第三章 第五話
「……何故、お前まで来たんだ?」
王都の南東部。
新しく発見された迷宮の入り口に立ったセブンスは、後ろの同行者にもう一度尋ねてみる。
その顔には相変わらず何の表情も浮かんでいない。
浮かんではいないものの……何処となく迷惑そうな雰囲気を隠せていない。
セブンスとしては、迷宮攻略などには何の価値もなく……あの貴婦人の『頼み』のため、近衛騎士団の突入を防ぐための、あの申し出だったのだから、彼が同行者を疎むのも当然と言えば当然だった。
事実……地図さえ消失させたなら、近衛騎士団に「無理でした」と申し出ようと企んでいたのだから。
「だって、一人で迷宮の攻略なんて無理でしょう?」
「骸骨兵しかいないって話だからな。
……そう問題はないさ」
──骸骨兵。
文字通り白骨化した死体を魔術で動かすという、簡単なゴーレムの一種である。
それほど動きは早くないし、頑丈でもないのだが……簡単に作れるのが悪魔の中では好評だった。
その逆に、人間からしてみれば……こいつらが大量に存在すると実に厄介なのだ。
「なら、私がついていっても問題ないでしょう?」
そう主張するシェラを、静かにセブンスは眺めてみる。
実のところ、地図の存在を誤魔化すのが面倒なだけで……正面切って反対するほどのことではない。
何よりも、このシェラ=イーストポートの着込んでいる趣味の悪い全身鎧はかなり頑丈で……骸骨兵の攻撃力じゃ貫通することも無理だろう。
──ちょっとやかましいのが欠点だが……
本体、全身鎧共にセブンスにとっては耳障りなところがある。
とは言え、骸骨兵には仲間を呼ぶほどの知能はない。
それに、彼女は近衛騎士団に入りたがっていた。
こういう実績を作る状況を逃したくないからこそ、必死に同行を求め、父である近衛騎士団長をも黙らせたのだろう。
……結局、セブンスは折れることにした。
「……ま、良いけどな」
「では、ついていきますわ」
……囮くらいにはなるだろう。
そんな外道なことをセブンスが考えているとは思いもせず、シェラはこれからの楽しそうな冒険に、心を弾ませていた。
……正直に言おう。
迷宮というのは広大で且つ複雑。
罠が非常に鬱陶しく陰湿で、人間を深奥に進ませないようになっている。
少なくともセブンスとシェラの二人は、迷宮に対してそういう偏見を持っていた。
だが、この迷宮は……彼らのその偏見を塗り替えるのに十分な構造をしていたのだ。
「……ま、頑張ってくれ」
「ちょ、ちょっと!」
目の前の骸骨兵を見た段階で、セブンスはため息を一つ吐くと、同行者を前線に押し出す。
シェラは抗議しているのだが、目の前に迫ってきた骸骨兵に剣を振るうのでそれどころではない。
「……奥方様が迷宮内部の地図を渡さない訳だ」
思い出してみれば……あの時淫魔からは、迷宮を攻略させるというのにその位置を印した地図を貰っただけだった。
──その時点で気付くべきだった、な。
……そう。
この迷宮は構造自体はそれほど複雑ではない。
何しろ、入り口から階段を数分下りると、後はただっ広い部屋があるだけだった。
置くの方には何かがあるかもしれないが、暗くて向こう側まで見渡せない。
その挙句、広間に入って来た途端、骸骨兵が右から左からうじゃうじゃと襲い掛かってくるのだから、たまらない。
「ちょっと!
貴方も手伝いなさいっ!」
シェラが禍々しい両手剣を振るいつつ叫ぶのを、セブンスは聞き流す。
この迷宮の構造が大したことないにも関わらず、勇者たちによって攻略もされずに放置されていたのは、この敵の多さなのだろう。
骸骨兵がうじゃうじゃと……見える範囲で千を超えている。
しかもシェラが薙ぎ払った分、後ろの方から湧いてくる。
「何をしているのですか! 早く!」
「……さて」
セブンスはシェラの抗議を無視しつつ、骸骨兵の流れを見る。
その先は暗くて見えないが……。
「炎よ、矢となり、飛べ!」
セブンスは少し気合を入れると、簡単な魔術を放つ。
彼の左手を覆う漆黒の籠手が光ったかと思うと……炎が生まれ、矢の形をして、迷宮の奥へ飛んでいく。
「……なるほど」
その一瞬で迷宮の構造を見切ったセブンスは、脳内で地図を作製しながら、軽く頷いていた。
さっきの魔術によって見た限り……この迷宮は本当に簡単な構造らしい。
広大な空間の向こう側には部屋が三つ。
東と西と北の壁にそれぞれ入り口があって、その内の二つ、東と西にある入り口から骸骨兵が湧いてきている。
原料となる骨を何処から拾って来ているのかは不明なのだが……その奥にあるであろう、骸骨兵を生産する装置を壊さない限り、この迷宮を攻略するのは不可能に近い。
「うっ! らっ!」
セブンスは、チラッとシェラの方を眺める。
骸骨兵の振るう槍や剣を何発か貰っているものの……特にダメージは見当たらなかった。
ついでに言えば、その両手剣が右から左へ、左から右へ振るわれる度に、骸骨兵は同時に数体が崩壊し、砂へと返っていく。
──流石は魔剣。
ただ骸骨兵を物理的に壊すだけではなく、魔術構成そのものも破壊するという、かなり危険な武器である。
その効力を見る限り……魔剣の中でも、かなり上等な部類に入るだろう。
とは言え、そんなのをセブンス目掛けて振るってくるんだから……あのお嬢様もなかなか無茶苦茶な少女である。
……尤もそれは、セブンスが避けることを信じているとも言えるのだが。
──これなら、しばらくはもちそう、だな。
彼女の戦闘力と周囲の骸骨兵の戦力とを冷静に分析したセブンスは、非情にもそう決断を下す。
「悪い。
……ちょっと、頼む」
「えっ?
