伝わらない熱視線 4
ニヤニヤ笑う美少女に向けて、私は意思表示も兼ねて大きなため息をついてやる。
「マナちゃんはどうしてそこまであの人を薦めるの? 知ってる人なの?」
あの興奮ぶりではそうは思えなかったけど……
私の質問に返ってきたのは、あっけらかんとした否定だ。
「そんな訳ないじゃん」
「じゃあなんで……」
「カン」
「……え?」
「だからカンだって」
「……カンだけ?」
「そうだよ」
「それでなんでこんなに薦めるの」
「大丈夫っ、私今までこれだってカンが外れたことないもん」
「マナちゃん……」
「あの人は絶対特上の男だよ、しかもユキと相性抜群の」
その自信はどこからきているの……その外れたことのないっていう実績?
それよりもマナちゃん。目の前にいる脱力しすぎて椅子から落ちそうな親友に気づいて、お願い。
何だかこれ以上この話をしていると、マナちゃん自身がイケメンさんに突撃しに行く気がしてきた。
いやする。彼女ならする。
それは避けたい。いや、避けねばなるまい。
思わず遠くを見はじめていた自分に活を入れ、マナちゃんを見てにっこり笑ってこう告げる。
「じゃあ次にまた会えたら話しかけてみるよ」
「次? ダメだよ。チャンスはその場で掴まないとっ!よく言うじゃん。チャンスの女神は毛が一本しかない、それを引っこ抜いて捕まえるのは早い者勝ちって!」
マナちゃん。拳を握りしめて訴えているけど……それは誰に聞いたの? 私が聞いたことのある話とは、微妙に違う気がするよ。だいたい一本しかないのなら、抜いちゃダメだと思うよ。
かわいそうだよ……女神。
「でも私はマナちゃんがいうように、イケメンさんが私に興味があるように思えないし、私もあのイケメンさんとお近づきになりたいと思ってないよ。
だけどマナちゃんがそんなに力一杯お近づきになれっていうのなら、もしまた会えたら頑張って話しかけようとは思う」
チャンスの女神の話を力説された後にもマナちゃんがアレコレ言っていたけど、絶対に譲らない私に最後は諦めてくれた。まぁ、プルプルの唇をこれでもかって尖らせていたけど。
はいはい、そんな顔をしても可愛いだけで怖くないから。
今まで四年近く陽だまり庵に通って来たのに、今日初めて顔を見た人だ。また会うことなんてないだろう。
私には、マナちゃんがどうしてあの人が私に興味を持ってるなんて誤解を肥大していくのか、サッパリ理解できない。だいたい見知らぬ女子高生に喫茶店でいきなり声をかけられたら、向こうだって迷惑だろう。
さて、せっかくマナちゃんが落ち着いたのだ。思い出したかのようにイケメンさんに突撃されてはかなわないので、ケーキも食べ終わったことだし今日はもう帰ろう。それがいい。
それに、今日はお兄ちゃんとの夕飯が待っている。久しぶりにお兄ちゃんの好きなブリ大根を作ってあげようかな。帰りにスーパーに寄らなければ。
そうと決めたらさっさと帰ろうマナちゃん。
私に急かされたマナちゃんは、渋々席を立った。二人でレジに向かうと、マコさんが来てくれる。
「もうお帰りですか? お茶のおかわりをお持ちしようと思っていたところでしたのに」
マコさんに残念そうに言われて、私は実はこちらも残念ですと言いそうになった。
陽だまり庵は同じ飲み物ならおかわりを無料で出してくれる、お財布に優しい店なのだ。
「今日はお兄ちゃんが早いそうなので、早く帰ってお兄ちゃんの好きなブリ大根を作ってあげようと思って」
「それは羨ましいですね、今度ぜひ僕にも作ってください」
「いやいや人様に出せるようなものじゃないんで」
まさかマコさんからそんな事を言われるとは思っていなかった私が慌てていると、お財布をだしたマナちゃんがニヤリと笑った。
「マコさんならご飯作ってくれる人なんて、片手に収まらないんじゃないですか〜?」
「そうですね、両手でも足りずに困っています」
マナちゃんの悪乗りの言葉に、マコさんはサラッと笑顔で答えた。私はどんな反応をすればいいか分からず、思わずマナちゃんに視線を向ける。
私と同じように驚いたマナちゃんが、恐る恐るマコさんに尋ねた。
「えっと、冗談ですよね……?」
「もちろんですよ」
なんだろう、はじめてマコさんの笑顔を嘘くさく感じる。
まぁ、うん、気にしないでおこう。
マナちゃんも私と同じ気持ちなんだろう。珍しく突っ込むことをせずに、この話は終わりとばかりに伝票をマコさんに渡す。
「お会計お願いしますっ、今日は別々じゃなくて一緒でいいです」
「マナちゃん、私自分の分払うよ?」
「い〜のっ、今日は私が払うって決めてきたんだから」
レジの前でマナちゃんと千円札を押し合っていたら、マコさんがそれを止めてきた。
「ああ、今日のお代は結構ですよ」
「え?」
「なんで?」
マコさんに突然そんなこと言われてビックリだ。
今まではお兄ちゃんが奢ってくれたり、マコさんがサービスだよってお菓子やケーキを出してくれたことはあったけど、こんなことを言われたことはなかった。
急にどうして? と2人で驚いていると、心なしかマコさんが困ったように笑った。
「謝罪の気持ちですよ」
マコさん、ますます訳が分からないです。
「雪菜ちゃんの大事なお兄さんをいつもこき使って、兄妹の大事な時間を減らしてしまっていますからね。いつも申し訳ないと思っているんですよ。それに…………」
それこそ今更な気がするんだけど?
さらに後半あまり聞こえなかったんだけど……
私が聞こえなかった言葉を聞き返そうと口を開いた瞬間。マコさんにと~ってもいい笑顔をいただいて、思わず開いた口を閉じてしまった。
「すみませんでした、雪菜ちゃん」
「え? それは別に何とも思ってないですけど……」
「僕を許してくれますか?」
「マコさんに怒ったことなんてないです」
「許してくれますか?」
「…………はい」
「ありがとうございます」
この時のマコさんの笑顔は妙な迫力があった。
そして、私は何だかやってはいけないことをした気がして、胸がモヤモヤしたのだった――
……余談であるが。後日、この日から起る諸々のことで憤る私に、ある人はこう言った。
『僕としても、まさかあの方が高校生である雪菜ちゃんに目をつけ……一目惚れするなんて思っていなかったんですよ? だってそんな、9も年下の子を好きになるロリ……犯ざ……年下好みだと思ってなかったので。雪菜ちゃんにしても、9も年上なんてもうおじさんでしょう? そんなおじさんから逃げられないなんて、あまつさえ味方が誰もいないなんて……雪菜ちゃんが気の毒で、可哀想で……これは僕の精神衛生上問題がありそうだと思い、ちゃんと謝ったじゃないですか。雪菜ちゃんだって許してくれたでしょう? 僕のこと。え? そんな事なかった? いやいや、あの日このお店で謝った僕の事を、許すって言ってくれたでしょう? ……理由が違う? おかしいですねぇ。僕はちゃんと伝えたつもりだったんですが、もしかしたらちょっと声が小さくて、雪菜ちゃんに聞こえなかったのかもしれないですね。でもまぁ細かいことは気にされずに。許してくれるんでしょう? 僕のこと』