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第四章 第一話


 基本的に、悪魔という存在は無敵である。

 ほぼ無制限に魔術を振るい、鋼の武器ですら通用する悪魔はほぼ存在しない。

 何しろ、まず傷つけることが可能な悪魔自体が少数であり……その上、悪魔という連中は、魔力によって肉体構造を変質させることも出来るため、傷ついてもすぐに治ってしまうのだ。

 尤も……その所為なのだろう。

 彼らは人間など家畜と見做している節があり……人間の存在に対し、全く警戒しようとすらしなかったのだ。

 そして、人間が幾ら策を弄しようとも彼らの存在には抗えず……悪魔は悪魔で人間を遊びで狩りはすれど、滅ぼそうとはせず。

 だからこそ、人間と悪魔の間には一定の均衡状態が保たれていた。

 だけど……その均衡は人間によって覆される。

 人間は知恵を絞り、女神の力を宿す『聖剣』や、それによって傷ついた魔族の肉体の欠片を使い『魔剣』を作りだす事に成功したのだ。

 それらの威力は凄まじかった。

 無敵を誇る筈の悪魔を砕き、殺すのだ。

 勿論、悪魔もいつまでも無警戒という訳ではなく、彼らも徐々に知恵を付け、団結し、人間に対抗する術を身につけていたのだのだが……。




「ふ、ふふ、ふふふふふ」


 とある日の学園の地下。

 薄暗い密室にて、一人の少年が薄気味悪い笑みを浮かべていた。


 ──これで、勝てるっ!


