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第三章 第六話


「はぁっ。

 ……はぁっはぁっ」


「あ、終わったみたいだな」


 息を荒くしているシェラ=イーストポートが座り込んだのを見届けたところで、セブンスは立ち上がる。

 『学園最強』の少年が骸骨兵量産装置を破壊してからも延々と……恐らくは数千回にも渡り、彼女はその大剣を振るったのだ。

 その結果として……彼女の腕も、そしてその持っている魔剣の威力も素晴らしく、周囲にもはや骸骨兵がいたという痕跡すら見当たらなくなっていた。


「はぁっ。はぁっ。はぁっ」


 シェラが何かを言いたそうな顔をして、セブンスを睨んでいたが……セブンスは少女の抗議を無視する。

 どうせ手伝ってくれても良かったとか、淑女を一人きりで戦わせるなんてとか、そういう話なのだろう。

 ……だが、適材適所という言葉がある。

 セブンスの武器は今のところ普通の長剣が一本と、左手の籠手。

 後は魔術を幾つか習得している程度で……骸骨兵と戦うにはあまり向かないのだ。


 ──ま、幾つかの手はあったんだがな。


 魔術で洞窟を崩落させるとか、敵陣のど真ん中に飛び込んで渾身の魔術を放つなど……サボタージュを決め込んでいたセブンスにも、そんな奥の手を隠し持ってはいたのだ。

 ……とは言え、今回はシェラがいた以上、無理をする必要もない。

 勿論、戦闘の最中、要所要所ではシェラの危機を救うために魔術で援護したが……逆を言えば、この長い時間戦い続けても「その程度で済んだ」、とも言える。

 日ごろセブンス相手には良いところの欠片も見せられずに敗退しているものの、こう見えてシェラ=イーストポートという少女は、かなり有能な剣士なのだ。


「さて、と」


 シェラの荒い息が正常に戻ってきたのを聞いて、セブンスは立ち上がり奥の部屋に向かって歩き始める。

 その後ろを、シェラがふらふらしながら付いて来ていた。

 あれだけ疲弊すれば、鎧が重いのだろうに……まだ脱ごうとしない。

 何かこだわりがあるのか、それとも内側に下着くらいしかつけてないのか、セブンスには分かりかねたが。


「……ふむ」


 奥の部屋はそれほど広くはなかった。

 幾つかの魔術的な装備品らしき武具が壁に立て掛けられており、奥の床には金貨が入った宝箱。

 ……そして。


「……これか」


 机の上には幾つかの書類の束。その中に王都の地図を発見する。


 ──さて。


 セブンスは目的の物を見つけて、同行者の方を確認する。

 シェラ=イーストポートはセブンスへの抗議も、先ほどの戦闘の疲労も忘れて、壁にある装備品に見入っている。


 ──今なら、気付かれずに燃やせそうだな。


 と、セブンスが魔術を行使するために、集中しようとしたその時だった。


「へぇ、かち合ったって訳か」


 そんな時だった。

 いつの間に現れたのか……突然、部屋の入り口に、大男が一人立っていた。

 ……いや、それは人間とは言えなかった。

 何しろ、角が生えている。

 全身が燃えるように赤い。

 その上……目が四つもあるのだから。


「……悪魔、か」


「セブンス! 構えて!」


 セブンスのため息に、シェラが気付いて両手剣を抜き放つと同時に警告する。

 だが、セブンスは相手の目的……コイツが地図を消失させに来たことを知っていたから、それほど慌てなかった。


 ──いや、コイツは……


 だけど……すぐに眼前の赤い悪魔から殺気が漂っているのに気付き、セブンスは手を柄の上に置き、構える。


「面白ぇ、やろうってのか?」


 その動作を見てとった悪魔……赤い男爵は、凄惨な笑みを浮かべてセブンスの方に一歩踏み込んできた。


「危ないっ!」


「……雑魚がっ!」


 その一歩をきっかけにして、弾けるようにシェラが飛び出し……赤い悪魔へと斬りかかる。

 だが、彼女の両手剣が悪魔を切断するより早く、赤い拳が彼女の胴に叩き込まれていた。


「うぁっ!」


「……おいっ!」


 少女はその拳の一撃であっけなく吹っ飛ぶと、壁に衝突し……そのまま動かなくなる。

 流石に同行者の心配をしたセブンスは、視界の端で動かなくなったシェラの様子を窺う。


 ──大丈夫、そう、だな。


 どうやら、拳が直撃した場所が燃えているものの……あの赤い全身鎧は見た目が無茶苦茶な分、性能も良かったらしい。

 見る限り……命に別状はなさそうだった。


「……だ、大丈夫、です、わ……」


 彼女は意識こそ失っていなかったが……先ほどの戦闘の疲労もあって、もう動けそうにない。


「さて、次は貴様だなっ!」


 その悪魔の表情は……目が四つあるにも関わらず、本当に楽しそうだと読み取れた。

 赤い悪魔は愉悦に染まった笑みを浮かべたまま、セブンスに殴りかかってくるっ!


