一撃はそう強力な代物ではない。

 勿論、生身の人間ならばあっさりと刺されてハリネズミか活け造りに成り果てていただろう。

 そして、あのフレアがコイツと相対した場合……彼女得意の魔術を使う暇すら与えられず、あっさりとあの小さな身体が刃の餌食に成り果てていた可能性が高い。

 ……いや。

 あのセブンスであっても、機動力と素早さを重視する以上、コイツと相対するのは厳しいかもしれなかった。

 だからこそ、シェラがコイツと相対しているのは間違いではない。

 ないのだ、けれど……


 ──素早いっ!


 大振りに振るったシェラの魔剣は、またしても空を切るばかりだった。

 そして同時に、十本あまりの小刀が襲い掛かってくる。

 尤も、それらの攻撃は、シェラの装甲そのものは貫けず……ただ彼女の全身鎧に火花を散らすだけに過ぎなかった。


 ──でも、このままじゃ……


 とは言え、彼女の着込んでいる全身鎧にも『隙間』は存在している。

 今のところは装甲を上手く使うことで攻撃を防いでいるシェラの集中力も……いつまでも続くとは思わない方が良いだろう。

 その事実を前にシェラが歯噛みする通り……このままでは、いずれ彼女が押し切られて負ける。

 やみくもに振り回した一撃が、運良くあの悪魔を捉えない限り……


 ──援護はっ?


 忌々しく思う気持ちは多少あるものの、焦りを隠せないシェラは、セブンスが連れてきたもう一人の仲間……フレア=ガーデンの方に振り向いた。




「何て、硬いっ!」


 フレア=ガーデンの叫びは、その広間一体に響き渡っていた。

 実際、彼女の相手は非常に固かった。

 魔術は効力を発揮せず、悪魔の欠片で作ったフレイルさえも、あっさりと弾かれてしまう。

 動きは遅いので、一撃一撃はそれほど怖くないのだが……

 何しろ、こちらからの攻撃が、一切通じないのである。

 このままの戦いが続けば……疲労で鈍ったところを潰されてしまうのが明白だった。


 ──炎もダメ。

 ──フレイルによる攻撃もダメ。

 ──氷もダメ。

 ──雷もダメだった。


 自称「魔術科ナンバー2」である彼女も、持ち得る限りの知識を使い、様々な攻撃を試してみた。

 ……だけど、何一つ通用しやしない。

 炎は表皮を焦がすだけで、氷は表皮に弾かれてしまう。

 雷は絶縁体らしきあの皮膚を通さない。


 ──なす術がないっ。


 ……悔しいが認めざるを得ない。

 フレア=ガーデンの戦闘能力では……この眼前の悪魔には、手も足も出ないのだと。


「っととっ?」


 岩の塊のような一撃を、フレアは不恰好なバックステップによって必死に避ける。

 ソイツの一撃は足元の床に突き刺さり、めり込むほどの硬度と重量を兼ね備えていた。


 ──何て、重い一撃っ!


「……だけどっ!」


 この拳はとてつもなく重い分……その一撃を放った直後の動きは鈍い。

 フレアはその隙を狙い、その岩のような悪魔に、渾身の力を込めてフレイルを叩きつける。

 だけど、彼女の非力さが原因か、それともコイツが硬すぎるのか……

 ……やはり効果は見られなかった。


 ──何て、硬いっ!


 だけど、その事実を前に……フレアはふと、同じように悪魔と戦っている剣術科ナンバー2の方へと意識を向けていた。

 持ち場を交換すれば、もうちょっと楽に戦いが進められると思ったのだ。


 ──でも、ダメ、だな。


 だけど、すぐに自称「魔術科ナンバー2」は首を振ってその考えを振り払う。

 床に拳をめり込ませるという、さっきの非常識な一撃を喰らえば……あの少女が着込んでいる、あの悪趣味な全身鎧でも……果たして耐え切れたかどうか。

 そして……この硬さには、あの漆黒の両手剣すらも通じるとは思えない。

 つまり、この化け物の相手として全身鎧を着込んで鈍重なシェラではなく、身軽なフレアが選ばれたのは、間違いなく好配置であり……流石のセブンスによる慧眼と認めざるを得ない。

 ……とは言え、フレアの手持ちの火力では、この事態を打開する術などなく……ただ敗北の瞬間を先へ先へ伸ばしているだけに過ぎないのが実情だった。


 ──どうすれば?


 ……このままでは、勝てない。

 自称「魔術科ナンバー2」であるフレアの明晰な頭脳は……あっさりと『その結論』を導き出してしまう。

 だからこそ彼女は、この状況を打開するため……周囲へと、いや、彼女が最も信頼を寄せている少年へと無意識の内に視線を向けていたのだった。


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