 少年は『確信』を持っていた。

 魔術科でナンバー1を誇っていた(と、思っていた)彼をあっさりと退けた、あの生意気な下級生を破ってみせるのだ。

 その次は……あの馬鹿馬鹿しいゴーレムばかり作っているセントラル家の小僧をついでに撃破してみせれば……

 そうすることで、彼の憧れにて理想そのものでもある、魔術科の女神フレア=ガーデンが彼に振り向いてくれるのだ。


「ふはははははははっ!」


 真っ黒なマントに、真っ黒な改造制服を着たその少年は、地下室に反響するほどの大きな高笑いを上げる。

 実際、以前、彼がフレアに振られた時に「貴様、笑い声が何か気味が悪い」と言われたのだが……そんな都合の悪い記憶、彼の脳内からはとっくの昔にすっ飛んでいたのである。




「う~。

 ……悪夢見た」


 セブンス=ウェストエンドが目覚めたのは、当然ながら彼のベッドであった。

 ベッドの側では、ミミちゃんが真っ白な身体を丸めて眠っている。

 目覚めてすぐに首を左右に振り……記憶に鮮明に焼き付いたその悪夢を、首を振って消し去る。

 あんな悪夢、二度と見たくない。


 ──俺が、子供の頃、動かなくなったミミちゃんを抱きかかえて、助けを求めて走り回っている姿なんて……


 不意に怖くなったセブンスは、目の前で丸まっているミミちゃんの、真っ白で柔らかな毛皮に手を触れようとして……


「……起こしちゃ、可哀想だな」


 そう思い直し、その手を退ける。

 いや、もしかしたら……怖かったのかもしれない。

 目の前で丸まっているミミちゃんが、触れた途端に消え去るような気がして……


「馬鹿馬鹿しい」


 セブンスは首を振ることで、その馬鹿な発想を振り払うと……シャツを脱ぎ捨てる。

 シャツの下からは、服の上からはあまり窺えなかった、よく締まった筋肉質の身体が確認出来た。


「大分、治ってきたな」


 そのまま彼は、右肩を確認する。

 アレから数日経ち……そのお蔭で肩の火傷ももうほぼ治ってきた。

 医者が聞いたら目を回すようなふざけた肉体構造なのだが……本人からすればまだ遅い。

 魔力による回復促進が今ひとつ効果がないのは……やはりこの傷が、悪魔によってつけられたから、なのだろう。


「……つっ」


 例え火傷がほぼ完治しているにしても……動かした際の痛みはまだ完全に消え去った訳ではない。

 剣が振るえないほどではないが……少しばかり行動速度と精度に支障を来すのは免れないだろう。


 ──でも、いつまでも寝てはいられない、な。


 彼には……大きな恩のあるあの貴婦人の為にも、まだ色々とやるべきことが残されている。

 それにあの貴婦人から、「学校には出来るだけ通うように」と厳命されていた。

 それを思い出したセブンスは、頭から痛みを切り離すと、痛む肩に気を使おうともせず、制服に着替える。


「じゃ、ミミちゃん、行ってくる」


 まだ丸まったままの最愛の家族に声をかけてセブンスは自室を出た。

 ドアが閉まる音に、ミミちゃんの片耳がピクンと動いたが、すぐに元に戻り。

 ミミちゃんは飼い主よりも長く、幸せな惰眠の時間を過ごしていたのである。




「おはようございます。

 ……傷はもうよろしくて?」


「……え? あ、ああ」


 学園の正門付近へと付いたセブンスは、何故か彼を待っていたらしいシェラ=イーストポートと鉢合わせていた。

 また突っかかられては面倒だと、適当に返事をしたセブンスだったが……何故か礼儀正しい彼女の声と、その瞳の中にある、何とも言えない光に少しだけ怯んでしまう。

 そして彼女は……何故か彼の後ろにぴったりと付き従って歩き始めたのだ。

 今までは平気で隣を歩いていた。

 ……いや、そもそも、同じ方向に歩くことさえ稀だったのに、だ。


 ──どういう心境の変化だ?


 セブンスはその少女の珍しい行動に、内心で首を傾げるものの……すぐにその思索は強制的に耳へと入ってくる雑音によって遮られる。

 ……そう。

 隣を歩く少女が着ている全身鎧は、彼女が歩く度にガシャガシャと音を立てて……非情に喧しかった。

 無視して歩こうにも……金属音と彼女の格好が、いちいち周囲の視線を弾き付ける。


「えっと。

 ……俺、何かしたか?」


「いえ、妻たるもの、夫の三歩後ろを歩かなくては」


 ──妻ぁっ?。


 周囲のギャラリーは、その剣術科の堕天使シェラ=イーストポートの発言に度肝を抜かれ、声一つ上げられぬ有様だったものの……

 セブンスは、そのことにすら気づいていなかった。

 何しろ彼は……背後を歩く少女にそう尋ねはしたものの、答えが返ってくる前に先日の戦闘を反芻し始めていて……端っから聞いていなかったのだ。

 周囲の生徒が、先ほどのシェラが放った爆弾発言に悲鳴と歓声を上げ始めたことすらも全く気にせず、セブンスは玄関までの道程を歩き……


「……ん?」


 ふと、普段は見かけない看板があるのに気付く。

 周囲の生徒達がその掲示板とセブンスの方を見比べているのに気付いた彼は、何が書いてあるのか気になって取りあえず目を通す。


「セブンス=ウェストエンドに告ぐ。

 貴様の天下も今日までだ。

 本日の正午にこの場所に来られたし。

 決着をつけよう。

 トレス=エイジス……ですって」


 彼の背後からシェラが後ろから掲示板を読み上げる。

 その視線は先ほど夫と呼んだ少年の背中へと注がれていた。

 ……だけど。


「……ふむ」


 セブンスの感想はただそれだけだった。

 一見しただけであっさり興味を失ったのか……彼はすぐに掲示板から目を離すと、そのまま校舎へと向かって歩き始める。

 シェラもその反応を予想していたのか、何かを告げることもせず、彼の三歩後ろを静かに付き従って歩く。


「……はぁ。相変わらずか」


「やっぱりな~」


 彼のリアクションが薄かったことに周囲の生徒達はみんな落胆の声をあげていた。

 この神聖王国立サウスタ聖騎士学園では、突発的に起こるセブンス絡みの決闘というのは、数少ない娯楽の一つであり……大多数の生徒たちはソレを楽しみにしていたのだ。

 ……だが、ある程度は予想出来ていたのも事実であった。

 『学園最強』の彼は待ち伏せして突っかかってくるような連中は叩き潰すものの……呼び出されたりすると面倒がるという、有名な悪癖を持っていたのだ。


「それよりも、シェラさん、どうしたのでしょう?」


「何でも、命を救われたんですって」


「妻とか言ってましたわ!」


 そしてすぐに別の娯楽……即ち、噂という楽しみに、周囲の生徒達は沸き立っていた。

 実際、学校という閉鎖された空間内に生息する『学生』という生き物は、退屈に耐えかねていて……その手の刺激物を何よりも必要としていたのだった。


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