「……ちぃっ」


 どうやら相手はあの貴婦人の配下らしく、セブンスは少しだけ躊躇を見せる。

 とは言え……襲いかかってくる以上、無視する訳にもいかない。

 セブンスは迫ってくる右腕を難なく避けると、長剣を抜き放つと同時に相手の胴を薙ぎ払う。

 ……だけど。


「……くっ」


「効かねぇよ、馬鹿がっ!」


 鋼鉄で出来ている筈の剣は、その悪魔の皮膚に触れるなり、蒸発してなくなっていた。

 ……どうやら、普通の武器では傷つけることすら出来そうにも無い。


「っと」


 そこまで考えたセブンスは、先ほどよりも大きく距離を取って赤い悪魔の攻撃を二度三度と回避する。

 どうやら、あの一撃の直撃を受けるだけで……セブンスくらいならあっさりと燃え尽きそうである。

 シェラが喰らってもまだ生きているのは、あの悪趣味な鎧がとんでもなく高性能だったお蔭、なのだろう。


「凍れ・剣の・貫く・七つ!」


 接近戦はまずいと、一瞬で判断したセブンスは、バックステップをしつつ瞬き一つの間に魔術を展開する。

 左手の籠手が輝きを放ったかと思うと、氷の剣が七本も彼の左手の前に現出し……赤い悪魔目掛けて襲い掛かっていた。


「けっ」


 だが、その赤い悪魔は、その魔術を避けようとすらしなかった。

 事実、全ての氷の剣は、そいつに触れる前に蒸発して消え去る。


 ──魔力の格が違う、か。


 炎の悪魔に対して氷の魔術が有効という、対悪魔戦闘の鉄則があるのだが……

 どうやら彼我の魔力差が大き過ぎる所為で、全く効果がないらしい。


「次は俺の番だなっ!」


 その言葉と同時に、悪魔は地を蹴ってセブンスとの距離を詰めると、右拳を大きく振るってくる。

 踏み込み、攻撃速度……共にとんでもない速度だった。

 だが悪魔特有の、人間を舐め切ったその攻撃は、かなり大振りだったため、セブンスは身を屈めるだけで、難なくその下を潜り……。


「借りるぞっ」


 倒れていたシェラのところまで転がると、彼女の両手剣を持ち上げる。


「……つっ」


 だが、その両手剣を持ち上げようとして……ふらつく。


 ──こいつ、こんな剣を振り回していたのか?


 重量だけではない。

 魔力が食い尽くされるような感覚に襲われ、セブンスは構えるだけで精一杯だった。


「はははっ! 

 ふらついているじゃねぇか、小僧!」


 その様子を見た炎の悪魔は『学園最強』の少年を嘲笑うと、正面から警戒すらせずに突っ込んできた。

 しかも、また右腕を大きく振りかぶっている。


 ──隙だらけっ!


 確かに悪魔は強いのだろう。

 少なくとも人間の武器は聖剣と魔剣以外はほぼ通用しない上に、魔術も効かない場合が多い。

 だからこそ……こうして隙だらけで警戒もせずに突っ込んでくるのだ。


「はははっ!」


 そして、馬鹿の一つ覚えの大振りの右拳。


「……つっ。

 がぁあああああああああああ!」


 だが、それがその悪魔の致命的な隙、でもあった。

 振るわれた赤い右拳を避けると同時にセブンスは、渾身の力を籠めるとその両手剣を跳ね上げ……

 叫びながら、直下に振り下ろす。


「ぐぅっ」


 確かにその両手剣の切れ味は凄まじかった。

 咄嗟にガードした悪魔の右腕に……セブンスの持っていた剣が全く通じなかったその悪魔の肉体へと、見事に食い込む。

 ……だけど。

 セブンスにとって、その両手剣は……明らかに重すぎた。

 その上、慣れない武器だった所為か、速度が乗り切らない。

 ガードされた上に、勢いが足りなかった所為もあり、その魔剣は肉へと食い込みはしたものの……骨を断ち切るには至らない。

 両手剣は赤い悪魔の、シェラの太股ほどもある腕に食い込んだまま……それ以上進まなかったのだ。


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