出会い 3
黙っていたら、必ず怒っているのかと聞かれるらしい(多分意志の強そうな目力が原因だと思う)彼は、私の兄――春樹だ。
私は、真っ黒な髪にきりっとした眉と切れ長の目をしたお兄ちゃんが、とても優しいことを知っているから、どうしてそんな勘違いをしちゃうのか分からないけど。
そんなお兄ちゃんは、長いため息を吐きながら(昔マナちゃんがお兄ちゃんの溜息に、寿命が縮まるよっと言ったら、誰のせいだと思ってるっと、本気で怒られていた)マナちゃんを叩いた手で両目を覆った。
「真奈美……お前は俺をなんだと思っている……」
「え〜と……ステキなお兄様?」
えへらっと笑いながらお兄ちゃんに答えたマナちゃんのおでこを、お兄ちゃんはぺちんと音を出して叩いた。そして、ケーキとカップをテーブルに置きながら、私にいつもの穏やかな笑顔を向けてくれる。
「雪菜、今日はバイトが休みだったのか?」
「うん。マナちゃんとケーキを食べたら真っ直ぐ帰るよ。お兄ちゃんは、お夕飯は家で食べられる?」
「ああ。今日夜は入らないから……19時には帰るよ」
「わかった」
久しぶりの一緒の夕飯に嬉しくなって笑いかけると、お兄ちゃんも目尻を下げて優しく私の頭を撫でてくれた。そんな私達を見たマナちゃんは、プルプルの唇をブーっと尖らせた。
「差別だ〜っ、私もなでなでがいい〜っ」
「まずはお前がその態度を改めろ。それに、真奈美は男に触られるのが余り好きじゃないだろうが」
「春樹さんは別〜、私に欲情してないし」
「だからそういうことを口にするんじゃないっ!」
お兄ちゃんがため息をつくのと同時に、またマナちゃんのおでこがぺちんといい音を出した。
そんな2人を見て笑いながら、私は目の前に置かれた期間限定のフルーツタルトを一口……
お、美味しい〜っ
陽だまり庵のケーキは全部お店の手作りで、そこらのケーキ屋さんと比べても段違いに美味しい。私は会った事がないけど、ケーキを作ってるのは比較的夜の方に出てるナオさんという方らしい。
こんなに美味しいケーキを作る人だ。私はマコさんみたいな優しい、穏やか系のイケメンさんかなぁと予想している。そんなことを考えながら幸せを満喫していたら、ふと目が合ったお兄ちゃんの顔が曇った。
え、どうしたの?
お兄ちゃんの変化にビックリしながら見上げると、また頭を撫でられる。
「え〜と……、お兄ちゃん? どうしたの?」
「また茜が何かしてきたか?」
「な、にもないよ。何で?」
「目蓋が少し腫れている……泣いたのか?」
「泣いてないよっ、もともと私はこんな顔です」
「そうか……?」
ダメだよお兄ちゃん……せっかく美味しいケーキで楽しい気持ちになっていたのに、思い出しちゃうじゃんか。
それにお兄ちゃん。私は今日泣いてないよ。力いっぱい目を擦ってもいないから、腫れるような事は一切していないんだよ。私は元々、お兄ちゃん達と違ってパッチリ二重じゃないのだ。地味に傷が増えたよ、お兄ちゃん……
でも、私の小さな変化に気付いてくれるのは、気付こうとしてくれるのは目の前の2人だけ。少しも疑うことなく大事にしてくれている。それが本当にありがたくて、嬉しくて……私は自然と二人に笑いかけていた。
今日のお昼休みに山田君にサヨナラされて。茜にまたまた彼氏を盗られてから……初めていつものように、私は大好きな2人に笑いかけることができた。
この日、この時。
私を見つめる瞳があったことを私が知るのは、もう少し先の話――
……余談であるが、この時のことを、ある人は後日こう話した。
『見つめる……ふふ、優しい言葉ですねぇ。いやぁ、僕だって藍崎の人間ですし、山前院の方達への耐性もありますし、この場所を造った事の結果が出たのは嬉しかったんですが……。雪菜ちゃんがガッチリとロックオンされた瞬間のあの方の目を見て、雪菜ちゃんと春樹に「今すぐ逃げなさ〜いっ」と、思わず言ってしまいそうでしたよ。ハハハ……、え? 何です? 春樹。いやいや、そんなことを言ってしまったら僕の8年が無駄になるし、あの方に何されるかわからないじゃないですか。どうせ逃げられるものじゃないんだから、被害者は最小限にしないと。ほら、日本には素晴らしいことわざがあるでしょう? 僕は、馬に蹴られても生きていられるほどの超人じゃないですから、蹴られないようにしただけです』