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「あれ~? もしかしてお姉ちゃんと野原先輩じゃないですか~?」


 その声が聞こえた瞬間に、目の前のマナちゃんの顔が歪んだ。

 声だけでも予想はついたけど、マナちゃんの顔を見てそれは確信に変わった。

 振り返ることが出来ずに固まる私をそのままに、マナちゃんがキツイ表情のまま私の背後に声をかけた。


「随分珍しいところで会うじゃない。何しに来たの、あんたたち」

「隆君とデート中なんですけど、そろそろお昼を食べよぉって話になったんでここに来たんです」

「あっそう。ならさっさと空いてる席に行きなさいよ」

「なんか野原先輩怒ってますぅ? こわ~い」

「あ、茜。別の店に行こう、な?」

「なんで~? 茜ここがいい」

「じゃあ席に着こう? ほら、あっち空いてるぞ」

「お姉ちゃんたちの横のテーブル空いてるからここにしよ~か」

「いや、それはっ」

「あっ、お兄さんここいいですか~?」


 多分ホールにいる店員さんに断っているんだろう声の後、本当に二人はすぐ近くのテーブルに座った。

 マナちゃんはそんな二人を睨んだ後、心配そうに私のことを見た。


「ユキ、大丈夫? もう出ようか?」

「……平気だよ。せっかくケーキ頼んだんだからちゃんと食べよう」

「でも……」

「ホントに平気だから」


 ちゃんとできてるかわからなかったけど、なんとか笑ってそう言うと、ケーキを食べ始めた。

 なんで茜がここに来たんだろう……。お兄ちゃんが働いてるし、茜が陽だまり庵を知ってたって不思議じゃないけど、なんでこんなタイミングで……

 私と同じようにケーキを食べながら、険しい顔のままマナちゃんが小さな声で謝ってきた。


「ゴメン、雪菜。私のせいだ」

「なんで? マナちゃんは悪くないよ」

「私があいつもいる場所で今日のこと話したから……だから来たに決まってる」

「そんなの解らないじゃん、たまたまかもしれないし。

それにもしそうだとしても、マナちゃんのせいじゃないから……気にしないで?」


 そうは言ったけど、マナちゃんの言うとおり茜はきっとあの時教室で私たちの話を聞いて……今日ここにきたんだと思う。なんで休みの日にまでわざわざ……と思うけど、私にはいくら考えても茜の考えてることなんてわからない。

 さっきまでの楽しい気分が一瞬にして消えてしまった……。

 私たちは黙って黙々とケーキを口に運んだ。



 私たちがケーキを食べ終わるかという時、お兄ちゃんの険しい声が聞こえた。


「茜?! お前何しに来たんだっ!」


 その声にホッとしながらお兄ちゃんを見た。

 マナちゃんも同じ気持ちなんだろう。同じようにホッとした表情でお兄ちゃんのことを見ていた。

 茜はお兄ちゃんがこの場にいることが予想外だったのか、一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐにお兄ちゃんににっこり笑いかけた。


「あれ~? お兄ちゃんなんでここにいるのぉ?」

「……ここは俺のバイト先だ。お前は何のためにここに来た?」

「何って……彼氏とデート中にランチを食べに来たに決まってるでしょ?」

「彼氏?」

「そぉだよ。私の彼氏の山田 隆君。隆君、私のお兄ちゃん」

「やまだ……たかし……?」

「は、初めまして、お兄さん。山田です」


 勢いよく席を立ちお辞儀をする山田君を、お兄ちゃんは険しい目で見ていた。


「山田君。君、もしかして雪菜と付き合ってた山田君かい?」


 お兄ちゃんのその声に、お辞儀をしたままの山田君の身体がビクッと揺れた。

 山田君と付き合い始めた時に、お兄ちゃんには名前を言っていたからそれを覚えていたんだろうなぁ。結構前に一度言っただけなのに、フルネームを覚えてるなんて……流石はお兄ちゃん。

 顔を上げられない山田君にかわって、茜が嬉しそうに答えた。


「お兄ちゃん隆君のこと知ってたんだぁ。でも隆君は今は茜の彼だから睨まずに優しくしてあげてね?

確かにちょっと前まではお姉ちゃんの彼氏だったけど、隆君はね……お姉ちゃんより茜を好きになってくれたんだぁ」

「大体見当はついていたが……っ茜! お前はまたっ!」

「すっ、すいませんっ!」


 声を荒げるお兄ちゃんに山田君が大きな声で謝る。

 茜はそんな山田君のことを一度も視界に入れずに、ただひたすらお兄ちゃんを見て笑っている。


「どうして怒るの? お兄ちゃんは褒めてくれないの?」

「茜っ! お前はいつまでこんなことを続ける気だ?! いい加減にしろっ!!」


 お兄ちゃんの怒鳴り声に、お店の中が一気に静まり返った。

 ほぼ満席かというほどいるお客さんたちが、みんな興味深そうにこっちを見ている。

 なんとかしなきゃと思うのに、体が動かない。

 いつもこうだ。茜が近くにいると、体が思うように動かない。声を出したいのに、うまく出てこない。


 その時、お店の扉についているベルが鳴った。

 カラーンというそれは静かな店内に驚くほど大きく響いた。


「おや? なんだか空気が変ですね」


 いつもの笑顔を浮かべながら店内に入ってきたmakoさんは、走り寄って行った店員さんに何か言われて軽く頷いた後、お兄ちゃんの横まで来た。そしてお兄ちゃんの頭に手をやり頭を下げさせると、自分も頭を下げた。


「うちの従業員がお騒がせいたしまして、申し訳ありません。

お詫びといたしまして皆さんにお好きなデザートかドリンクをプレゼントさせて頂きますので、お近くの店員に申し付けください」


 その言葉に店内に歓声が上がった。

 makoさんがお兄ちゃんの耳元で何か言うと、お兄ちゃんは心配そうに何度も私の方を見ながらも、バックに戻っていった。


「さて、いらっしゃいませ。雪菜ちゃん、眞奈美ちゃん。今日はお二人でデートですか?

いいですねぇ。僕も仕事がなければ是非ご一緒したかったです」

「makoさん……すみませんでした……」

「雪菜ちゃんが気にすることではありませんよ。ああそういえば、夕べ尚人が新作のケーキを試作していましてね。宜しければお二人も僕と一緒に試食なさいませんか?」

「やぁったぁ! いいんですかっ?!」


 makoさんの言葉にマナちゃんが目をキラキラさせて飛びついた。


「ええ、女の子の素直な意見を是非聞かせてください。

ではカウンターの方へどうぞ」


 その言葉にマナちゃんと二人テーブルを立った。

 未だに頭を上げることが出来ずに固まっている山田君が心配で声を掛けようとしたけど、makoさんがそっと背中を押してきてそれを止めた。マナちゃんにも腕を引っ張られ、結局声をかけるのは止めてしまった……。

 山田君には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 心配していた通り、私たちのことに彼を巻き込んでしまっている。


 私と付き合ってさえいなければ、こんな目に合わずに済んだのに……


 そう思いながら彼を見ていると、お兄ちゃんの後姿をじっと見つめていた茜が私の方を向いたのが見えた。

 そして、あの家に住んでいたころ……毎日見ていた表情を浮かべた。


 昏い瞳で歪に笑う……その顔を見た時、胸に心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じた。

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