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 makoさんに出してもらったケーキは美味しかった。

 季節のフルーツゼリーと野菜のケーキの二品で、マナちゃんが満面の笑みで絶賛していたからきっと間違いない。

 なぜならマナちゃんはお肉料理はどんなものでも美味しいというけど、デザートにはちょっとうるさいのだ。

 そんなマナちゃん絶賛のケーキをせっかくmakoさんが出してくれたのに…私は最初、なんだか胃が重くてなかなかフォークが進まなかった。すでにランチとケーキを食べていたせいもあるかもしれないけど、茜たちが気になって集中できなかったのが大きいと思う。

 席が離れたから茜たちが何を話しているのか聞こえない。

 でもさっき振り返ったときは山田君もちゃんと椅子に座っていて、茜と向かい合ってランチを食べていた。ちらっと見えたその顔は笑っていたから、少しホッとした。


 後ろが気になって仕方ない私に、makoさんが新しい紅茶を差し出してくれた。


「あ、ありがとうございます」

「いえいえ。ケーキのお味はいかがです?」

「美味しいです。ねっ、マナちゃん」

「うんっ! makoさんっ、これっていつからメニューに載せるんですか?」

「そうですねぇ、早ければ来週くらいには…ってところですか」


 二人がケーキのことでいろいろ話しているのを聞きながら、またチラッと振り向いてしまう。

 茜が笑いながら山田君の口元にフォークを持っていってるけど、あれってまさかアーンってやつでは……

 前に山田君と帰りにファーストフードのお店に寄った時、近くでポテトであれをやってるカップルを見たことがある。実はあのアーンっていうのは私の付き合ったらやってみたいことの一つだった。

 今便乗してやってみようかな……そう思ってドキドキしながらポテトを一本持った時、山田君が「あんなの恥ずかしくって俺には無理だな」って言ったから、私はそのままポテトを自分の口に入れた。

 そんな山田君は今アッサリと茜のアーンを受け入れて食べていた。


 ……恥ずかしいんじゃなかったの?


 そう思ってちょっとムッとした時、いきなり耳にフウッと生暖かい風が当たった。ビクゥッと体を震わせながら耳に手を当て正面を見ると、ビックリするほど近くにmakoさんの顔があった。そのことに更に驚いて椅子の上で体を仰け反らせる。


「makoさん?! いっ、今っ」


 驚いて口をパクパクさせる私のことをクスクス笑っているmakoさん。

 目を見開いて固まったままの私をじっと見た後、makoさんが私の頭に手を置いてポンポンと叩いた。


「あ、あの……」

「いやぁ、なかなか余計なことをしてくれる娘ですね……」

「え?」


 小さな声で言われたそれがよく聞こえなくて聞き返したけど、makoさんはただポンポンと頭を叩くだけだった。

 全然手に力が入ってないから頭は別に痛くないけど、周りの視線が…何より横で目をキラキラさせているマナちゃんの視線が痛い。

 手を放してもらおうと頭を後ろの方に動かすと、makoさんはあっさり手を離してくれた。


「あの、makoさん……?」

「ああ、雪菜ちゃんの頭にゴミがついていたのでつい」

「ゴミ……ですか」

「ええ、念入りに掃っておきましたらもう大丈夫ですよ」

「ありがとうございます……」


 そんな嘘くさいことを言われても信じるわけないけど、なんだかそれ以上聞けなかった。

 でも、makoさんはいきなりどうしたんだろう? と思いながら口に入れたケーキは、不思議だけどさっきまでより美味しかった。 


 茜たちはランチを食べ終わると私達より先に帰って行った。

 その時、お会計の前にわざわざ私たちに挨拶していった。


「お姉ちゃん私達帰るねぇ」


 にっこり笑う茜と、その後ろで顔を背けている山田君。そんな二人を射殺せそうに睨むマナちゃん。私たちの周りだけ空気の温度が下がっている気がした。


「わかった」

「お兄ちゃんにたまには茜とも遊んでって伝えておいてね?」

「うん」

「じゃぁ明日学校でねぇ」


 バイバイと手を振り帰って行くのを見送って、これ以上騒ぎが起こらなかったことにホッとした。



 夕方マナちゃんと別れて家に帰って、同じようにバイトから帰ってきたお兄ちゃんとゆっくり話しながらご飯を食べた。マナちゃんと買い物をしている時も、お兄ちゃんと一緒にいる時も、一人で部屋にいる時も……、ふいに陽だまり庵でのことを思い出してしまう。

 頭を下げたまま動けなかった山田君。茜と仲良くランチを食べてた山田君。私から顔を背けてた山田君。

 せっかくあの二人が一緒にいても何も感じなくなってたのに、私は山田君と別れた日よりもあの二人が気になってしまうようになっていた。

 

 そんな時に携帯にメールが届いた。

 開いて見ると山前院さんからのもので、『今日美味しいと評判のマカロンを買ったんだ。雪菜はマカロンは好きだろうか? 私は初めて手に取ったんだが、様々な色のものがあってなかなか興味深い。一緒に食べないか?』そんなことが書いてあった。

 山前院さんがマカロン? しかも初体験。なんだか似合わない……山前院さんには失礼だけど、そんな事を思ってついつい笑ってしまう。

 

「マカロン……好きです……」


 山前院さんに返事を書いていると、また陽だまり庵での山田君を思い出した。お兄ちゃんから厳しい目で見られて、そのことで他のお客さんからは好奇の視線を集めて……頭を下げたまま顔を上げることが出来ずにいた山田君。

 その肩は小さく震えていた。


 もし、私が山前院さんとお付き合いをすることになったら、今度は山前院さんがあんな目に合うのかな……


 そう思ったら、メールの続きが書けなくなった。


 山前院さんはいい人だ。

 いい人だからこそ、私たちのことに巻き込みたくない。


 私は途中まで書いていたメールを消し、もう一度新しくメールを書き……送った。

 もしかしたらもう山前院さんと会うことはないかもしれない…そう思った時に胸に走った痛みの理由は、まだ分からなかった。

 

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