表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/45

第五章 第三話


「どわ~っ!」


 クレイ=セントラルがその奇襲を回避出来たのは、ただの幸運だった。

 紛れもなくソレは……ただの幸運でしかなかった、だろう。

 何しろ彼自身が回避に成功した訳ではなく……突然、何処からともなく現れた鷲の頭と翼、ライオンの身体をした魔獣……即ち、グリフォンが現れ、彼の命を奪おうとしていた妖魔へと喰らいついただけ、なのだから。


「な、な、なななっ?」


「ふん。

 この稀代の天才召喚師トレス=エイジスを無視して行こうなんてな」


 ……そう。

 幸運とは人間の手によって起こされるものだ。

 即ち、突如現れた召喚魔術師によって……クレイは間一髪のところを救われたのである。

 颯爽と現れたトリス=エイジスは、相変わらずの巨大な杖を肩に担ぎ、グリフォンの背中で仁王立ちしていた。

 所詮、肉体的には常人と変わらないその召喚士は、バランス感覚がいまいちなのか、少しふらふらしていたものの、クレイにとって彼は間違いなく救いの主で……

 その姿はトリスの普段の言動を差っ引いても格好よく見えた。


「お前、何故、こんなところに?」


「ふん。

 セブンスはこの俺の前で……俺に気付くこともなく、あの闘士科の何某へと悪魔退治の話をしていたからなっ!

 後をこっそりつけていたのだよっ!

 そのお蔭で、なかなか格好よいタイミングで現れることが出来たから、ま、結果おーらいというヤツだがなっ!」


 ──こいつ、暫く様子を見てやがったなっ!


 ……訂正。

 クレイが助かったのは『幸運』ではなかった。

 ただ、このトレスという自称「魔術科ナンバー2」の召喚師が、同じく自称「魔術科ナンバー2」であるクレイがピンチになるのを見届けた上で、タイミングを見計らって助けに来た、というだけに過ぎない。

 それはあくまで『人為的に計算され尽くした演出』に過ぎず……とても『幸運』とは呼べないだろう。


 ──この、阿呆、がっ!


 クレイはその事実を聞かされるや否や、内心でそう叫ぶと……さっきの感動を心の中で消去していた。

 ついでに大声で「寿命が数年縮んだぞ、早く助けにきやがれ、この馬鹿っ!」と叫びたい衝動を、意志力を総動員して押し殺す。

 この召喚士の性格がアレ過ぎて、多少の憤りを感じるにしても……それでも一応、助けてもらったことに間違いはないのだから。

 そして、同時に気付く。


 ──あの勘の鋭いセブンスが、やかましいコイツに気付かない訳がない。


 恐らくは『わざと』話さなかったのだ。

 正面から頼むと渋って色々と要求してくる癖に、放っておいても嘴を突っ込もうとする、コイツの性格を読み切った上で。

 ……そして、クレイがこうしてピンチに陥ることを読み切った上で。


 ──あの、野郎っ!


 その事実に自称「魔術科ナンバー2」のゴーレム使いは、黙り込まざるを得なかった。

 自らの不甲斐なさと同時に、『学園最強』の恐ろしさを思い知らされたからである。


「はっはっはっはっは。

 出でよ、出でよ、出でよっ、出でよぉっ!」


 眼前のゴーレム使いが黙り込んだのを見て、自分の力が認められたと勘違いしたのだろう。

 トレス=エイジスは得意気に叫びながら、その巨大な杖を振り回し……自らの召喚魔術を展開し始める。


 ──早いっ、いや、凄まじいっ!


