第五章 第一話
不死身である筈の悪魔が、聖剣・魔剣による傷を負えば死を迎える。
……それには簡単な理由があった。
悪魔を不死身とさせているのは、その膨大な魔力である。
即ち……悪魔という存在は、例え傷ついたとしても、魔力によって傷を再生させているのだが、女神の力を有する『聖剣』はその悪魔の魔力そのものを破壊する上に、傷口に魔力を破壊する聖なる力が残留する性質があった。
即ち……聖剣の聖なる力は、魔力によってもたらされる怪我の再生を『無効化』してしまうのだ。
流石の悪魔も、コレにはどうしようもなかった。
魔力による強靭な肉体と無限の再生力を誇る悪魔と言えど……魔力がなければ普通の生物と変わらない。
魔力によって再生出来なければ、傷によって普通の生物と同じように死を迎えてしまう。
だからこそ……数多の悪魔が聖剣の錆となり、散っていった。
またもう一つ……悪魔を殺す武器として、人間が作り出した『魔剣』という存在がある。
こちらも原理は同じである。
悪魔の肉体の欠片から作り出された魔剣は、ほぼ無限に等しい魔力を常に放っているのだが……魔剣はその魔力そのものを、悪魔に叩き込むのだ。
……そうするとどうなるか。
魔剣によって傷つけられた悪魔は、傷口から『別の悪魔の魔力』が流れ込むことになってしまう。
そうなった悪魔は……傷口の再生よりも先に、別の悪魔の魔力を中和しなければならない。
他者の魔力を中和し損ねた悪魔は、下手すれば消滅……悪ければ自意識を乗っ取られてしまう。
いや、良くても……身体の半分くらいが別種の魔力に汚染された所為で肉体のコントロールを失い、動けなくなってしまうのだから。
悪魔にとって他者の魔力というのは、それほどに凶悪な存在だったのだ。
特に、自分より上位の悪魔の欠片で造られた魔剣により傷つけられた場合……その傷は簡単に致命傷となるのである。
故に、聖剣は悪魔の天敵として、魔剣は悪魔にとっての最低の武器として、両者とも忌み嫌われる存在となったのである。
「こ、これくらいが……限界だろうな」
物陰に隠れていたクレイ=セントラルは、荒い息を吐きながらも、へたり込みそうになる身体を何とか食い止めていた。
彼の眼前には、十八体の鋼鉄のゴーレムが並んでいる。
それらは鋼鉄の槍と盾を手にし、一直線に並んでいる。
サイズも全てが人間と同じ大きさだ。
普段のように大きさや要らぬ機能を持たせようとせず……単一のサイズ、単一の機能を重視して、『数』だけに特化させた結果である。
「……いつまでも、ダレてはいられない、か」
霞みそうになる意識を、唇を噛んで必死に繋ぎとめたクレイは、そう呟くと気合を入れ直す。
実際……現在の彼はヘタれている暇など欠片もありはしなかった。
何しろ彼の目の前には、迷宮の入り口があり……そこには大量の妖魔が配備されている。
そして、彼の目的は、セブンス達が迷宮の中に入るまでの間、妖魔の軍勢を引き付けることにあるのだ。
ついでに言えば、ゴーレムはもう発見され、百を超える妖魔の軍勢が前進して向かって来ているところである。
ここで意識を失えば、鋼鉄のゴーレムたちは動きをとめ……彼はあの妖魔共に身体中を切り刻まれる、惨たらしい最期が待っているに違いない。
……まさに、正念場、というヤツだった。
──こんなところで、死んでたまる、かよっ!
──アイツに、俺を、認めさせるまではっ!
クレイは改めて自分の現状と、彼にこの任務を託した級友の顔を思い出す。
不思議とそれだけで……彼の身体からは、震えも疲労も消え去っていた。
「密集陣形、前進っ!」
気合を入れなおしたゴーレムマスターの号令により、鋼鉄の軍団は並んだまま歩き始める。
槍を構え、妖魔の軍団に向かって一直線に。
「っ!」
「……っ!」
そして、百を超える妖魔の軍団と、十八体のゴーレムの軍団とが重なり合い……戦闘が始まる。
「ははは。
我がゴーレムに妖魔如きが敵うものか!」
その戦いの様子を見たクレイは、喝采を上げる。
実際……彼が思い描いたままの光景が、眼前には広がっていた。
そもそも『妖魔』という悪魔の手下は、肉体的には人間と大差なく、魔力も知能もそう高くない。
つまり……鋼鉄で出来たゴーレムに、しかも一糸乱れぬ兵団を組織したゴーレムに太刀打ち出来る奴なんて、そうそう存在しないのである。
「~~~っ!」
それは、一方的な殺戮だった。
槍が突き刺さり、悲鳴が上がる。
血と臓物が舞い、怒号が飛び交う。
結果として十八体のゴーレムを相手にした百を超える妖魔たちは……ほぼ一方的に蹴散らされていた。
元々、妖魔という連中は、恐怖によって悪魔の手下をやらされている連中である。
自分たちが不利になると、すぐに士気を保てず瓦解する性質にあり……今回も数で勝る彼らだったが、あまりにも圧倒的なゴーレムの性能を見せつけられた途端、大混乱に陥ってしまったのだ。
「……ん?」
戦闘が想像よりも遥かに優位に進み、若干の余裕が生まれたクレイ=セントラルは、ふと視界の隅に、見知った姿が映ったことに気付いていた。
妖魔の軍勢から少し離れた場所に彼の仲間達が数人、迷宮の中にこそこそと入っていく姿を見つけたのだ。
妖魔達はゴーレムから逃げるのに必死で……彼らに注意を払う余裕すらないらしい。
──任務、達成!
