第四章 第二話
「ははは! どうだ!
今日の、僕のゴーレムは!」
昼にはまだ少しだけ早い時間帯。
授業のため校舎内を移動していたセブンスを待っていたのは、自称「魔術科ナンバー2」にして、ゴーレム使いの少年、クレイ=セントラルの久々の挑戦だった。
連日のように押しかけるシェラのような少女がいることを考えると……例え数日ぶりだとしても久々と言えるだろう。
勿論、それには理由があり……ゴーレム製作には時間がかかる。
骸骨兵みたいな簡易ゴーレムや、人型程度のストーンゴーレムなら兎も角、新型の、しかも巨大且つ複雑な構造のゴーレムである。
それをたった一週間やそこらで造り上げる。
ゴーレムの肩で高笑いをするアホにしか見えないこの少年も……実は凄まじい才能の持ち主なのだ。
尤も……その分、色々と『破綻した』少年である所為か、彼の才能を羨む生徒など誰一人としていないのだが。
授業が始まったというのにセブンスの後ろに付き従って全然関係ない魔術科に足を踏み入れているシェラと言い、発育が完全に停止している魔術科の天才フレア=ガーデンと言い……人生、バランスが実に難しい。
「幾らお前とは言え、あのトレス=エイジスの挑戦を無事退けるのは難しいだろう!
その前に、この僕の手で引導を渡してくれるっ!」
どうやら、このゴーレム使いの少年は、そういう経緯で挑戦してきたらしい。
普段なら兎も角、今日は急ぎの用事があったセブンスには……鬱陶しいことこの上ない。
「俺がそいつと戦って疲弊したところを狙うとか……そういう発想はなかったのか?」
少しだけ呆れた声で、セブンスが呟く。
……いや、そこには目の前の用事を手早く、もしくは後回しにしようという魂胆があったのだが。
「はっはっは、何を言うかっ!
そんな卑怯な手段を使って好敵手を討つなど……貴族に相応しくないではないかっ!」
それがクレイ=セントラルの返事だった。
──へぇ。
その言葉に、セブンスは少しだけ感心していた。
……いや、周囲で野次馬をやっている学生達の間でも感心した声が上がる。
実際、負け続けの中で、正々堂々に拘るほどの矜持を持てる人間というのは稀有である。
人間というのは兎に角……誘惑に弱いのだから。
「あの、セブンス。
せめて、武器を」
自分の魔剣を差し出そうとするシェラを、セブンスは片手で制する。
そして、上着を脱いでシェラに手渡すと……右腕の動作を少しだけ確認し始める。
珍しく、その顔には笑みが浮かんでいた。
「なら、俺も、久々に本気を出すか」
さっきまでの苛立ちも消え……目の前の少年と真正面から『向き合う』気分になったセブンスは、静かにそう宣言する。
「……へ?」
ゴーレム使いの少年、クレイがセブンスの宣言を聞いて、そんな声を上げた時だった。
セブンスは一瞬でゴーレムの足元へ突っ込むと……
「崩壊せよ・右手に・集う」
魔力を込めた右拳をゴーレムに叩きつける。
闘士科の学生から見れば、その右拳は素晴らしい一撃だっただろう。
左足先から右拳まで、完全に体重・筋力・捻りが連動した、完全なる一撃。
とは言え……ソレはただの拳打ではない。
その速度と破壊力の上に、魔術科でトップを取るほどの魔力が籠められている……言わば必殺の一撃なのだ。
「馬鹿なぁあああああああっ!」
セブンスの放った本気の一撃で、自称天才少年が様々な細工を施したゴーレムの右脚は、砂細工のように砕け散っていた。
右脚と同時にバランスを崩したゴーレムから、マスターたる少年が投げ出されるが……セブンスは気にせず、地を蹴り……
「破砕せよ・右足・穿つ」
魔力を込めた右足で、躊躇なくゴーレムの胴を射抜く。
「切り裂け・左足・風となる」
次は風の魔術を纏った、左足の踵落としを放つ。
風の魔術は巨大な斧となり……ゴーレムの右腕を胴体から容赦なく切り離す。
「潰せ・重量の王・螺旋を描き・我が右手・鎚と化す」
そして、倒れたゴーレムに、魔術と体重を籠めた渾身の右拳を振り下ろす。
その一撃で……全てが終わっていた。
地に伏したままのゴーレムは、全身が砕け散り……もうその名の由来である人型すらも留めていなかったのだから。
「あははははははははっ」
その惨劇を目の当たりにしたゴーレムマスターのクレイは、ただ笑うことしか出来なかった。
様々な攻撃・様々な魔術に対抗出来るように創ったゴーレムが……僅か五秒足らずで残骸にされたのだから。
「……こんなに、差が、ある、のか?」
ひとしきり笑い終わったクレイは、呆然自失と言った風情でそう呟く。
精一杯作ったゴーレムが残骸と化したというのに、残念という気持ちすら湧かない。
……敗北したのに、悔しささえも感じられないのだ。
そんな打ちひしがれた少年を見て、ちょっとやりすぎたと思ったのか、セブンスは少しだけ言葉を捜し……
「……まだまだだな」
結局、そう呟いた。
「まだまだぁ?
