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最初に行ったのはプーヤンのアトラクション。
時間指定のチケットがあるって話は知っていたから、それを貰いに行ったんだけど、30分待てば乗れるらしいと知ってそのまま並んで乗ることにした。
並んでいる間に地図を広げて、次は山前院さんが行きたいところに行こうと思って聞いてみる。
「山前院さんは次はどれに乗りたいですかっ?」
「私は雪菜の好きな物ならどれでもいい」
「えっと……好きなキャラクターとかはいますか?」
「キャラクターか……特にないが、あえて言うならあのクマは嫌いだ」
「えぇっ」
「……冗談だ。愛らしいクマだった」
「このアトラクションはプーヤンの住んでる森が舞台らしいんですっ。
プーヤンの友達もいっぱい出てくるみたいです」
「そうか」
「プーヤン達の森ってどんな感じなんですかねっ?
乗り物ってどんな感じなんだろうっ」
「そうだな」
話している間にふと周りの視線に気がついた。
女性も男性も、みんな山前院さんを見るとポカンと口を開けて視線を外せないでいる。
そんな人達を見て、やっぱり山前院さんは目立つ人なんだと再認識した。
山前院さん自身は、自分を見てるそんな視線を全然気にしていないみたいだけど……、やっぱり慣れてるのかな?
そんなことを考えながら並んでいると、あっという間にアトラクションに乗る順番がやってきた。
その中はプーヤン達が動き回ったり、乗っている乗り物がグルグル回ったり、本当に夢のような時間だった。
アトラクションの出口に向かいながら、ここに連れてきてくれた山前院さんに、感動しまくっているこの気持ちをどうにか伝えたいって気持ちが溢れだしてくる。きっと、山前院さんに出会わなければ一生来ることがなかった、知ることがなかったこの気持ちを伝えたい。
その衝動のまま、一歩先を歩いていた山前院さんの腕を掴み、思った気持ちをそのまま伝える。
「山前院さんっ、ここに連れてきてくれて……本当にありがとうございましたっ!
私……私こんなに楽しいの初めてですっ!」
ちゃんと言えたと思う。何も変なことは言わなかったと思うのに、山前院さんは目を見開いて私をガンミしたまま動かなくなってしまった。
あれ……? 私また何か失敗した?
後ろから歩いてくる家族連れの邪魔になってしまいそうで、動いてもらおうと腕を掴んでいる手に力を込めてみる。
「山前院さん……? えと…大丈夫ですか? って、ぬあぁぁぁっ」
急に動き出した山前院さんに、掴んでいた手とは逆の腕を引かれ、そのまま胸の中に抱き込まれてしまったっ!
何っ! 何で?! 今は私泣いてないよっ?! ああっ、チビッ子達に指を指されているっ! やめてっ、顔を反らすのはやめてっお父さん達っ!
あうあうと目を回す私を、山前院さんは一度痛いくらいに抱きしめた後、深い息を吐きながらその腕を離してくれた。
「あのっ、えっと」
「出口のあたりにショップがあるらしい。見に行こう」
何事もなかったように私の背中を押して歩きだしてますけど、今のは一体なんだったんですか?! せっ、説明をお願いします~っ!
見間違いかもしれないけど、その時見上げた山前院さんの耳が、薄っすらと赤く染まっていた――
ここは夢の場所だっ!!
プーヤンのショップはどこもかしこもプーヤンプーヤン……あっちを見てもこっちを見てもプーヤンが私を見ているっ!
