伝わらない熱視線 3
「ごめん、大きな声出して。でもホント気にすることないよ、今度は茜なんかに騙されない男を探せばいいじゃん」
「うん、そうだね。でも……なんていうかね。私は山田君の事をそう思ってたんだ。
今度こそ私を選んでくれる人じゃないかって。だけど結果は、ね……」
「だから山田じゃダメだったってことじゃん。切り替えちゃいなよ、今度はいい男を捕まえるためにさ」
そう言うなり、戯けたフリをしながらケーキを頬ばるマナちゃん。でもその目は心配そうに私を見ている。
こんなに心配してくれる人に本当のことを言わないなんてダメだ。
私は覚悟を決めると、残っていたミルクティーを一気に飲み干し、マナちゃんに目を合わせる。
「……本当はね、茜のせいだけじゃない。私がもっとちゃんと山田君と向き合っていれば、きっと結果は違ったと思う」
「何言ってんのっ、100%茜のせいに決まってんじゃんっ!」
「ううん。山田君、茜のこと"茜"って呼んでた。茜も彼のこと"隆君"って……私は半年付き合っても、"澤木"と"山田君"なのにね」
「そんな、呼び方くらい……」
そんな事を気にしているのか? という顔をするマナちゃんに、私は取り敢えず話を聞いてくれと続ける。
「私……多分本心では山田君の事信じてなかったんだよ。きっと茜の事を好きになる。どうせこの人も茜を選ぶんだって……山田君は付き合って一週間で茜にのりかえた最初の彼とも、私と付き合うことで茜に近づこうとした彼とも違うのに。私は最初から彼を信じていなかった。多分山田君も薄々気づいてたんじゃないかな、私が彼に深入りしないようにしていたこと」
それに、私は放課後一緒に帰る2人を何度か見たことがあった。でも彼に何も言わなかった。何も聞かなかった。
そんな日の次の日には、必ず何か言いたげな顔をして私を見ていた山田君。
山田君に関しては、私は決して被害者ではない。
むしろ……茜がいつものように私に対する嫌がらせだけで彼に近づいたのだとしたら、彼の方こそ私達姉妹のいざこざに巻き込まれた被害者だろう。
私が今日の事で泣かなかったのは、気付かないフリをしていてもそれが心の中にあったから。
「そっか……気づいちゃってるんならしょうがない」
私の話を聞いたマナちゃんは、明日の体育なんだっけ? って聞いてるかのようにサラッとそう言った。
「え?」
「ユキはね、でっかいトラウマを持ってるの。長い時間で癒えることもなくジクジクに膿んだ、もうす〜っごく厄介なやつ」
そう言ったマナちゃんは、ズゴーッとアイスコーヒーを飲みほすと、私の方に口に咥えたストローを向ける。
マナちゃん、雫が垂れてますよ〜。
とりあえず紙ナプキンで拭いている私に、マナちゃんはストローを揺らしながら続ける。。
「私はユキ達の小さい頃にどんなことがあったのか知らない。ユキも春樹さんもそのことに触れないからね。でも中学の時のことは知ってる。そのことだけでも、私は雪菜がトラウマを持つのは仕方ないことだと思ってる。だから正直、山田と付き合うのは反対だった。あいつじゃ雪菜の事を抱えるキャパが無いのは分かり切っていたからね」
確かに山田君に告白されたと相談した時、マナちゃんはあまりいい顔をしなかった。
しばらくして、付き合うことにしたと伝えてからは、そんなこともなかったけど……
「私はユキには年上の人がいいと思ってる。精神面で大人な包容力のある人。ユキのトラウマを取っ払ってくれるような、そんな人。恋愛面でのトラウマを作ったのは間違いなく茜だから、さっきはあいつが100%悪いと言ったの」
いけない……泣いてしまいそうだ。
私はマナちゃんがそんな事を思っているなんて知らなかった。自分が恋愛に臆病なことを自覚したのも、正直今日なのだ。
山田君と別れて悲しいのに、なんだか涙がでなくて……
そうして彼と付き合っていた時間を振り返ってみて初めて、そもそも私が彼との間に距離を作っていたことに気づいたから。
自分以上に自分のことを見て、理解して、心配してくれる人がいる。
それがこんなにも嬉しい……
私が感激して溢れてきそうな涙を堪えていると、目の前の美少女が急に表情を一変して悪そうにニヤッと笑う。
「だからさ、ユキ。あの美形とお知り合いから初めなよ。絶対むこうはユキに興味があるから、声をかけたら一発だよ」
……結局そこへ戻るんだね……マナちゃん……