幸せな悩み
パサリ…と音を立てながら机に広がる紙の束を見つめ、湧き上がる感情を抑えるために長い息を吐く。
その紙の束は、「澤木 雪菜 調査結果報告書」という文字から始まる30枚余りの報告書だ。
-19☓☓年、SAWAKI製薬 代表取締役 社長 澤木 清一郎の長男、澤木 桂一郎と、三池病院 院長 三池 源蔵の長女、三池 亜紀子が婚約。
その後、六年の婚約期間を得て結婚。
翌年に長男 春樹が誕生、五年後に長女 雪菜、その翌年に次女 茜が産まれる。
その当時、桂一郎・亜紀子夫婦宅の家政婦をしていた者によると、次女 茜が産まれ、半年ほど経った頃から、亜紀子による雪菜への虐待が始まる。
最初は雪菜に対してのみの育児放棄から始まり、その行為は徐々にエスカレートしていく。
食事を与えないように指示をすることも珍しくなく、現在の雪菜の発育不足は、幼少期の栄養不足から来ているものと思われる。
家政婦の前で、雪菜へ対しヒステリックに叫び、手をあげることも事も多かったらしい。
この家政婦は、亜紀子の指示を無視し、亜紀子へ雪菜への虐待に苦言を申したことで解雇されたもよう。
次に雇われた家政婦が、現在も澤木家に勤めている。
そんな文から始まるそれは、全てに目を通した後は傍に置いておくのも腹立たしいものだった。
世の中には理不尽に晒される者は少なくない。謂れのない暴力や、不幸な体験をした子供も多いだろう。雪菜は春樹という兄がいただけ、恵まれていたのかもしれない。
その境遇に同情はしても、その全ての子供を助けようとすることはできない。
だが、雪菜は私の”珠”だ。ようやく見つけた私の”珠”に、危害を加えようとするものを許すつもりはない。
雪菜にとって春樹以外の肉親は害悪だ。
それがわかれば、もうこの紙に用はない。
広がる紙をごみ箱に捨て、携帯を出して目的の名前を探す。
「私だ。すまないが一つ頼まれて欲しい事がある。……そうだ。なら私の頼みもわかっているな?
……ああ、……それはまだいい。……では頼む。
ああ後、17歳の女の子が好むプレゼントは何かわかるか?」
電話越しに何か物が落ちる音と共に悲鳴が聞こえたので、携帯を耳から離す。
一体なんだ?
「わからなければいい」と伝えて通話を切る。
報告書を渡しに来た誠が、雪菜と二人で会える機会を設けたと告げたのは、つい先ほどのことだった。
ようやくスタートラインに立った。必要な情報も把握した。後は…君に振り向いてもらえるよう努力するだけだ。
手始めに贈り物を、というのは安易だろうか? 何をすれば、何を話せば喜ぶだろうか…?
そんなことを考えているだけでも胸が温かくなる。明日にでも買い物をする時間を作ろうと決めると、今できることは済ませておくために部屋を出た。