第四章 第六話
「……無茶言うなよ」
先ほどまで戦っていたライバルから話を告げられたクレイ=セントラルは、そう言いつつも笑っていた。
「出せるゴーレム、全て出せだと?
ったく……幾らかかると思ってるんだか」
誰も居ない部屋の中で、誰ともなしに呟く。
……だが、その表情から笑みは消えない。
クレイは何となしに祖父の自慢話を思い出していた。
「なぁ、クレイ。
爺ちゃんが若かった頃、魔術師部隊だけで敵一個師団を食い止めろとの命令が下ったことがあってな。
だが、魔術師だけじゃ戦場では役に立たない。
……要するに、上官が命惜しさに下した、無茶な命令でしかなかった。
それでも、命令に……いや、背後には避難民が、みんなの家族がいてな。
誰も、退くに退けない状態だったんだ。
あの時……爺ちゃんのゴーレムがなければ、みんな死んでいただろうなぁ」
そんな祖父の……遠くを見ながら語る自慢話を悔しい思いで聞いていた、遠い昔の、子供の頃を思い出したのだ。
……そう。
クレイは平和が嫌いだった。
戦争を実際に体験していない彼は……体験していないからこそ……「戦争で自分の学んで積み上げた技術を試したい」と思っていたのだ。
しかし、第六魔王は討たれ、世間は小さな小競り合いこそあれど概ね平和で……このまま手柄を立てることもなく、ゴーレムを土木作業用の道具として使うだけの、そんな人生しかないと思っていたのだが……
そんな彼にとって、セブンスの誘いは……まさに、『渡りに船』というヤツだった。
──見せてやるよ、セブンス=ウェストエンド!
確かにゴーレムは……一騎打ちでは、そう強くない部類に入る。
頑丈なだけで動きは遅いし、魔術に対する耐性も低い。
だけど……もし、数が揃ったら?
……整然と並び、単一の命令を確実に遂行する兵団というのが、どれほど戦場で有効か。
その事実を……いままで屈辱ばかり味あわさせられた、『アイツ』に見せ付けてやるのだ。
「冗談じゃないっ!」
『学園最強』の誘いを耳にした闘士科のガンズは、気付けばそう声高に叫んでいた。
実際、非常に筋肉質で獰猛な野獣のような外見とは裏腹に、ガンズが士官学校で学ぶのは「軍に入って規定年齢で退役し、軍の年金でゆっくり暮らすため」という……堅実そのものな人生設計のためだった。
まだ軍に入らない内から、命を賭ける意味なんて、彼にはないのだ。
「……そうか、分かった」
彼がライバルと認識してやまない、『学園最強』の少年セブンス=ウェストエンドはそう一言返しただけで……あっさりと引き下がって行く。
──どうやら、諦めたらしいな。
確かに、ガンズ自身、腕に自信はある。
そして、その自負があるからこそ……頼ってくれるのはありがたいと思う。
だけど、実際のところ……名誉よりも命と金が大事な彼にとって、セブンスの誘いは迷惑以外の何でもなかったのだった。
「……妻として当然ですわ」
彼女に関しては……二言すらも必要なかった。
剣術科の堕天使ことシェラ=イーストポートは……セブンスがただ話をしただけで、事情も子細も聞かず、頷いたのだ。
──もしかしたら、良い奴かもしれないな。
セブンスは少しだけ目の前の悪趣味な装備に身を包んだ少女を見直す。
本当に、彼がしたことと言えば……本当に、ただ『頼んだだけ』だった。
……『真剣に』、『フルネームを呼んで』、『顔を真正面から見つめて』、『ただ頼んだ』だけである。
それなのに……シェラは早くも、闘志を丸出しに、顔を真っ赤にして意気込んでいる。
それが、どれだけ卑劣な行為か。
断ることすら思いつかさせない、脅迫以上の強制力が発生する行為なのか……セブンス=ウェストエンドは未だに気付いていなかった。
──とんでもないことになった。
シェラお嬢様が顔を真っ赤にして頷いた時、それを背後から眺めていたリスは、お嬢様とは対照的に顔を真っ青にして、頭を抱える羽目になっていた。
「……どうすりゃ良いんだよ、こんなの?」
そう呟いて、リスは頭を抱えたまま唸る。
いざと言うときが訪れた場合、彼女は義父の名を使って近衛騎士団を使役し……彼らの護衛、もしくは拘束しようと考えていたが……
ここ数日で王都内の悪魔と反逆者の活動が活発化している所為で、ソレは、事実上不可能になっていた。
──娘バカの極まってる、あの団長なら飛んでくるかもしれないが……
だけど……聖剣・魔剣の二つを持ち、王都内で一番悪魔との戦闘経験のあるゴールド団長がいなくなれば、近衛騎士団は悪魔に対抗するのが酷く困難になり……殉職者の出る桁が確実に一つ増えるだろう。
かと言って、リスの戦闘力ではセブンスを足止めするのは不可能に近い。
シェラお嬢様も……あの表情を見る限り、腕ずく以外の説得は不可能だろう。
その上、リスではシェラには勝てない。
──飲み物に、睡眠薬を入れるか?