ちょっと、セブンスっ?」
シェラが尋ね返す間もなく、セブンスは全身に力を込めると、一気に宙を、いや、骸骨兵の頭蓋や鎖骨を踏み台にして迷宮を駆け抜ける。
骸骨兵が気付いて攻撃をしかけようとした時には、彼は既にその場所にいない。
反応が鈍い骸骨兵だからこそ、そして自分の技量に絶対の自信があるからこそ出来る行動だ。
「まず、一つ」
四百歩ほどの距離を駆け抜けたところで、装置にたどり着く。
変な皿の上の、何もない空間上に骨が形成されたかと思うと……それが骸骨兵になって動き出す。
……無から骸骨兵を創り出すという、かなり高等な仕掛けらしい。
とは言え、その作業過程を見る限り、作られる速度は大したことなさそうではある。
が、その場合は同行者にかかる負担は凄まじいことになるだろう。
「弾けて・砕け!」
そう判断したセブンスは、左手の籠手に魔力を通すと、爆発の術を解き放つ。
どうやら装置自体の防衛能力は大したことないようで、あっさりと装置は大破していた。
「……ちっ」
装置を壊した爆発音の所為、だろう。
気付けば、セブンスの周囲には骸骨兵が集まってきた。
セブンスは襲い掛かってきた一体を、左手の籠手で殴り壊す。
──くそ、この程度じゃダメ、か。
だが、セブンスの放った渾身の一撃に頭蓋を砕かれても……その骸骨兵は動きを止めなかった。
それどころか、頭蓋を砕かれたまま、手にした槍を突き出してくる。
「っと。
……俺の武器じゃ手間がかかりすぎるな」
その槍を避けたセブンスは剣を抜くこともなくそう判断を下すと、あっさりと戦闘を放棄して走り出す。
周囲の壁目掛けて跳ぶと、そのまま壁を走り……。
「よっ」
途中から骸骨兵に着地し、そのまま骸骨兵の頭蓋を次々と飛び移りながら広い部屋へと駆け込む。
そうして勢いを落とすこともなく、セブンスはそのまま東から西へと駆け抜ける。
実のところ、この周辺はあまりにも骸骨兵が多過ぎて……逆に身動き取れていない。
ある意味では、今セブンスがいるこの場所……骸骨兵の頭上こそが、この広い部屋の中で最も安全な場所と言えるかもしれなかった。
「……コイツらが解き放たれていたら、えらい騒ぎだったな」
この骸骨兵だけで一つの軍隊くらいあるだろう。
幾ら雑魚とは言え、数というのは力になり得る。
それが王都に突如現れたならば……死傷者がどれだけ出たか想像もつかない。
……しかも、それが無限に創られるというのだから。
単純な構造と言い、むやみに広い部屋と言い……恐らくこの迷宮は、魔王ゼクサールが再度王都を襲撃する際に備え、王都を混乱させるために創り出した、骸骨兵を量産するためだけのモノ、なのだろう。
尤も、肝心の第六魔王は女王襲撃の際に勇者に討たれ、結局この迷宮が使われることはなかったようだが……
セブンスの思考が一瞬だけその想像に囚われるものの……目の前に装置が見えてくると、そちらに集中が戻る。
そのまま『学園最強』の彼は足を緩めることなく、魔力を左腕に込めると……
「崩壊して・消えろ!」
左手の籠手で装置を殴りつける。
装置はやはりあっさりと砕け散り、骸骨兵は事実上、これ以上増えなくなった。
「……まだ腐るほどいるな」
左手に込められた魔力の残滓で、周囲の骸骨兵を数体砕く。
だが、効果が出たようには見えない。
流石に魔力を込めた一撃ならば骸骨兵を崩壊させることは出来るのだが……彼我の数が違い過ぎる。
十体程度を壊したところで……所詮、焼け石に水でしかない。
「……後は、任せるか」
シェラは剣術科の中では飛びぬけて強い。
あの巨大な大剣を難なく振り回し続けられるのだから……恐らく、毎日のように素振りを千以上やっているだろう。
ならば、こいつらを全滅させるくらいの体力はある、筈だった。
「ま、流石に休みなしじゃきついだろうからな」
とは言え……無限に思えるほどの敵の中で、一人きりで剣を振るい続けるという行為は、体力よりも先に気力が尽きるのだ。
一人で戦うことに慣れ切っているセブンスとは言え……一人きりで戦う時の注意点は、あの婦人から教わっている。
「……さて、と」
そう考えたセブンスは、またしても骸骨兵の頭上を駆け抜けると、一人で両手剣を振るい続けている同級生目掛けて走っていったのだった。




