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 リビングのソファに座ってテレビをつける。するとちょうど夕方のニュースが流れていた。

 今日はバイトがなかったから真っ直ぐ家に帰ってきて、今まで夕飯を作っていたんだけど……

 チラッと一度キッチンに視線を向け、またテレビを向いてから一つため息。


「やりすぎた……」


 何を作ろうかな? と考えながら冷蔵庫を開けたら、一昨日お兄ちゃんとスーパーに買い出しに行ったばかりだったから、中の食材が豊富で。目についたものを取り出して調理をはじめたんだけど、何も考えずに作り続けているうちに、気づいたときには何食分だという料理をテーブルに並べていた。


 これは確実に食べきれないから、冷凍出来るのは冷凍して……

 あ、でも冷凍庫も結構パンパンだったな。

 必殺の奥の手。マナちゃんを呼んでしまおうか……


 ポッケから携帯を出して、でもいきなり過ぎるかと考え直す。それにこの時間だと、まだ道場にいるかもしれないし。

 握っていた携帯をソファの上に置いて、背凭れに背中を押し付けるように座り直した。


「そういえば、叔母さんがストレスが溜まると、ひたすらパンを作るって言ってたなぁ」


 私に料理を教えてくれた叔父さんの奥さんは、叔父さんと大ケンカしたら、いつもパンを焼くと話していた。叔父さんの事を思いながら、パン生地を台に叩きつけるのが、とってもいいストレス発散になるんだって。

