例えば陽だまりのような笑顔を
視点が変わっています。
なので話の雰囲気もちょっと違うかもです。
そしていまだ主人公達が直接出会ってないです…
「本日予定していた会食ですが、先方から日をずらして欲しいと頼まれたので、三週間後に変更になりました。せっかくの時間が空いたんですし、久しぶりに陽だまり庵に向かわれてはいかがですか?」
朝の移動中の車内で、秘書の黒崎 数馬がいつものように告げた今日の予定。私はそれに少し考えた後に、変更を伝えた。
「……いや、それなら夕方に一度出て、誠に顔を見せたら社に戻る」
「それですと、あまり成果は期待できないかと思いますが……」
「かまわない」
私がはっきりと伝えると、数馬はそれ以上何も言わない。いつものように少し眉尻を下げて感情を私に伝えながらも了承した。
数馬の言いたいことをもちろん理解している。確かに周りが望む誠の店へ向かう理由なら、夜の方が好ましいのだろう。
だが少しの期待のために、貴重な時間を煩わしいことに使いたくはない。
多少誠に悪いとは思うが、そもそも私にはあの場所の必要性が見つからない。私のタイムリミットまで後4年ある。祖父の例もあるのだ、特に焦ることもない。
「では、本日最初の……」
数馬の読み上げるスケジュールを頭にいれつつ、ゆっくりと意識を仕事へ戻していった。
数馬曰く三週間ぶりらしい"陽だまり庵"に一人で入り、店内を軽く見渡す。店内に客はなく、何度か見かけたことのある店員2人が、奥の方から「いらっしゃいませ」と声を掛け寄ってくる。
すると、その二人を制した誠が、いつも通りの嘘くさい微笑みを浮かべてカウンターから出てきた。
「これはこれは……と〜ってもお久しぶりです、皇雅さん。今日はずいぶんお早い時間にいらっしゃったんですね」
「さすがに客が1人もいないとは思わなかったが……まぁいい。コーヒーをくれ」
予想通り、誠からチクリと嫌味を言われたが、いつもの事だ。気にするほどでもない。誠にしてみれば、日本にいる時はできる限りやって来いと言いたいのだろう。だが、私が来ようが来なかろうが、こいつは必ず棘を指す。
私は誠の言葉を一切気にせず、いつものようにカウンターに座る。私にお絞りを渡しながらも、誠の視線は入り口から外れない。
「どうした?」
「いえ。今日ポチは一緒ではないのですか?」
「数馬は外で電話をかけている。終われば来るだろう」
「ならいいのです」
「心配しなくていい。いくらお前のところに行くのだとしても、私が1人で出歩くことはありえない」
「まぁそうですよね」
私の言葉に同意し笑う誠の顔は、昔から見慣れた顔だ。少し困ったような笑い顔。この男は基本いつでも笑っているが、たまにこんな顔をする。
何を思っての表情なのかと幼い頃は気になったが、今ではそれも気にならなくなった。こいつの心中を完璧に理解するのは、一生無理だということを理解したからだ。
私の前にコーヒーが置かれる頃、入口から数馬が入ってきた。……それ以外客は来ない。
誠の報告では随分盛況だと聞いていたが、たまたま客の来ない時間なんだろうか?
「すみません、少し長引きました」
「問題は?」
「ありません、すべて予定通りに」
「ならいい。あまりごねるようなら切り捨てろ」
「はい」
「おっと〜、何か怖いお話ですか?」
やけに楽しそうな誠が、数馬の前に飲み物の入ったグラスを置く。それを見た数馬は、眉を寄せてそのグラスを指差した。
「……いえ。それより誠さん、コレはなんですか?」
「ポチの水」
「コーヒーをくださいっ」
グラスの中には緑色の飲み物、その上に……アイスか?