分かってるよ、それくらい!」
その言葉に、やっと実感が伴ったのか、クレイは激昂して怒鳴り散らす。
だが、そんなクレイを静かに見下ろしたまま、セブンスは言葉を続ける。
「まだ、この強度じゃ悪魔には通用しない。
もしくは、聖剣・魔剣を持った勇者にもな。
……お前がたどり着きたいのは、何処だ?」
「……いや、そんな無茶苦茶な」
「幾らなんでも、それは……」
その言葉を聞いた周囲の学生は、何を大げさなと呟きを零していた。
実際……悪魔との戦争が終わって既に歳月が経過し過ぎていた。
その戦争の当事者でもない限り、人間なんて十年経てば過去にしてしまう生き物である。
先の大戦では物心すらついていなかった彼ら士官学校の学生達にとって……悪魔との戦いなんて現実味を帯びないくらい、遠い出来事だったのだ。
尤も、未だに悪魔が暗躍していることを知り、そして、単身で悪魔を退けられるセブンスの実力を知っているシェラだけは、妙に潤んだ目つきで彼の横顔を眺めていたが。
「……ああ、そうだ。
そうだったな」
そして……クレイもまた他の平和ボケした学生たちとは一線を画していた。
セブンスの言葉を聞いて、電撃に撃たれたかのように身体中を震わせたかと思うと、、地面の土を握り締め、少年は立ち上がる。
「見てろ、セブンス=ウェストエンド!
僕はその内……いや、今度こそっ!
お前に打ち勝つような強いゴーレムを作ってきてやるからなっ!」
「……ああ、楽しみにしている。
クレイ=セントラル」
何気なく放たれたセブンスのその一言に、周囲の学生もシェラも……そして、クレイ自身も固まっていた。
それほどまでに、このセブンス=ウェストエンドという少年は、相手の名前をまともに呼ぼうとしないのだ。
……まるでこの学園内では自分が異物だと知っているが故に、周囲の誰かとの関わりを最小限にするかのように。
「……見てろよ!」
硬直から解けたのは、当事者であるクレイが一番早かった。
彼は敗北する前よりも意気揚々とそんな叫び声を上げると、胸を張ってその場を走り去って行く。
「……ふむ」
その様子を見届けたセブンスは、右手を軽く動かし……怪我の様子を確かめる。
どうやら、授業中に休んだお蔭で、そろそろ動きに支障のないレベルまでは回復したようだ。
それだけ確かめると、セブンスは正門に向かって歩き始めた。
そろそろ正午である。
……決闘の時間が迫っているのだ。
本当ならば無視するつもりだったのだが……学生相手の決闘は、怪我の調子を確かめる肩慣らしに丁度良い。
それに……先ほどの決闘でクレイが見せた、高潔さのお蔭か、セブンスの気分が少しだけ良かったことも、彼が面倒としか思っていない決闘に向かった理由の一つだろう。
「……私でさえ、未だに名前で呼ばれたことすらないですのに」
決闘場へと歩き行くセブンスと野次馬連中に取り残されたままそう呟いたのは、まだ硬直が解けていないシェラ=イーストポートだった。
名前を覚えられるという、彼女なりの目標をだたの学友があっさりと達成したのを目の当たりにした彼女は、一人固まったままもう暫くの時間を過ごすことになり……
その所為で彼女は、セブンスのもう一つの決闘の結末を見過ごすことになるのだった。




