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放課後マナちゃんと校門で別れてバイト先に向かいながら、鞄の中から携帯を出して開いた。
画面には時計表示だけが出ている。
日曜の夜に山前院さんにメールを送ってから三日経つけど、あれから山前院さんからメールが来なくなった。自分でしたことの結果なのに……山前院さんからメールも電話もないことに、私は驚くほどショックを受けていた。
携帯に着信のランプが着いているたびにもしかして……という期待をして、相手が山前院さんじゃないことにズキッと痛む胸のことを知らないふりをする。
三日間そんなことの繰り返しだった。
今も何も着信のない携帯の画面を見つめながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「お嬢さん、歩きながら携帯を見るのは危ないですよ」
「makoさん?!」
振り向いた先には何時ものように笑っているmakoさんがいた。
makoさんは驚いて立ち止まったままの私の前まで来ると、
「雪菜ちゃんに少しお話がありまして、少しだけ僕に時間をいただけませんか?」
と、言った――。
バイトまでまだ余裕があったから、makoさんと一緒に近くのドーナツ屋さんに入った。
とてもドーナツを食べる気分にはなれなかったから、アイスティーだけ頼んで席に座る。
同じようにアイスコーヒーだけ頼んだmakoさんが、「ドーナツは食べないのですか?」と言うけど、本気で喉を通る気がしません……。
「いえ、お腹空いてないので大丈夫です。
それより……話ってなんですか?」
「ああ、雪菜ちゃんはこれからバイトでしたよね。
なら手短に済ませましょうか。
実は皇雅さんが携帯を壊してしまいまして、そこに海外出張が重なってしまってここ数日雪菜ちゃんにメールが送れていないらしいと聞きましてね。なら僕がそれを雪菜ちゃんに伝えようかとやってきたんです」
「……え?」
「数日連絡がないくらい誰も気にしないと思ったのですが、あの方随分機嫌が悪いようなので……すみませんがこのPCのアドレスに適当に何か送ってもらえませんか?」
そう言って小さなメモを渡された。
山前院さんからのメールが来なくなったのは私が送ったメールのせいじゃなかったの?
その事にホッとする自分と困っている自分。
日曜日、私ははっきりメールでだけどおつきあいはできないと伝えたのだ。もしかしてmakoさんはそのことを知らないから何か勘違いしてる……のかな?
何度もメモとmakoさんの間で視線を行ったり来たりさせた後、そのメモをmakoさんに返した。
「すみません、私……山前院さんにもう何も送れません」
「何故です?」
「あの……、makoさんは聞いてないのかもしれないですけど、私……山前院さんにお付き合いできないって断ったんです。だから……」
なんだかmakoさんの顔が見れなくて下を向いたまま話す私に、makoさんは「知ってますよ」と言った。その言葉に顔を上げると、makoさんは不思議な表情をしていた。
見慣れたいつもの笑顔だと思うのに……困っているようにも、怒っているようにも見える、そんな顔……。
「雪菜ちゃん、皇雅さんは何もすぐにどうこうなろうとはしていないんですよ。雪菜ちゃんはまだ高校生ですし、なにより二人は出会ったばっかりですからね。
ゆっくりと……君のペースで恋愛に進もうとしていたんです。
それなのにたった一回一緒に食事をしただけで、なぜ断るという選択になったんです?
もっとお互いを知ってから結論を出してもよかったのではないですか?」
「それは……」
「それとも、雪菜ちゃんにとって皇雅さんは知ろうとも思えないほど魅力のない男性でしたか?」
「そんなことっ」
そんなことない、そう思ってるのにそれ以上何も言えなくて…結局うつむいてしまう。そんな私に、makoさんはまた頭をポンポンと叩いた。
ポンポンポンポン……沈黙の中一定のリズムでされるそれに、恐る恐る顔を上げる。
怒っているのかと思っていたmakoさんは、いつものように穏やかに微笑んでいた。
「makoさん?」
「雪菜ちゃん、僕はこれでも君たちを気に入っているんです。雪菜ちゃんと春樹と眞奈美ちゃん。陽だまり庵で君たち三人のやり取りを見るのは僕にとってとても有意義な時間です。
だからこれは僕からのアドバイスです。
雪菜ちゃん、どうせ終わりに怯えるのなら…せめて始めてから怯えなさい。
世の中に永遠を保障されて恋をする人間なんていません。
みんな、時には不安と闘いながら恋をするんです。その中で相手と信頼を築き、恋を育てて愛に変えていく。
君のこれからの未来を決められるのは君だけです。
うやむやな気持ちのまま流されるのも、自分の気持ちを誤魔化さずに受け止め、始めるのも…君次第です」
「私……」
「さて、少しと言ったのに長くなってしまいましたね。雪菜ちゃんがバイトに遅れては大変ですし、そろそろ出ましょうか」
また俯いてしまった私の頭を最後にポンッと叩いた後、makoさんはそう言って立ち上がった。
makoさんと別れてバイトに向かい、なんとか仕事を終わらせた帰り道……歩きながら携帯を開いた。
相変わらず画面には何も着信がなかったことがわかる時計表示。その事にため息をつきながら思った。
私……毎日山前院さんのことばかり考えてる。
「自分の気持ちを誤魔化さずに……か」
その時、背後から名前を呼ばれた。
「雪菜」
その声を聞いて胸が痛む理由を、私も本当は……とっくに気付いていた--