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やけに濃い一週間が終わった次の週は、結構穏やかに過ぎていった。
マナちゃんに、土曜日に話したお兄ちゃんから紹介してもらうって人が、陽だまり庵にいたイケメンさんだったと言うと、満面の笑顔で「付き合っちゃえ」っと言われたのは困った。
のらりくらりとそれをかわしながら、お兄ちゃんもマナちゃんもビックリするくらい山前院さんとのことを応援してくるのはなんでだろうと考えた。
山前院さんは…ちょっと困ることはあるけど、基本的にはとてもいい人だと思う。
だけど歳の差9歳は結構大きい…、この前だって何を話せばいいのか全然分からなかったもんなぁ…。
でも、山前院さんはそうは思わないみたいだ。
あの日から毎日、山前院さんから朝と夜にメールが来る。それは『おはよう』とか…他愛のない話ばかりだけど、届いたメールの返事を送るのに、私は毎日何時間も頭を悩ませてる。
もっと気軽に何でも書けばいいじゃんと、マナちゃんに言われるけど…そんなの無理だよ…。
山田君と別れたばっかりのくせに、頭の中は山前院さんのことばかり。
なんだかあの別れ話が随分前のことのような気がするなぁ…。
私は自分でもビックリするくらい、山田君と茜が一緒にいるところを見ても何も感じなくなっていた。
今も、昼休みにいつものようにあの二人が教室でお弁当を食べている姿を横目に、マナちゃんとお昼を食べられるくらいだ。
まぁクラスメイト達はそんな私たちのことを微妙な顔で見てるけど、心の中ではゴメンと謝りつつ、素知らぬ顔をしている。きっとそのうちみんなも何も思わなくなるだろうから、それまでの辛抱だ。
目の前で特大弁当をぺろりと平らげたマナちゃんが、デザートにコンビニのドーナツを食べながら幸せそうに笑ってる。
その顔を見てると、私も自然と嬉しくなってくる。
「それ見たことないかも、おいしい?」
「これ? 朝コンビニ寄ったら新商品って書いてあったから全種類買ってきたんだけど、結構おいしいよ~。
ユキも1個食べる?」
「うん」
ドーナツを見ると、山前院さんから送られてきた今朝のメールを思い出す。
『とてもおいしいドーナツを知ってるんだ。君にも食べさせてあげたい。今週の土日はどちらか空いているか?』
それに…私はまだ返事を返せていない。
土曜日は朝からバイトが入っているけど、日曜は何も予定がない。だけど…山前院さんに会うのはまだちょっと怖い。
だったら早く断ればいいのに…なんで迷ってるんだろう…私…
ドーナツを見てボーっとしていたら、マナちゃんが私とドーナツの間で手をパタパタと振った。
「ちょっとユキ聞いてる?」
「えっ、ご、ごめん。何?」
「日曜空いてる? って聞いてるのにー。
久しぶりに買い物に行きたいんだよね。夏服が欲しい」
「にっ日曜?!」
「なんか用事あった? だったら別の日に…」
「違うのっ! ……行こう買い物っ!」
「そう? じゃあお昼に陽だまり庵でランチ食べて…って、どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
「なんでもない、わ、わかった。陽だまり庵でランチね。うん。楽しみ」
「でしょ? 久しぶりだもんねぇー。明日バイト代入るし奮発して特製ランチもいいかもー」
「そ、うだね」
うんうんと頷きながら、マナちゃんは先週のことを知ってて言ってるのだろうか…と沸騰した頭で考えた。
でも顔を見る限り違う気がする…。あれは本気で陽だまり庵で何を食べようか悩んでる顔だ。
そんなマナちゃんとの会話にいっぱいいっぱいだった私は、そんな私達を茜がキツイ眼差しで睨んでいた事に気付けなかった。
お昼休みが終わる5分前に山前院さんにメールをした。
『土曜は朝からバイトで、日曜はマナちゃんと約束があるんです。すみません』
本当は山前院さんのほうが先に誘ってくれていたのに…という罪悪感を感じながら、心の中で何度も山前院さんに謝った。
その日の夜届いたメールには、
『残念だ。できれば来週は私に時間をくれると嬉しい』
と書いてあった。
私はその返事を書くのに…3時間悩んで、結局何も送れなかった。
陽だまり庵で待ち合わせようという約束だったから、日曜は昼からのシフトだったお兄ちゃんと一緒に陽だまり庵に向かった。
お店に入ると、マナちゃんはもう来ていた。
店員さんに待ち合わせなんですと伝えて、窓際の席で手を振るマナちゃんに手を振り返しながら近寄っていく。
「ごめんね、お待たせ」
「いーのいーの。私もさっき来たんだ」
「何にするかもう決めた?」
「ケーキも食べたいからいつものランチとケーキセット、後はクラブハウスサンドウィッチかな」
「じゃあ私もランチとケーキセットにしようかな。マナちゃんランチ少し食べてくれる?」
「喜んでっ」
嬉しそうなマナちゃんがテーブルのボタンを押した。
美味しいランチを楽しみながら、「これからどこに行こうか?」と相談した。
マナちゃんが行きたいお店は何件かあったから、一番近いところから攻めるか…それとも遠いところから行く?
そんな会話をしていた私たちに、聞きなれた声が聞こえてきたのは…デザートのケーキが届いた時だった。