その緑の物は知らんが、誠が数馬をからかっているのだろうことはわかる。現に数馬に怒られた誠が、代わりに数馬へコーヒーを出し、緑色のものは自分で飲み始めた。
「美味しいのに……クリームソーダ。ちゃんとチェリーも付けてあげたでしょう」
「それは子どもの飲み物でしょうっ」
コーヒーにたっぷりのミルクと二つのスティックシュガーを入れながら誠に噛み付く数馬へ、誠は片頬をあげて笑う。
「そんなことを誰が決めたんです?」
「俺ですっ!」
「なら僕はクリームソーダをポチの水と決めました。ですので、これからはポチの飲み物は全てこれを出すことにしますね」
楽しそうに告げられた言葉に、数馬は何か言い返そうと魚のように口を動かしていたが、暫くして肩を落とした。
「…………………………すみませんでした、大人も飲みます。だから俺にはただの水やコーヒーをお願いします」
「そうですか、残念ですけど此処は喫茶店ですからね。お客様のお好きな物を出さなければなりませんから、ポチの水は違うものにしましょう」
楽しそうにアイスをつつく誠は、ちっとも残念そうじゃない。数馬はその様子に疲れたように溜息をついた。
「……はぁ」
「どうしました? やはりクリームソーダがいいですか?」
「いえっ、納得してくれたのが嬉しくて思わず感激の溜息が出ただけですから!」
「そうですか」
ふむ。数馬も成長したようだ。昔はいつまででも誠に言い返していたのに、いつの間にか諦めることを覚えたか。多少詰めが甘いが。
誠は少しつまらなそうだが、一馬だってもう子供じゃないということだ。
内心で頷いていた私に、クリームソーダを置いた誠が視線を移す。
「それで皇雅さん。この三週間、何かお変わりは?」
……こちらに矛先がきた。数馬め、もう少し遊ばれていればいいものを。
「私事では何もないな」
「それでしたら、もう少しこちらにいらしてくださればよろしいのに」
誤魔化したところで誠から返される内容はそう変わらない。正直に話す私に、誠は案の定盛大な溜息をついてきた。
「26年何もなかったんだ、三週間そこらで何が変わる」
「人の出会いは一期一会といいますよ。もしかしたら、あなたの"珠"がこの期間にこの店に来ていたのかもしれないではないですか」
「仮にそうだとしても、出会えないのなら私の"珠"ではないのだろう」
「ですから、出会える努力をして頂きたいのです」
「……誠には感謝している。お前がこの店を用意した理由もわかっているし、未だお前に本来の仕事以外のことをさせているのも悪いと思っている」
「そんな言葉が欲しいわけではないのですが……」
私の言葉を聞いた誠は、困ったようにため息をついた。その後に、こちらに近寄らないよう奥で作業をさせていた従業員に休憩を取るように声をかける。
黙って私達の話を聞いていた数馬が、私のフォローをしようと口を開こうとしているのに気付く。
……やめておけ、きっとフォローにはならないから。
「誠さん、皇雅さんは今手が離せない仕事が多くて……」
「それをフォローするのがポチの仕事でしょう」
「そう、な、んですけど……」
数馬がなおも何か言おうとした時、店の入り口が開き……2人の少女が入ってきた。
店員2人を休憩にしていたので、私に断った誠がカウンターを出る。
特に意識したわけではないが、誠を眼で追いながら視線を少女達に向けた。
……高校生だろうか?
同じ制服に身を包んだ二人の少女。1人は間違いなく高校生だろうと思うが、もう1人はまだ中学生かと思う程小さい。
顔立ちも特に目を引くもののない……こども。
それなのに、なぜかその小さな少女がとても気になった。
彼女から目を離すことが出来ない。だが、ずっとみつめているわけにもいかない。
私の視線に気付いた誠が微かに表情を変えた。それに気付きながらもそのまま視線を逸らさずにいると、オーダーを聞いた誠が戻ってきた。そのまま誠が奥の休憩室に声をかけると、先ほどいた店員が一人、奥から出てくる。
出てきた店員はテーブルに着く少女達を認めると、あからさまにその目元を綻ばし、注文品を手早く用意すると2人の方へ近づいて行った。
そしてそのまま帰ってこない……
店員が親しげに小さな少女の髪に触れる度、正体のわからない感情が込み上げてくる。
これはなんだ? 私は何を苛立っている?
理由のわからない感情に?
……それとも……彼女に触れる、あの手にだろうか?
バカな、あの子はまだ子どもではないか。
私が薄々気付いている自分の感情を否定しつつも、視線をそらせなかった先。
気になって仕方ない小さな少女の心からの笑顔を見た時に……8年前の誠との会話を思い出した。
『凡そ人の望む全てを持っている。そして望めば全て手にすることの出来る貴方が、唯一手にいれられるかわからない"珠"……
その存在と出逢えたら、貴方は珠に何を望むのです?』
『さあな、私にもわからない……
ただ、そうだな……
できることなら笑いかけて欲しい……』
『それだけですか?』
『私に向けて、私だけのために……
例えば陽だまりのような笑顔を……』
読んで頂きありがとうございました。
次はまた視点が戻ります。