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第三章 第一話


 神聖王国は、わずか二十五年の間に、六度も魔王の侵攻を受けていた。

 実のところ、最初の魔王による侵攻以外、殆ど異界の勇者であるアズマが撃破したため、王国の被害は軽微だったのだが。

 それでも、国内にあちこち、戦争の傷跡が残っている。

 荒らされたままの畑や焼け落ちたままの民家。

 崩れたままの城跡など……王国中にその傷跡は残されていた。

 その中でも、もっとも厄介なのが、『迷宮』の存在である。

 最初の魔王アインバーグが考案した、悪魔の拠点ともなるそれらは、非常に狡猾な結界・防衛・罠の数々に守られている上に、発見が難しく……第六魔王の消滅を確認して数年が経過した今でも、未だに安全が確認出来ない迷宮も存在しているのである。

 そして、それらの発見と安全の確保は、基本的に王国騎士団の仕事だった。

 だが……王都の治安維持という重大任務が主な任務である彼らだけでは手が回らないことが多々ある。

 だからこそ、それらの発見・安全の確保には、王国が報奨金を出して奨励しており。

 人々は、賞金目当てに迷宮に挑む連中のことを、魔王を撃退したアズマに倣い、『勇者』と呼んで讃えていたのだ。




「……なんだぁ、この報告書は?」


 王都近衛騎士団団長ゴールド=イーストポートは、配下の密偵が提出してきた報告書を読んで、思わず声を上げた。


「ですから、例の、セブンス=ウェストエンドの素行に関する報告書です、団長」


 ゴールドの質問に答えたのは、彼の右腕とも言える部下グリーン=ウッドリーフだった。

 ゴールドの同期でもあり、親友でもあり……幾度もの魔王戦争を共に生きてきた戦友でもある。


「そりゃ、分かっているが」


 友人の返答を聞いたゴールドは唸る。

 目の前の報告書はとても細かく書かれている。

 報告書の内容は兎も角、その報告書に問題は見当たらない。

 ……見当たらないのだが。


「……シェラとの関係が、書かれてないぞ?」


「それは、命令には含まれていませんでしたので」


 ゴールドがぽろっと零した公私混同と言っても過言ではない本音を、付き合いの長いグリーンはしれっと流す。

 そんな部下を何となく睨みながら、騎士団団長は不愉快極まりない態度で報告書をペラペラとめくる。


「勇者ガルキスを一騎打ちの末に撃破って。

 ……何やってるんだ、コイツは」


 ふとゴールドは、報告書の中で見過ごせない箇所を見つけていた。


「そういえば、暴動が一件起こってましたね。

 ……しょっ引きますか?」


 部下からの提案を暫く考え込んだ末、ゴールドは首を横に振る。


「……いや、理由がないだろう。

 勇者ガルキスからの被害届も出てない。

 暴動と言っても、被害は酒場が二・三軒だけだ。

 大げさな酔っ払いの喧嘩で……貴族を逮捕出来る訳がない」


「……ですね」


 普段は娘バカで見境がないゴールドではあるが……娘さえ関わらなければ、彼の判断が間違えることなど、そう多くはない。

 現に今も……彼の言い分は通っている。

 実のところ、平和になってもう何年も経過しているが故に、酒に酔って暴れる人間の数も増えてきていて……近衛騎士団だけでは手が回らないのが実情だった。

 ……人間という生き物は、平和になるとあっさりとボケる生き物なのだ。


「……しかし。

 何か、この報告書、えらく詳細だな。

 妙に感情が篭っているというか」


 報告書を流して読んでいたゴールドは、ふとそんな感想を洩らす。


「……ええ。

 困ったものです」


 ゴールドの部下にして親友のグリーンは、その声に大きなため息を吐いていた。

 実のところ、ミイラ取りがミイラという諺は、こういう事なんだろうとグリーンは考えていた。

 士官学校にシェラお嬢様の護衛兼監視役として潜入させている彼の義理の娘の報告書は、冷静に第三者として事実のみを書くようにと教え込んだ、彼女の書いた報告書は……色々と年頃の少女が抱くような感情が見え隠れする代物に成り果てていたのである。


「……ん?」


 そんな中、ゴールドは報告書に挟まっていた、

 見逃せない書類を一枚見つけた。

 それは、えらく昔の日付になっていたのだが、間違いなくグリーンの娘が作った報告書で……


「シェラ=イーストポートが交際を申し込むものの……あっさりと退けられるだぁ?」


  それは……まだシェラが入学したての頃。

 まだ『変な』装備をしていなかった頃のシェラ相手に、セブンスが剣術の試合で圧勝した……その直後のことだったのだが。


「あちゃ~」


 ゴールド団長のその呟きを聞いて、グリーンは思わず額を手で覆っていた。

 実は、そういう報告の類は、目の前の騎士団団長が興奮して仕事を放棄するのが目に見えていたため、彼が何度も隠匿・修正していたのだ。

 勿論、親友をからかう程度のネタとして軽く口には出していた。


 ──だけど……今度のは、それどころじゃなかったからな。


 と言うより、日頃は親友の娘バカをからかいつつも……彼自身、娘の『そういう兆候』を目の当たりにしたことで冷静さを失っていた、ということなのだろう。


「……おい」


「……はい」


 殺気混じりの上司の声に、グリーンは何とか返事を搾り出す。

 実のところ、返事なんてせずにずっと無視していたかったのだが。

 何しろ、娘が絡んだゴールド=イーストポートという人間は……本当に、ろくでもないことしかやらかさないのだ。


「こいつを、ここまで、連れて来い」


「しかし、先ほどは……」


「理由なんて適当にでっちあげろっ!」


 無茶苦茶だった。

 さっきまでの冷静で思慮深い、歴代でも最高と名高い近衛騎士団団長は……既にこの部屋から存在しなくなっている。

 もうここに座っているのは……同じ顔した別人だった。

 と言うか……そう思わないと、グリーンがやってられない。


「あ~。了解」


 ……だけど。

 彼にも立場というモノがあり……幾ら無茶苦茶と言えども、上司からの命令である以上、逆らう訳にもいかない。

 グリーンは団長室を後にしながら、あまり気の進まないまま、近衛騎士団の宿舎にセブンス=ウェストエンドを連れ込む口実を考えていた。


「……さぁてと、どんな名目をでっちあげるべきか。

 面倒なことに、ならなきゃ良いんだがなぁ」


 そうして、上司からの命令に渋々従う様子を見せつつも……彼自身、好奇心は抑え切れない。

 実のところグリーン=ウッドリーフも……あんな男っぽい口調で喋るように育っててしまった、『あの義理の娘』が好意を抱きかけている、その『学園最強』と名高い少年が、一体どんな相手か……多少以上の興味を抱いていたのである。


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