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 その声を聞いて足が止まった。

 毎日思い浮かべていた人の声……だけどどうしても振り返ることが出来ない、すると背後からコツコツという足音が近づいてくる。だんだん大きくなるその音は、ゆっくり私を追い抜いて……止まった。

 手に持っていた携帯を胸元でぎゅっと握りしめ、恐る恐る顔を上げた先には、思っていた通りの人がいた。会えばいつも穏やかに微笑んでくれていたのに、今は何も感情が伺えない無表情で私を見ている。そのことにまた胸がズキズキ痛む。目をそらすことも何か声を出すことも出来ずにただその顔を見つめていると、不意に山前院さんが微笑んだ。

 苦笑というのが正しいのかもしれないけど、それでも笑ってくれたと思ったら胸と目の奥が熱くなった。滲んできた視界の中、山前院さんの顔がさらに困ったように変わっていく。

 その手が私の頬を覆った時、その温かさに涙がこぼれた。


「……何故泣く?」

「わ、私……」

「泣くほど私が嫌いか?」

「違いますっ」


 勢い良く頭を横に振ると、頬に添えられていた手も離れてしまった。


「君と話がしたい。少し私に付き合ってくれないか?」


 その言葉に、私はただ頷いた。



 山前院さんに連れられて着いた先は駐車場だった。

 たくさん止まっている車の中、黒い車の助手席を開けた山前院さんに乗るように促された。勝手にどこかのお店に入るんだと思っていたから、乗ることを躊躇してしまう。お兄ちゃんは車の免許は持っているけど車は持ってないから、実は私は誰かと二人きりで車に乗ったことがない。そもそも、タクシーとバスしか車というものに乗ったことない私には、助手席というのは初めての体験だった。それも躊躇した原因の一つだと思う。

 開かれたドアの前で戸惑う私に、山前院さんは優しい声でもう一度乗るように促した。


「本当はどこかに入って食事でもしようかと思っていたんだが、今の雪菜は人目がない方がよさそうだからな。何もしないから、安心して乗りなさい」


 それってつまり道の真ん中で泣きだした私の為ってことで……。私はバクバクとうるさい心臓を押さえながら、開かれたドアの中に入った。


 運転席に乗った山前院さんは、車のエアコンをつけると私の方に体を向けた。それがわかっているのに私は自分の膝の上をジッと見たまま動けなかった。緊張しすぎて口から心臓が出るって表現をたまに聞くけど、今の私はまさにその状態で……何か言おうと思うのに口を開いたら違うものが出てきそうで何も言えなかった。

 

「雪菜、そんなに怯えるな。本当に君が怖がるようなことはしない」


 その声がとても悲しそうなことに驚いて山前院さんを見ると、思っていたものと違いとても優しい顔で笑っていた。笑っていたから余計に……私が今山前院さんを傷つけてしまったことが分かった。


 違うっ、私が怖いのは貴方じゃないっ!


 いきなり目の前のスーツの胸元を両手で掴んだ私を、山前院さんが目を丸くして見下ろした。


「ちっ、違うんですっ。

山前院さんに怯えてるんじゃないんですっ、山前院さんが怖いんじゃないんですっ!」

「雪菜?」

「違うんですっ」

「なら……何が怖い?」


 自分の胸元にある私の両手にその手を重ねて、山前院さんは静かな声で言った。優しさすら感じる声だったのに、その視線は鋭く……私を射抜いた。


「あっ……う……」

「答えろ雪菜、君が怖いのはなんだ?」

「わ、たし……」

「雪菜、君も私を意識していた。そうだろう?」


 その言葉に一気に顔が熱を持つ。

 山前院さんの手の中から慌てて手を引こうとすると、それを阻むように力強く握られる。ドクドクと自分の鼓動の音が耳の中で大きく響く……。


「雪菜、何が怖い?

私は君が好きだ。君が私に少しでも好意があるなら、私を君の恋人にしてくれ」

「ひっ……」


 体を思い切り後ろに逃がしたら、背中に助手席の窓が触れた。私が咄嗟に背中に触れたものを横目で確認していると、目の前を山前院さんの腕が横切り、トンッと手が窓におかれる。せっかく開いた距離を一瞬で詰められてしまった。たとえ両手が離されてもこれじゃあさっきまでより心臓に悪い……っ!


「雪菜……本当に断りたいのなら、メールではなく顔を見て言え。

私では君の相手にはならないか? これから時間をかけても君が私を見ることはないのか?」

「わ、私は、山前院さん、とは」

「雪菜、さっきは何故泣いた?」


 その言葉に肩が揺れた。


「私の顔を見て何故泣いた?」

「それは……」

「もう一度言う、私は君が好きだ。君は? 私をどう思っている?」


 視界が山前院さんの綺麗な顔で埋められる。

 心臓が早く動きすぎて胸が痛い。

 ドクドクうるさく響く音を聞きながら、さっきmakoさんに言われた言葉を何度も何度も思い出した。


「私だけって……言ってください……」

「雪菜?」

「今だけでいいから、私だけって言ってくださいっ」


 怖かった……、山前院さんを好きになるのが……

 山前院さんと付き合うのが……

 山前院さんを好きになって、また茜を選ばれたら……今度こそ立ち直れない予感がしたから……

 それほど……惹かれ始めていたから……

 

「今だけなわけがない。

私にはこの先君だけだ。

それを雪菜が信じられないのなら、一生をかけて雪菜に信じさせてみせる。

雪菜……私には君だけだ、君だけが好きだ。私と付き合ってくれ」


 鼻先が触れるほどの距離で言われた言葉が、私の背中をおした。

 自由になっていた手をまたその胸元に持っていき、力一杯握りしめる。


「私も、すっ、好きですっ。

あ、なたの、彼女に、してくださいっ!」


 最後まで言う前に、私の頭は山前院さんの胸の中に抱き込まれた。

 ドキドキと聞こえてくるこの音が、言葉よりも……山前院さんの確かな気持ちのようで……。

 もっと聞きたくて、私は更に胸に耳を押し当てた。





 ……余談であるが、後日この時のことを聞かれて照れて逃げ回る私に、ある人はこう言った。


『まぁでもなんとか上手くいって良かったですよ、あれでもしふられたらあの方が何をするかまったく検討がつきませんでしたからねぇ。

どうせならみんなが幸せな方がいいじゃないですか、ね?

え? そんな、僕のおかげだなんて。

ほら、僕は基本的にはとてもいい人じゃないですか。だから困っている人達を放っておけなかったんですよ。

あっ、僕があの日雪菜ちゃんに会いに行ったことは内緒にしておいてくださいね。ばれたらきっと面倒なことに……話した? 誰にです?

……ちょっと用事を思い出したのでこれで失礼しますね。え? 何の用事か聞きたいのですか? ちょっと生贄を捕獲しに行くんです。さて、どんな罠が面白いですかね……』

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