~ 序章 ~
……計画は完璧だった。
西方軍の食料に三日間、僅かな媚薬を盛るだけでソレは成功した。
基本的に人間という種族は……特に雄性体の、その中でも軍人という類は『性欲』に弱い。
『彼女』の策略に基づき、配下の淫魔十五体が暗躍しただけ……軍一つが簡単に混乱の極みに陥っていた。
女性の奪い合いや、腑抜けと化した指揮系統の所為か、街一つの各所各所で住民との大乱闘が生じている。
……準備も怠らなかった。
女性揃いの女王親衛隊が動きにくくなるように、『彼女』の部下たちは下働きの女性に賄賂を与え、ここ三か月ほど糖分過剰な、それも高カロリーの食事を大量に与えていた。
その効果は絶大だった。
事実、類を見ないほどの精鋭揃いである女王親衛隊が、その持ち味である素早さを剥ぎ取られ、並以下の戦士に落ちぶれていた。
どんな女性であろうとも、甘いお菓子が無料で与えられたなら、逆らえるはずが無い。
……情報も完璧だった。
その時間、その場所に、神聖王国の女王にして最後の神の末裔、シルヴァ女王が滞在するのを『彼女』は完全に突き止めていた。
だからこそ、『彼女』とその夫……第六魔王ゼクサールが率いる暗殺部隊の襲撃は、確実に成功する筈だったのだ。
……ただ、一つの誤算は──
かつて神聖王国を脅かした五体の魔王をことごとく退けた……
異界の勇者にして女王の公認の愛人……故あって正規な結婚は未だにしていない……であるアズマが召喚されたことである。
虚空より突如現れた勇者は全ての軍略、全ての戦術、その他もろもろの不利な条件を無視して、その剣術だけで魔王の暗殺隊を全て撃破したのだ。
そして、『彼女』は命以外の全てを失った。
夫も、武器も、部下も、野望も、右腕さえも。
たった一つ、『彼女』の腹の中に居た、小さな命を除いて。