 眼前の少年が膨大な魔力を事もなげに操って複雑怪奇な魔法陣を描くのを、クレイは歯噛みしながら見つめていた。

 性格がアレで、多少恰好が無様であるものの……流石は魔術科のナンバー2を自称するくらいのことはある。

 凄まじい勢いで巨大な召喚陣が完成し、その中から魔獣が現れ始める。


「……無茶苦茶だな」


 その召喚された魔獣を見たクレイ=セントラルは、思わずそう呟いていた。

 ……いや、本当にそれ以外の言葉が出なかったのだ。


 ──優秀というのは知っていたんだが……まさか、こんなモノまであの短期間で召喚できるとは。


 現れたのは、巨大な『蛇』だった。

 それが突如、虚空から現れたかと思うと、じたばたとのたうち回って、周囲の妖魔を蹴散らしていく。

 突然の魔獣の出現に、妖魔たちは完全に統率を失い……武器を捨てて逃げ惑い始めた。


「……ふんっ。

 こういう場合は、数よりも迫力だよ、クレイ=セントラル」


「……ぐ」


 少し馬鹿にしたような物言いで、召喚魔術を終え手持無沙汰になったらしいトレスは、グリフォンの背からと、クレイのゴーレムの肩へと飛び乗ってくる。

 その声を聞いて、クレイは大きな歯軋りを隠せなくなっていた。

 少しばかり後れを取っただけでは、自称「魔術科ナンバー2」であるという自負はまだ消えないし、彼自身もそれを撤回するつもりはない。

 そして、クレイは『絶対的な魔力量』が魔術師の性能を左右する要素だとは思っていない。

 それでも……この馬鹿の魔力は、彼を圧倒的に上回っていて……


「……おい」


「な、なんだ?」


 劣等感に苛まれそうになっていたクレイは、眼前の光景を見た途端、気付けば隣の天才召喚士へと問いかけていた。

 ……目の前で展開された、『見過ごせない出来事』がどうしても気になったからだ。


「あの、魔獣。

 ……さっき俺のゴーレム隊も蹴散らしたよな?」


「え……えっと」


 ……そう。

 その巨大な蛇の魔獣は、ただのたうち回る『だけ』だった。

 制御なんてされていやしない。

 暴れに暴れて、大地を削り木々をなぎ倒し、岩を破砕し、妖魔を蹴散らし、ついでにクレイの鋼鉄のゴーレムも蹴散らして……今なお暴れているのだ。


「もしかして、アレ……制御、出来てないんじゃないか?」


「当然だろう?

 間違って海の魔獣を喚んでしまったのだからなっ!」


 半眼のまま放たれたゴーレムマスターの詰問に、天才召喚士は胸を張って堂々とそう答える。


「アホかぁああああああああっ!」


 その答えを聞いたクレイは、思わずゴーレムの肩から崩れ落ちそうになっていた。

 ……まぁ、当然といえば当然だった。

 陸の上に『海の魔獣』を呼べば、苦しくて暴れるのは当たり前で……それを制御するなんて、無理に決まっている。

 召喚士には、魔力によって召喚獣を強化することで、本来の生存環境以外での活動を補助する魔術もあるのだが……それにも限度がある。

 そうこうしている内に、暴れ回った魔獣はが透けていく。

 ……どうやら召喚限界が訪れて、自分の世界に還っていくようだ。


「ほら、見てみろっ。

 限界が来て、もう帰還したじゃないか!

 折角の召喚獣を、魔力を、どうしてもっと効率よく活用しないんだっ!」


「だが、妖魔はいなくなっただろう!

 結果が良ければ、全て良いに決まっているっ!」


 二人はゴーレムの上で叫び合う。

 クレイの主張は理にかなっているものの……トレスの言葉も、そう的を外れている訳ではない。

 眼前を埋め尽くしていた妖魔の軍勢は、暴れまわる大型魔獣の暴挙の前に、我を忘れて逃げ出し……もはや影も形も残っていないのだから。

 とは言え……クレイのゴーレムも叩き壊され、使いものにならなくなっているのも事実であり……。

 ……まさに、痛み分け、というヤツである。


「……何の、茶番だ、これは?」


「「げ」」


 そうして言い合う二人の前に、音も立てずに一体の人影が現れる。

 その姿を見た二人の口から、呻き声が零れ出たのも、ある意味当然だった。

 そいつは人間じゃなかった。

 両腕が真っ黒な剣と化している……どう見ても立派な悪魔である。

 しかも全身から漂う雰囲気を一瞥するだけで、かなり強そうな悪魔だと推測出来る。


「……お前、あと何が出来る?」


 その姿を見たクレイは、静かに隣の戦友へと語りかけていた。


「もう何も喚べないぞ、お前は?」


 だが、天才召喚士は力なく首を横に振るばかりである。


「……同じく。

 コイツを扱うのが限界だ」


 トレス=エイジスのその問いに、ゴーレム使いであるクレイも、虚勢を捨て、素直にそう答えることしか出来なかった。

 その現実を前に、二人の自称「魔術科ナンバー2」の少年は顔を見合わせる。


「……それで、勝算は?」


「……あると思うか?」


 ゴーレムの肩の上での意見交換は、実にあっさりと終わりを告げていた。

 ……そもそも彼ら二人とも、妖魔の軍勢を倒すことしか頭になかったのだ。

 妖魔を遥かに超える化け物……即ち、悪魔自体と戦う準備なんて、出来ている筈がない。


「話し合いは終わったか?

 なら、とっとと死ね、雑魚共」


「……僕は、ちょっと、遠慮したい、かな」


「……俺もだ」


 悪魔の宣告を、口先だけで断る、自称「魔術科次席」の二人。

 ……もう、二人に残された抵抗の手段なんて、その程度しか残されていなかったのだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