だけど、その考えを首を振って打ち消す。
そんなことをしたら……後で思いっきり恨まれるだろう。
下手したら……あの魔剣の一撃によって、リスの首が飛ぶ恐れもある。
お嬢様とセブンスとの決闘を目にするのが日常化した所為か……シェラお嬢様は怒る度に魔剣を振るっているような、そんな印象が強い。
「……ま、仕方ないか」
リスには……何一つ、この状況を打開する術がない。
ない以上、セブンスが勝つことを祈ることしか出来なかった。
──勿論……みんなの背後に隠れて、いざと言うときの援護くらいは担当しなきゃダメ、なんだろうけど。
そう考えると……思ったより簡単にリスの動揺は収まった。
これから彼女が相対する相手は……人類の天敵とも言える『悪魔』だというのに。
しかも、悪魔と戦うのは、近衛騎士団のベテラン戦士達ではなく、まだ殻のついた雛並の学生のチームだというのに……
──ま、何とかなる、だろう、うん。
リスはそう楽観的に頷き……何故か、既に学生達の勝利を確信していた。
それは、彼女の中で『とある一人』の評価が高すぎる所為だったのだが……彼女自身、その事実にはまだ気付いていない。
「見当たらない……か」
セブンス最後の心当たりである、弓術科のイヴに至っては……発見することすら出来なかった。
彼女は非常に優秀な弓の使い手なのだが、変な癖がある。
もし名づけるとするならば、「山篭り至上主義」という奇妙な癖だ。
外見は可憐な美少女としか言いようのない、まさに生粋のお嬢様なのだが……セブンスに敗北する度に、山篭りをして修行するという日々を繰り返している。
お陰で卒業を既に一回逃しているのだが……
「そう言えば……この前、撃退したな」
セブンスは、そう呟いて弓術科を立ち去る。
彼女の弓術に期待できない以上、脳裏に描いていた大雑把な作戦を、もう一度早急に練り直す必要があったのだ。
「……大体の案はこれで決まりか」
自室に戻ったセブンスは、膝の上に抱いているミミちゃんの背中を撫でながら、自分の考えを反芻する。
大体、作戦と言ってもそう複雑なものではない。
まずクレイのゴーレムで陽動し雑魚を減らす。
突入部隊は、シェラが最前線に立つことで魔剣を振るい、後衛からはフレアの魔術による攻撃を期待する。
セブンスは基本的に後衛に立ち、弓による援護を担当する。
シェラがキツくなる、もしくは悪魔が出現すれば、セブンスが前に出て悪魔の相手を担当するし、伏兵によるバックアタックを喰らっても、セブンスが対応に当たれば陣形を大幅に崩すこともない。
後は……突入ポイントの設定くらいだろう。
実際のところ、赤い悪魔の軍勢は王都のあちこちで大暴れしているようだから、全ての戦力が連中が拠点とする迷宮に居座るということはない、と思われる。
それに……アレだけ好戦的な奴のことだ。
防衛に割く戦力は最低限にして……今頃は攻撃を重視して王都の各所に配下の悪魔を展開していることだろう。
早い話が、彼らの攻撃は連中にとっては自然と奇襲となり……作戦なんて殆ど必要ないのである。
結局のところ……『臨機応変に何とかする』ということに尽きる。
下手に複雑な作戦を立てても、予想外の要素一つで全てが脆く崩れ去るということは、王国の歴史が何度も証明している。
「……それにしても」
そう呟いたセブンスは、ミミちゃんを撫でる手を止めて、軽くため息を吐ていた。
「あいつらも、人が良い」
それは、悪魔相手の戦いにまで彼に付き従うという、彼の学友への言葉、だった。
呆れたり馬鹿にしていると言うよりは、セブンスが彼らに申し訳ないと思っているからこそ、自然と零れ出た……そんな言葉だった。
──俺自身は、そんなに強い訳じゃないのにな。
シェラも、クレイも、フレアも。
セブンスの強さを信頼して、同行を承知してくれたのだろう。
……だけど。
『学園最強』と呼ばれる少年は、自分の左手を覆う黒色の籠手を見つめ、呟く。
「……この、ゼクサールの籠手がなければ、俺なんてただの一般人に過ぎないのにな」
それこそが……セブンスがどれだけ勝利しても、どれだけ褒められても、喜び一つ見せない理由だった。
昔、あの貴婦人と約束を交わした時に。
最強になれると言われて、身に付けた籠手。
「あとは……あの方の教えのお陰、か」
まだ子供だったセブンスは、悪魔であろう貴婦人から色々と教わった。
戦術・戦略の練り方。
情報の有益さ。
魔力の使い方・魔力による操体術。
果ては、数学や歴史まで。
特に魔術という技術は……人間の使いこなす魔術知識なんて、どう足掻いても悪魔の足元にも及ばない現実があった。
何しろ悪魔は日常的に……息をするように、手を伸ばすように、何気なく魔術を行使する生き物なのだ。
だからこそ、セブンスにとって魔術科の授業なんて聞くに値しない、貴重な睡眠時間と成り果てている。
剣術・格闘術・弓術も似たようなものだ。
魔力で身体を自在に操る術を持つセブンスにとって……他の人間全ては泥の中で動いているようなものなのだから。
戦術・戦略にしても、悪魔の叡智を誇るあの貴婦人から英才教育を施されたセブンスにとって、どれも答えの分かっているパズルに過ぎなかった。
だからこそ、セブンスは士官学校で最高の成績を誇ることが出来……
そうやって得た『強さ』という分かり易い一つの長所によって、色々な人の信頼を勝ち取った訳なのだが……
「悪いけど、みんな。
もう少し、……利用させて貰う」
自分の強さを信頼してくれている学友を、まるで道具のように扱おうとしている事実を前に……少し苦しげな声で、セブンスはそう吐き出す。
だけど……彼には、他に道など、ない。
……まだ子供だった『あの時』から、今まで、ずっと。
「……ミミちゃん、俺、頑張ってくるからな」
……そして結局。
首を振って苦悩を振り切ったセブンスは、優しくそう呟くと、縋るようにミミちゃんの白い背中を優しく撫でる。
その暖かさ・その毛並みに……まるで唯一の救いを求めるかのように。
当のミミちゃんは、撫でられる感触が気に入っているのか、眼を閉じてジッとされるがままになっていた。




