私に堕ちて来い
この話は視点が変わります、ご了承ください。
その存在のことを、祖父や父から聞いてはいた。
理屈ではない、出会えばわかると。
それを、私は今実感している。
私は私の"珠"を見つけた――
まさか、といくら思っていても、彼女から目を離せない。
そんな私の状態に先に気づいたのは、やはりというべきか。誠だった。
「皇雅さん? 彼女達がどうかしましたか?」
誠の言葉で私の方を見た数馬も、不思議そうな顔をしている。
そんな誠らに何か言わなければ――とは思っても、なかなか言葉が出てこない。
否、私は2人を気にする余裕がないほど、目の前の彼女を夢中で見つめていた。
「皇雅さん、まさか彼女が"珠"なのですか?」
「ええっ! あの子達どう見ても高校生ですよね?!」
「……まぁ、"珠"に年齢制限なんてないですからね。山前院の方がそうと認めたらそうなんですよ。ただ……当代は随分、なんというか特殊な子を見つけられた」
「特殊? 確かに女子高生っていうのは障害もあるかもしれないですけど、いいんじゃないですか? あの子可愛いし」
「僕としては可愛いことは認めますが……ポチ、まさか皇雅さんの視線の先にいる相手を間違えてはいないでしょうね」
「え? あの背の高い方の子ですよね?」
数馬の言葉に誠がため息を吐くのが聞こえた。
そんな時、彼女がこちらを見た。
私と目が合うと、その目を大きく見開く。
ああ、その表情も可愛いが、できればさっきのように笑ってはくれないだろうか。
そんな私の願いは彼女に伝わらないのか、彼女は笑うどころかどんどん顔色を悪くし、顔を強張らせていく。
どうした?
何故そんな顔をしている?
ああ、数馬が怖いのか? こいつの顔は怖いかもしれないが、安心するといい。中身はヘタレだ、怖がることはない。
私は安心しろ、という思いを込め彼女に笑いかけた。
すると彼女に勢いよく顔をそらされた。何故だ。
もう一度こちらを見ないだろうか。
「あ〜……皇雅さん、あまり見すぎますと、彼女にプレッシャーを与えてしまいますよ。ちょっと視線を外されてはどうですか」
「……どういうことだ?」
意味が分からないことを言う誠に眉を寄せると、誠は分かりませんか? と苦笑をもらす。
「貴方のその視線に彼女が怯えているじゃないですか。今思い切り顔をそらされたでしょう?」
「何を言っている? あれは数馬の顔に怯えたからだろう」
「ええっ!?」
「ポチうるさいですよ。まあ、そういうことにしていてもいいんですけど」
「よくないですよっ!」
「皇雅さん、彼女はあまり見つめられることに慣れてはいないように思います。それに、貴方が何故自分を見ているのかわからずに混乱しているのでしょう。貴方と彼女は初対面なんですからね」
誠に無視された数馬が横で小さな声でブツブツ言い始めた。そうゆうところがヘタレだというんだ。情けない。
だが、誠の言いたいことはわかった。確かに私と彼女は初対面で、お互いの名前も年も知らないのだ。
私の配慮が足りなかったな。
私が反省をしていると、彼女が今またこちらを向いた。と、思ったのにまた顔を背けられた。
わかった、名残惜しいが今日はもう見るのはやめよう。どうせ近いうちに毎日見られるようになるのだから。
諦めてカウンターの中にいる誠に向きなおれば、私たちの冷めたコーヒーを下げ新しいものを出しながら、彼女のことを話しはじめた。
「彼女は澤木 雪菜ちゃん。17歳の高校二年生。家族構成は父、母、兄、妹の5人家族。ただ、数年前から実家を離れて兄と二人で暮らしているようです。両親も妹も存命ですので、なにか理由があるのでしょう。三日頂ければ詳細を報告できます」
「頼む」
「ちなみに、貴方がさっきから殺気を隠さずに見ているのが彼女の兄、春樹です。
彼女はとても兄に懐いていますので、彼を敵にまわさないほうがいいですよ」
「兄?」
私が他意無く見ていた、店の奥でもう一人の店員と何か作業をしている、さっき彼女に触れていた男を視線で指した誠は、私に牽制してきた。
これは誠にしては珍しい行動だ。誠も彼を気に入っているということだろう。
ただ、兄か。
……そうか、それならば……
「後、確か彼女には付き合って半年の彼氏がいたと思いますよ。頑張って振り向かせてください」
「………………………………………………………………そうか」
「ヒイーーィイーーーーっ」
横から奇怪な声がしたが、何だ。
17歳、ままごとに興味があるのは仕方ないこと。
安心しろ雪菜、私は気にしない。
これからの君の時間は、全て私と共にあるのだから。
私を見て、笑い、話してくれ。
私はもう堕ちた。
君も早く私に堕ちて来い――