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最初にその存在を知ったのは小学校一年生の時。
同じクラスの女の子が夏休みに家族で出かけたからと、クラスみんなにお土産を配っていて、私もその一つを貰った。
小さな袋に入れられていたのはキャップ式のボールペンで、そこには黄色いクマのキャラクターが、はちみつを手に着け嬉しそうに笑っていた。
……一目惚れだった。
あの丸々としたボディとふにゃりとしたスマイルが、私の心を鷲掴みにしたのだ。
あんなに可愛いものを見たのも、もらったのも初めてだったから、嬉しくて嬉しくて家に帰ってこっそりお兄ちゃんに見せた。お兄ちゃんは良かったなと頭を撫でてくれながら、それは千葉にあるテーマパークのキャラクターの一つだよと教えてくれた。
そこには他にも色々なキャラクター達がいて、乗り物に乗ったり、ショーを見ることができるとも教えてくれた。その話を聞くだけでも、そこはどんな所なんだろうと私の妄想が止まらなかった。
見てみたいなぁと言った私に、次の日お兄ちゃんがそのテーマパークの特集がされている雑誌を買ってきてくれた。
何度も何度もそれを読んだ。
私の心を一発で掴んだクマのプーヤンには、同じ森に棲む友達がいっぱいいることを知った。
ネズミのネッミーには彼女のチューミンがいて、二人はテーマパークの主役だと知った。
キャラクターをモチーフにしたご飯にお菓子、乗り物にパレード……。めくりすぎてボロボロになってしまった雑誌と、全部暗記しても飽きずに読み続ける私を見て、お兄ちゃんが約束をしてくれた。
「オレが大人になったら、いっぱいお金をかせいで、絶対に連れてってやるからっ。
それまでは写真でがまんしててな?」
「ほんとう?! プーヤンにあえるかな?」
「ああ、プーヤンにもネッミーにも会えるぞ。
それにいっしょに写真もとれるから、雪菜とプーヤンをとってやるよ」
「……おにいちゃんもいっしょ?」
「もちろんっ」
「やくそくねっ」
「約束だ」
そんな約束の次の日、学校から帰って部屋の扉を開けると…床一面に切り刻まれた紙屑が広がっていた。
どうやったのか知らないけど、粉々にされたボールペンと一緒に……。
お兄ちゃん以外の人に見つからないように、箱に入れてベットの下に隠していたそれらが、ただのゴミになってしまったのを呆然と見ていると、茜の声が家中に響いた。
「ママ~っ! いそーろーがへやをよごしてるよ~!!」
その声に、普段では考えられない速さで私の元へやってきた母親は、何かを叫びながらひたすらに私を叩いた。
何度目かに頬を叩かれたときから後の事はよく覚えてないけど、いつの間にかベットで丸まっていた私を、お兄ちゃんが泣きながら抱きしめてくれていた事は覚えてる。
ふっと目を開けた時に、お兄ちゃんが傍にいてくれることにとても安心したから……。
それからしばらくして、あの家では月に一度、茜と母親があのテーマパークに行くことがお決まりになっていた。
夕食の時に茜がどれだけ楽しいところなのかとお兄ちゃんに話して、次はお兄ちゃんも一緒に行こうと何度も誘っているのを聞くと、きっと私を気にして行かないんだろうお兄ちゃんに申し訳なかった。
そして、その日の夜には必ず私の部屋の前に切り刻んだプーヤンのぬいぐるみが置いてある。
そんなプーヤンを見つめながら毎回思ったのは、私が好きなキャラクターだからこんな姿にされてしまったんだという事。
愛され大事にされる事を願って造られたはずなのに、私が好きになってしまったから……引き裂かれ、中身を抉られる。
(プーヤンもテーマパークも、私が近づいちゃいけないもの……)
ゆっくりと、それを心に刻み込まれた。
お兄ちゃんは約束通り、陽だまり庵でバイトを始めてから何度も一緒に行こうと誘ってくれた。それがすごく嬉しいのに、私はどうしても「うん」と言えなくて、毎回断ってしまっていた。
今日も、山前院さんが最初から場所を教えてくれていたら、私は違う場所にしてほしいと頼んでいたと思う。
プーヤンのいるテーマパーク……ネッミーランドの駐車場に止まった車の中、そんなことを思い出していた――
「とりあえずこちらに来たが、ネッミーランドでもネッミーシーでも好きな方へ行こう」
「あ、の……」
微笑みながらそう言う山前院さんに、どうやってここから場所を移してもらおうか必死に頭を巡らせる。素直にここは嫌だと言えば、山前院さんはきっと違うところに連れてってくれると思う。だけどせっかく連れてきてくれたのにそんなことは言い辛い……。
迷っている間に山前院さんが車を降りて、助手席側のドアを開けてくれる。
躊躇しながらも降りると、背中を押されてゆっくりと入園ゲートの方へと進んで行ってしまう。
気にしすぎなのかもしれない。
だけど……胃の中から何かがせりあがってきて、それを飲み込もうとするとよけいに気持ちが悪くなってきてしまう。
山前院さんにおかしく思われないよう必死に我慢していたけど、ゲート全体が視界に入ったときにとうとう我慢できなくなってしまって……口を押えながらその場でしゃがみこんでしまった。
立ち上がろうと思うのに、閉じた瞼の中で目がグルグル回って目も開けられずにいると、急に浮遊感が私を襲った。
気持ち悪いことも忘れるくらいにビックリして目を開けると、目の前には並んで歩くよりも近くに山前院さんの綺麗な顔がある……っていーやーっ!!
「さっささささっさっ」
「一度車に戻ろう」
「わっわわわわたしっ」
「気分が悪いなら話さなくてもいい。
少し休んでから行けばいい」
「ちちちちちちちがっ」
違いますっ! なんて調子のいい奴だと思われるかもしれないけど、気分が悪いのなんてどっかにポーンッと飛んでいきましたともっ!
ヤバイッ、今私何キロだったっけ?! ってそうじゃないでしょっ!
両膝の後ろと背中に感じる腕は想像以上に力強くて、そして私をおひっ……お姫様抱っこしても揺るがない足取りに、私の身体は呼吸をするのも忘れるほど固まってしまった――