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 一晩経って、朝…携帯の画面にメールの着信を確認して、昨日の事は夢じゃなかったんだって実感した。寝て起きたらなんだか……現実と夢の境界が曖昧だったから。

 『おはよう』って書かれたそれを見て、恥ずかしいのに嬉しくて……いや、もう、私ったらどんだけ乙女なのかと自分で自分に突っ込んでから学校に行った。


 朝一番でマナちゃんに報告したら、不思議な動きをしながら身悶えていた。きっと声を出してクラスのみんなの注目を浴びないよう堪えてくれたんだろう。……堪えるために机をバッシンバッシンと勢いよく叩いたせいで、声を出していなくてもクラス中の注目を浴びていたのは……黙っておいた。

 力いっぱい喜んでくれたことが、とっても嬉しかったから。


 まだ山前院さんと付き合うことになったんだって実感はあんまりないし、正直山前院さんのことがもし茜にばれたら……と思うと、胸の中が不安でもやもやしてくる。

 だけど、山田君の時のような後悔だけはしないように、ちゃんと山前院さんと向き合っていこうと思う。私だけって言ってくれた言葉を…私と同じくらい早く動いていたあの心臓の音を、信じようと思う。

 何より……あの優しい人が、自分でも驚くほど好きになっているから…って、また、乙女になってしまっているっ。

 と、部屋のベットの上で恥ずかしさにジタバタしている時に、事件は起きたのだ―――



 

「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 ガシャンッ


「何だ?! どうした?!」


 リビングにいたお兄ちゃんが、勢い良く私の部屋の扉を開けて入ってきた。


 うん。

 ごめんなさい。

 力の限り奇声をあげてごめんなさい……。

 そして…ガシャンって音は何の音?


 だが今の私にそのことを気にする余裕はなかった。

 お兄ちゃんはベットで丸まっている私のとこまで来ると、心配そうに顔を覗き込んできた。


「雪菜、どうした?」

「お兄ちゃん…山前院さんが…どうしようっ?!」

「どうしようって…何かあったのか?!」


 顔色を変えて、掴み掛らんばかりの勢いで聞いてくるお兄ちゃんに、私は黙って携帯を差し出した。その画面を見たお兄ちゃんは、私に携帯を返しながら戸惑ったように「このメールがどうかしたのか?」ときいた。

 お兄ちゃんは……メールを見ただけでは私のこの気持ちをわかってくれないらしい。 


「どうかしたのか? じゃないよっ。

だって、で、で、で、デートしようってっ!!

デートだよ?! どうしようお兄ちゃんっ!」


 お兄ちゃんの腕を掴みブンブン振る私を、お兄ちゃんが何とも言えない顔で見下ろした……。



 少し落ち着いて一緒にリビングに戻ると、床にはお兄ちゃんのお気に入りのマグカップが取っ手のない状態で転がっていた。マグカップから旅立った取っ手は、すぐ近くのこぼれたコーヒーの中に転がってる。

 申し訳ない気持ちでそれを片付けながら、お兄ちゃんに謝る。


「まぁいいさ、気にするな。ただ近所迷惑になるから、叫ぶ時は時間に気を付けような」

「はい……ごめんなさい……」


 予備のマグカップに新しくコーヒーを入れてお兄ちゃんに渡し、自分用に紅茶を入れると二人でソファに座った。

 新しいコーヒーを一口飲んだ後、「さて…」とお兄ちゃんが私に向き直った。


「で、何でそんなに慌ててるんだ?」

「何でって……」

「だって別に彼氏とデートなんて初めてじゃないだろう? 山田君とだって何度か出かけてたじゃないか」

「そうなんだけど……」


 つい十五分ほど前、ベットで山前院さんのことを考えてジタバタしている時に、その山前院さんからメールが届いた。『週末は空いているか? デートしよう』そう書いてあるメールが。


「だって……山前院さんと出かけるなんて…どこに行けばいいのか分からないし…」

「別にどこにだって行けばいいだろ? 買い物だって、映画だって、行先なんていくらでも選べるじゃないか」

「だって……二人っきりで何を話せばいいのか分からないし…」

「は? 普通に話せばいいじゃないか」

「だから……何を?」


 この前のランチの時は、困ってmakoさんのことを話題にした。それで更に困ったことになったけど、それはいいとして……。

 さすがにまたmakoさんのことを話すのはちょっとおかしいだろうし、かといって他に話題にできる共通の知り合いなんていないし……。

 大人の男の人が普段どんな話をするのか分からないんだもん……。

 マナちゃんやお兄ちゃんと話す様にテレビや漫画の話なんてしても、山前院さんにはつまらないんじゃないかなと思うし……。だってなんだか山前院さんってテレビ(私とお兄ちゃんが見るのは主にバラエティー番組だ)を見たり、漫画を読むイメージがないんだもんっ。


「学校でのことだって、バイトのことだって、自分の好きな事、山前院さんの好きな事、いくらだってあるだろう?」

「だって……」

「雪菜、お前山前院さんとデートしたくないのか?」

「……デート…したい…けど…」

「けど?」

「……まだ心の準備ができてないんだよっ!

だって、だって昨日やっと付き合いましょうそうしましょうになったばかりなのに、そんないきなりデートなんて言われてもっ、は、恥ずかしくてっ」

「雪菜……」


 呆れたようにため息をつかれた……


「じゃあその心の準備っていうのはいつできるんだ?」

「……いつだろう?」

「雪菜……」


 片手で顔を覆ってため息をつかれた……


「俺は育て方を間違えたらしい……、山前院さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。」

「うう……」

「山前院さんと付き合うって決めたんだろう? なのにデートするのが恥ずかしいなんておかしいだろう」

「だから…その…心の準備が…」

「今からそんなんでどうするんだ? 付き合ってたら当然いろいろあるだろうに」

「い、いろいろ?」


 いろいろ……いろいろ……? いろいろっ!

 ポンっと、昨日の夜の山前院さんのドアップを思い出した。だんだん近づいてきたその顔が、私の鼻にちゅって……ちゅって……!


「にゅうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」


 その夜お兄ちゃんに落とされた拳骨でできたたんこぶは、次の日もズキズキと痛んだ……。

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