ほあーっときょろきょろしている私を、山前院さんが笑いながら好きな物を選べと進めてくる。
お兄ちゃんやマナちゃんにも何か買っていきたいから、私はかなり真剣にプーヤン達を手に取った。
最終的に選んだのはプーヤンとトラのティラのペアマグカップと、一番大きな缶に入ったお菓子の詰め合わせを3つ。
両手に抱えて「レジに行ってきますっ」と伝えると、山前院さんが私の腕の中のものを見て不思議そうな顔をした。
「同じ物ばかりじゃないか? 別の物にしなくていいのか?」
「はいっ、一個は家でお兄ちゃんと食べるので、後はマナちゃんとmakoさんにお土産にと思って」
「誠に?」
「makoさんにはいつもお兄ちゃんともどもお世話になっているので」
「……このマグカップは?」
「これはお兄ちゃんと使おうと思って。
実はこの間私のせいでお兄ちゃんがマグカップを割っちゃったんです。ちょうどいいから私も変えようかなと」
「……このペアを春樹君と?」
「え? おかしいですか?」
「……少し待っていなさい」
「は、はい」
難しい顔をしながら去っていく山前院さんをレジの近くで待っていると、しばらくして一つのマグカップを持って戻ってきた。
それは私も可愛いと思って一度手に取ったもので、プーヤンと仲間たちがお昼寝をしている絵がプリントされている物だった。
山前院さんもカップが欲しかったのかな?
「春樹君にはこれをお土産にするといい」
「えっ、これじゃダメですか?」
「それは大学生の春樹君には少し可愛すぎるだろう。これくらいが丁度良い」
「そうなんですか……じゃあ私も別のを探してきてもいいですか?」
家で使うものだからあまり気にしてなかったけど、確かに大学生の男の人がコレじゃ可愛すぎるのかなぁ?
ペアカップを戻して来ようとすると、それを山前院さんに止められた。
「雪菜はそれを気に入ったんだろう? なら片割れは私が使う」
「え? でもこれじゃあ可愛すぎるって……」
「大学生くらいが一番そういうことを気にするからな。
私はもうそういったことは気にしない年になったんだ」
「そういうものなんですか?」
「男というのは面倒な生き物だからな」
「そうなんですか、難しいんですね」
私が頷くのを満足そうに見ると、makoさんのお土産とペアのマグカップは山前院さんが買ってくれた。
本当は全部買ってくれると言ってたんだけど、お兄ちゃんとマナちゃんのお土産はどうしても自分で買いたかったから断ったのだ。
その後、お土産を買って他の場所に移動しながら、何か山前院さんにもお礼を渡したいなぁと悩んでいると、「どうかしたのか?」と聞かれたので、素直に「何か欲しいものはありませんか?」と聞いてみた。
何かお礼をしたいと理由を言うと、何もいらないと笑われてしまう。
そうは言われても何かしたい……とグルグル考えている時、昨日陽だまり庵でmakoさんに言われたことを思い出した。
『雪菜ちゃん、もし明日のデートで皇雅さんを喜ばせたいと思う事が出来たら、どうか名前で呼んであげてください。
それだけで、きっとあの方はとても喜びますから』
名前……前に一度呼んだけど……
あの時とは私の気持ちが違う。
私も、ちゃんと名前で呼びたい……
無意識に唾を飲み込み、両手をグッと握りしめてから、「次は何か食べてみるか?」と微笑む人に返事をした。
「わ、私、食べてみたいものがあるん、ですけど、いいですか?
”皇雅さん”」
その時あの人が浮かべた表情を、私はきっと一生忘れない――
……余談であるが、この日の事を陽だまり庵で根掘り葉掘りと聞かれて逃げ道を探す私に、ある人はこう言った。
『楽しんで頂けたなら良かったです。
実はあの場所に行くこと自体はあの方がご自分で決めたんですけど、あの方自身あのような場所に出かけた経験がなかったものですから……お勉強が必要でしてね。
DVDや本などを見て寝る間も惜しんでレポートを書いていましたよ、ポチが。
いえいえ、あの方はただ数馬に詳しく載っている本を用意しておけと頼んだだけなんですけど、どう曲解したのか数馬が誤解をしましてね。
え? もう少し分かり易く伝えてあげれば良かったのに……ですか?
そうですね。反省します。
ああ、あの方に数馬に伝えておいてくれと頼まれて、僕が数馬に伝えたんですよ。
昔からポチは僕の言葉を曲解する癖があるんです。困ったものですよね?
そうそう、あの日からあの方が使うマグカップが随分可愛い物になったらしいのですが、それを見たポチが僕に電話をしてきましてね。
「あれはどんな罠ですか?!」なんて言うんですよ。
そんなに僕に遊んで欲しいのなら、素直にそう言えばいいのに……そう思いませんか? 雪菜ちゃん』