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第四章 第五話


「おい、そんな武器を一体……」


 そんなトレスの抗議は……セブンスの新たな魔剣がスライムに届くまでしか続かなかった。

 それほどまでに、彼が目の当たりにしたその光景は……魔術科ナンバー2を自称する彼にとっても口を噤まざるを得ないほど、非常識なモノだったのだ。

 何しろ全ての魔術を喰らい尽くす筈の彼のスライムが……ただ魔剣の切っ先が軽く触れたその瞬間に、弾けて消えたのだから。

 本当に、あっさりと、いとも簡単に。

 ……まるでその存在が、ここにあったのがただの冗談であったが如く。


「……馬鹿、な」


「あんな軽い、たったの、一撃で?」


「そんなに簡単に送還される筈は……」


 周囲に並ぶ野次馬がトレスの困惑が乗り移ったかのように口々に呟きを零す。

 ……そう。

 あの召喚獣は、ダメージを喰らいすぎて元の世界へ還元されたのだ。

 元々召喚術とは、そういう……召喚された魔獣が死ぬことのない契約となっている。

 そうでないと、誰も召喚に応じてくれなくなるから……言わば当然とも言える契約だろう。

 とは言え、あんな触れただけの一撃で、召喚獣を送還するなど……とてもあり得る話ではなかったが。

 何しろ、彼の魔剣は確実にスライムに突き刺さっていたというのに……握るその腕には水を切る感触すらも、なかったほどである。

 凄まじい切れ味、凄まじい威力、凄まじい軽さ。

 その魔剣は……まさに彼のために創られた、最強の剣と言っても過言ではないだろう。


「……その魔剣は、何なんだよ?」


 自らの最高傑作だった召喚獣が潰されたショックがまだ癒えないのか、呆然とトレスが尋ねてくるものの……

 その問いに対し、セブンス自身も応える術を持っていなかった。

 ……何しろ、さっき手渡されたくらいである。

 取りあえず、剣の名前を考え……ふと思いついたままに『黒の貴婦人』と呟くことで、召喚師を黙らせる。

 事実、その漆黒に輝く魔剣は細く高貴で艶やかで……貴婦人という名が相応しい威容を放っていた。


「おい、フレア=ガーデンっ!」


 そして、まだ呆然としている野次馬の上に浮かんでいた、何やら顔を真っ赤に染めたままの小柄な魔術師に向けて、叫ぶ。


「ひ、ひゃい!」


 いきなり呼ばれたフレアは、よほど緊張していたのか、それともセブンスの勝利を見届けたことで何らかの妄想をしていたのか、酷く裏返った声で返事をする。

 その声を聞いた野次馬から少しだけ笑い声が響くものの……セブンスはその声など全く意に介すこともなく、近くに置いてあった鞄に手を突っ込むと……

 そこから封魔の布に包まれた、赤い悪魔の腕を取り出す。


「くれてやるっ!

 これで適当な武器を作れっ!」


 そう言って、その悪魔の腕を……事もなげにフレアに放り投げた。


「ちょ、これっ?

 悪魔の腕ではないかっ?」


 突然の贈り物を怪訝に思ったフレアは布をめくり……未だに炎に包まれているその腕を見て、驚いた声を上げる。

 実際、悪魔の欠片というのは、かなり貴重品である。

 悪魔との戦いが激化する王国内では、悪魔を滅ぼしうる魔剣という武器はは数少ない貴重品なのだ。

 正直な話……同質量の金や銀、白金などとは比べ物にならないほどの価値を払ってでも、魔剣を手元に置いておきたい人間は数多い。

 何しろ、悪魔が押しかかって来た時に、金銀が手元にあったところで、何の役にも立たないのだから。

 その悪魔の欠片の価値を知っていた周囲の野次馬達も、今度ばかりは何も言葉を発せず、ただ静かに二人の様子を眺めていた。


「……一体、どうしたのだ、こんなもの、を」


 突然、高価な贈り物を貰い、流石に気が引けたのだろう。

 フレアは真っ赤な顔をしたまま、おずおずと尋ねてくる。

 だが……貴婦人からの『頼みごと』を聞いていたセブンスは、そして自分専用の黒き魔剣を手にしたことで、その悪魔の欠片がもう不要となっていた彼は……ただ時間が惜しかった。


「この前、叩き切った奴のだ。

 明日の朝一でソイツを倒しに行く。

 ……お前も武器がないとキツいぞ?」


 ただ『学園最強』と名高い彼は、そう言葉を残すと、さっさとその場を離れることにする。

 剣術科と魔術科、闘士科に弓術科と……彼が足を運ばなければならない場所はまだ幾らでもあるのだから。


「……ちょっ、悪魔討伐に、この私も、行けと?」


 その無茶苦茶な……「自殺に付き合え」と言われたに等しい、無茶な要求を聞いたフレアは、青ざめた顔で離れていくセブンスにそう質問を返す。

 だけど……セブンスは振り返りすらしない。

 ……まるで、フレアが一緒に行くのを確信しているように。


「……ああ、もう、行ってやるっ。

 行けば良いんだろっ!」


 ちょっとだけ考えて、フレアはため息を一つ吐くと……やけくそになったかのように、叫ぶ。

 事実……アレだけ高額な報酬を前払いで貰ったのだ。

 働かない訳にもいかないだろう。

 それに……何でも一人でこなしている、『あの』セブンスが、珍しく彼女を頼ってきたのだ。

 応えない訳には、いかなかった。

 何しろ放っておけば、あの少年はたった一人でも死地に向かって突き進むに違いない上に……相手は寝ぼけてとは言え、フレアにとって初めて唇を奪われた相手なのだから。


「……さてと」


 何となく自らの唇に触れてみたフレアは……すぐさま我に返ると、紅潮したままの頬を三度叩き、そう声を出して気分を入れ替える。

 手元にある、この悪魔の腕で……武器を作らなくてはならないのだ。

 ……しかも、早急に。

 悪魔の欠片を使っての武器製作は初めてである。

 とは言え彼女は、普通に魔術を使うよりも附加魔術系統の方が得意だった。

 この空中を歩く魔法の靴など、魔力を付加させた装備品を造るのは最も得意で……魔剣を作ることも、出来ないとは思わなかった。

 それに、悪魔の欠片は無尽蔵に近い魔力を有しているため、加工は意外に簡単という評判を聞いたこともある。

 ……いや、何よりも。

 フレア自身が、悪魔の欠片という最高級の素材で「武器を作ってみたい」、そしてソレを「試してみたい」という衝動に駆られているのを自覚していた。


 ──そういう、ことか。


 何故セブンスが振り返りもしなかったか、今頃ながらにフレアは気付いてしまう。

 彼女が自分の附加魔術に自信を持っていると知っているからこそ、そして彼女自身がこの「悪魔の欠片で武器を作ってみたい」という誘惑を断ち切れないと知っていたからこそ……彼はフレアが明日の戦いに赴くと確信しているのだろう。


「……全く」


 見透かされた感じが少しだけ悔しかったものの、フレアはそうため息を一つ吐くと……中庭を文字通り飛び出して自室へと飛び込む。

 セブンスのあの口ぶりでは、明日の朝には出発する訳だから……今日中に武器を作り出し、その後で十分な休息を取って、万全を期さなくては。


 ──取りあえず、下着はアレで、化粧はあっちの……


 戦士は死地に向かうとき、下着だけはまっさらなものへと変えたという。

 それとは少しばかり意味が違うのだが……フレア=ガーデンは明日のために準備を整え始めたのだった。


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