クレイは心の中で喝采をあげていた。
彼自身、あのセブンスの作戦を聞いた時には、こんなに簡単な作業だとは思っていなかった。
どちらかと言うと、『学園最強』の少年が気軽に告げて来たその仕事を聞いたクレイは、余裕ぶった虚勢を張りながらも、内心で悲鳴を上げていたものだ。
しかし、蓋を開いてみれば……彼の鋼鉄のゴーレム十八体は一体も欠けることなく、今も妖魔を一方的に蹴散らしている。
コレは、妖魔が弱いというよりも、このゴーレム使いの少年の能力が……そして彼の長所を上手く引き出したセブンスの戦略眼が凄まじかったという証でもある。
「あははははははははっ。
何だっ、僕の手にかかれば簡単じゃないか!」
勝利の確信を得たクレイは、久々の勝利を実感し、大笑いを上げる。
実のところ、ここ最近はセブンス相手に負け続きだったため、少しだけ自信喪失しかけていたのである。
……だから、だろう。
少年は勝利の余韻に浮かれ……少しだけ調子に乗っていたのだ。
その笑い声に気付いた妖魔の軍団は……当然のようにゴーレムと戦うのを放棄し、一斉にクレイの方へと振り向いていた。
「……げ」
……そう。
妖魔とは言え、馬鹿ではない。
ゴーレムを相手にする場合の戦術くらい、心得ている。
……即ち、『マスターを狙う』、だ。
「やべ」
そうクレイが呟くや否や、妖魔たちは一斉に無防備なゴーレムマスター目掛けて殺到し始めたのだ。
妖魔の手に握られた、鈍い光を放つ槍や剣を目の当たりにしたクレイは、慌てて胸元に手を入れ……
「くそ、やっぱアイツの言った通りかよっ!」
……吐き捨てるように、そう叫ぶ。
咄嗟にクレイは自分の身を守るための巨大なゴーレムを一体、創り出す。
素材に魔力を注ぎ込めば膨らむという、図体がデカいだけの、何の取り柄もない、本当に簡易なゴーレムではあるが……
それでも……妖魔相手から身を守るくらいには使えるだろう。
──絶対に、全力は使うな、か。
舌打ちしながらもクレイは、『学園最強』の少年が告げて来た忠告を、胸の中でもう一度反芻していた。
実のところ、自称「魔術科ナンバー2」のゴーレム使いは、セブンスのその忠告に従って、一体のゴーレムを隠し持っていたいたのだ。
とは言え……流石に、今度こそ魔力の限界である。
魔力を使い果たしたクレイは身体を支えきれず、巨大ゴーレムの肩に座り込む。
「……確かに俺がやられたら終わりだもんな」
クレイは少し悔しげに呟く。
彼自身は、全て人間大のゴーレムを製造し、数の勢いであっさりと勝負を決めたかったのだが……最大のライバルであるセブンスは「自分の身を守るため、一体のゴーレムはキープしておくように」と命令したのだ。
マスターの意思によって動くゴーレムは、マスターがやられれば終わりという、最大の弱点を持っている。
……セブンスの意見は、当然と言えば当然だった。
──ゴーレム操者としての戦略眼で、アイツに負けている、なんてっ!
その事実に、クレイは奥歯が軋む音を立てているのを自覚しても、顎に力が入るのを止められなかった。
……流石に久々に自分のゴーレムの雄姿を眺めて調子に乗っていた所為とは言え、『自分の土俵』で後れを取ってしまったことが、彼の自尊心を大きく傷つけていた。
尤もそれは、彼がゴーレム同士をぶつけ合う学園の模擬戦に慣れ過ぎていて、一度も実戦を経験していない所為ではあるが……
それでも、『学園最強』のあの少年に対し、ゴーレム使いの少年が多少の劣等感を覚えることは否めない。
──いや、それどころではないな。
すぐにクレイは首を振り、脳内から劣等感を振り払う。
何しろ、彼の周囲には、既に妖魔が群がっている。
一度は巨大ゴーレムの拳の前に弾かれ、なぎ倒された結果……一気にかかってくるでもなく、遠巻きに様子を窺っているのだ。
幸い、今は膠着しているが……一瞬でも隙を見せれば、飛び掛ってくるだろう。
──くっ、このまま、では……
援軍を呼ぼうにも、彼が作り出した十八体の人型ゴーレムの方も膠着状態に陥っている。
ゴーレム達は次々と敵を討っているものの……無茶な扱いをした槍の穂先は曲がり、あちこち強打されたゴーレムの動きは少しずつ鈍ってきていのだ。
何よりも周囲を囲まれた所為で、彼自身の救援に来れそうなゴーレムが一体もいないのが一番キツい。
「……これは、ヤバい、か?」
クレイがそう呟いた時だった。
翼の生えた妖魔が数匹、ゴーレムの手の届かない空中からクレイ目掛けて襲い掛かってきたのだ。
「……うわ」
その瞬間、クレイは流石に最期を覚悟した。