 叔父さんとしては、ケンカした次の日の朝に出てくる焼きたてパンは、叔母さんからの仲直りのサインと思っているみたいだったけど。

 美味しそうに頬張り上機嫌な叔父さんの隣で、叔母さんは内緒ねと私にウィンクしてた。

 ……叔父さんの家は姉弟がいるけど、みんな仲がいいと思う。毎日のように誰かと誰かがちっちゃいケンカしてるけど、暫くすると何もなかったみたいに一緒に笑ってる。

 あの家に住んでいる人達は、私の思い描く『家族』そのものだった。


 もう一度携帯を手に持ち、スクロールして見つけた名前に指を止める。

【三池ゆかり】

 昔……入院したときに、お祖母さんからこの番号が書かれたメモを渡された。


『何かあればここにかけてきなさい』


 そう言われて。

 私は今までに、数えるくらいしかお祖母さんと会ったことがない。お祖母さんはいつも和装で、銀色のような白髪を乱れなく纏め上げ、背筋がピシッと伸びた人。

 若い頃はどれ程綺麗だったんだろうと想像させる整った顔は、シワすら魅力なのかもしれない。

 だけどお正月に会ったときも、お祖父さんの法事で会ったときも、一度も感情の揺らぎを見せない人だった。

 怒らない優しい人……ではなく、怒らないけど笑いもしない人。だけど私はお祖母さんが嫌いじゃない。

 好きになれるほど近づける事はなかったけど、お祖母さんは誰を相手にしているときでも変わらない人だったから。


 お祖母さんに聞いたら、解るだろうか。

 私があの人たちに嫌われる理由が。


 今までにも何度かそう思って、電話をかけようとしたことがある。でもその度に止めてしまった。

 その理由が知りたい気持ちと同じくらい、知るのが怖い気持ちが大きかったから。


 そうして発信を押さないまま見つめていた携帯が、突然震えて着信の音が流れる。


「ぅあっ!」


 驚いて手を離してしまった携帯は、重力に従順で。足下で嫌な音をたてながら大きく弾んだ。


「ああ~っ」


 フローリングに転がる携帯を、ため息をつきながら拾う。そして電話にでるために見た画面には、皇雅さんの名前がでていた。


「も、もしもしっ」


 慌てて応答した私に、電話越しから小さく笑い声が聞こえてくる。

『どうした? 随分慌てているみたいだが』

「ちょっとその、携帯落として焦っちゃって。皇雅さん、お仕事終わったんですか?」

『ああ、早く上がれたんだ。雪菜、よければ夕食を一緒にどうだ? 春樹君には話してあるから』

「あ、はいっ! すぐ準備します!」


 返事をすると同時に立ち上がると、キッチンに並べたお皿が目に入った。


 あれ……お兄ちゃん一人で頑張ってって言うのは鬼だよね……

 でもせっかく皇雅さんが誘ってくれたのに。平日はバイト終わりに送ってもらう時しか会えないから、一緒にご飯食べられないし。


 まだ電話が繋がっているのを忘れて、どうやってあれを冷蔵庫にしまおうか考えていると、耳元で『雪菜?』と名前を呼ばれた。


『どうした? 何か予定があったか?』

「ごめんなさい違うんです。えっと、夕飯をお兄ちゃんに分かるように置いとこうって考えてて」

『ああ、もう用意していたか。悪かった。もう少し早く連絡するべきだった』

「大丈夫っ。夜食べないならお弁当に使えるから、朝楽ですから」


 せっかく皇雅さんと会えるのに、違うことを考えていたせいで、チャンスがなくなっちゃうかも。

 そんな断られそうな空気に、私が早口で言うと、少しおいて皇雅さんが『雪菜がよかったら』と聞いた。


『私を夕食に招待してくれないか?』

「えっ」

『勿論、春樹君にも確認するが。彼の了承を--』

「来てください! あの、あの」


 皇雅さんの声を遮るようになってしまったのに、いい言葉が出てこなくてつまる私に、彼は楽しそうな声で『ありがとう』と言った。




 そわそわしながら皇雅さんを待っていると、一時間くらいしてチャイムが鳴った。その音を聞くと、私は駆け足で玄関に向かいドアを開ける。


「皇雅さんっ」


 ドアの向こうに立っていた皇雅さんは、目を丸くしていた。それが私と目が合うなり眉間にしわが寄る。


「雪菜、ドアを開ける前にきちんと来訪者を確認するんだ。知らない人間だったらどうする」

「ごめんなさい。あの、いらっしゃいませです」

「ふふっ……招待ありがとうです」

「あ……あはは」


 彼の言葉に自分のテンションが可笑しいことに気付いて、誤魔化すように笑うと、そんな私を見て皇雅さんも笑った。


 凄いな。

 皇雅さんは凄い。

 皇雅さんが笑ってくれるだけで、胸の奥がぽかぽかしてくる。


 ……怖がっているだけじゃ駄目だ。

 皇雅さんの近くにいるために。

 誰に……茜に何を言われても、胸を張って『皇雅さんの彼女は私なんだ!』って言い返せるように。

 私が私を好きになれるように。

 何をしたらいいのかとかはまだ分からないけど、強くなりたい。なるんだ。


「雪菜?」


 皇雅さんに名前を呼ばれて、まだ玄関に彼を立たせたままなことに気付いく。私は慌てて皇雅さんを中へ案内した。




 夕飯はお兄ちゃんがバイトから帰ってきてから一緒に食べることにして、今私達はリビングのソファで並んで座り、お茶を飲んでいる。

 なぜなら、せっかくだから私の部屋に案内しようとしたら、皇雅さんに拒否されたから。

 にっこり微笑んだ彼に「それは次の機会に」と言われたのだ。

 あれは断ったじゃない。拒否だ。

 あの、反論は許さないとばかりの微笑みの威圧はどうなんだろう。まるでマコさんみたいじゃないか。


 ちゃんと掃除してるし、変な臭いとかしないのに。


 ちょっとへこみながらお茶を飲む私に、皇雅さんが頭をポンポンと撫でる。


「雪菜ケーキでも食べて待つか? 春樹君が選んだから、君が好きなケーキのはずだ」


 皇雅さんの視線の先には白い箱。テーブルに置かれたそれは、彼がお土産に持ってきてくれた物だ。


「ケーキありがとうございます。でも食後のお楽しみにとっときます」

「そうか」


 緩く頷いてカップを傾ける皇雅さんに、ヨシッと心の中で気合いを入れる。

 強くなるための、まずは一歩だ。

 私はぎゅっと手を握りしめて皇雅さんに聞いた。


「皇雅さん、陽だまり庵に行ったんですか?」

「ああ。家にお邪魔すると挨拶をしてきた」

「あの」

「ん?」

「あの、あの……」


 茜の事を聞こうとしているのに、どうしてか唇が震えて上手く話せない。強くなるんだ。そう思ったばかりじゃないか。

 浅い呼吸のせいで、耳の奥がドクドクうるさい。

 その時、皇雅さんと視線が交わった。

 温かい瞳に、体の力が抜ける。


「皇雅さんは、茜を知っていますか?」

「雪菜の妹の名前だとは知っているよ」

「茜と会ったことはありますか?」

「ある」

「そう、ですか」


 茜の話は本当だったんだ。


 そう思って俯く。すると顎に手を添えられて、顔を上げるように促された。


「雪菜、私に聞きたいことがあるなら、飲み込まずに全部聞くんだ。私は君に嘘をつかない。もしその答えが君に話せないことならば、その時はそう答える」

「皇雅さん……」

「私は君の顔を曇らすものを、自分だろうが許さない」


 真摯なその瞳に、私は目を見開いて彼を見つめた。


「雪菜、何が聞きたい?」

「…………さぃ」

「雪菜?」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめっ、さい」


 溢れてくる涙を、泣くなっと両手で何度も拭いながら皇雅さんに謝る。


 何が強くなるだ。

 聞くことで強くなるんじゃない。

 私に足りないのは……信じる強さだ。

 こんなに自分を見てくれる人がいるのに、私は余所見ばかりしている。

 皇雅さんを疑ったんだ。


「ごめんなさい、皇雅さん……わ、たし……皇雅さんが、私より、あの子を、選んでしまうかもって。私、ごめんなさいっ」


 拭いても拭いても涙が止まらなくて俯いた私を、大きな腕が力強く抱き込んだ。


「皇雅さん」

「大丈夫だ。大丈夫だから」

「ごめ、なさい」

「もう謝るな。私は何も気にしていない」


 その優しい声を聞いて、私は皇雅さんに私の家の事を話そうと決めた。




 涙が引っ込んだとき。

 私は自分の状況に、今度は違う感情で心臓が騒いでいた。

 どうしてか私は、ソファに座る皇雅さんの太股を椅子にしている。それに耳元で聞こえる皇雅さんの鼓動。

 私が狼狽えながらも隣に戻ろうとしたら、皇雅さんが急に私の声が聞こえないふりを始めた。


『いやいや皇雅さんに話したいことがあるんです』

『何でも聞こう』

『あの、この格好じゃ無理です』

『じゃあ次の機会に聞こう』


 そんな押し問答に勝ち隣に座り直した私は、若干不満そうな表情の皇雅さんに、家族の事を話始めた。

 なるべく感情を込めないように話す私に、彼は一度も口を挟まず、最後まで聞いてくれた。

 そして話終わると聞かれた。


「雪菜はどの後悔を選ぶ?」

「後悔……ですか?」

「祖母に話を聞いたら、雪菜の知りたい事実は解るかもしれない。だがその時、君は知らなければよかったと後悔するかもしれない。だが聞かなかった時、雪菜はどうして聞かなかったんだろうと後悔するかもしれない。君はどちらを選ぶ?」


 皇雅さんの言葉に、私はぎゅっと手を握りしめて答えた。

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