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 山前院さんがいろいろ話しかけてくれているのに、私は首を振るか「そうですね」しか言えなかった。

 それでも嫌な顔を全然しない山前院さんに、ホントに申し訳ない思いが込み上げる。

 私も何か話さなきゃ、もっと気の利いた返事をしなくちゃと、必死に今口いっぱいなんですと、食べたり飲んだりしながら話す内容を考えていたら、あっという間にランチも飲み物も無くなってしまった。

 それを見て、山前院さんが私に向かってメニューを広げて見せてくれた。


「お腹がすいていたんだな。何か他のものも頼むといい。

それともデザートを追加するか?」


 気を遣わせてしまった。がっつきすぎだよ私…、食い意地が張ってるかと思われたかな…、は、はずかしい…


「あの、だ、大丈夫です」

「そうか? 遠慮をせずともいいんだぞ。

パフェやケーキ、好きだろう?」

「好きです」


 そう答えた時、ガタンという音を立ててテーブルが勢い良く揺れた。

 え? とビックリして山前院さんのほうを見ると、左手は机の上で拳を作り、右手は目元を押さえて下を向いていた。


「あ…の、どうかしましたか?」

「いや…なんでもない。テーブルを蹴ってしまい悪かった」

「それは大丈夫です…けど」


 ぶつけたのがよっぽど痛かったのか、下を向いたままの山前院さんの肩が震えている。

 そんなに痛かったのかな…?


「足、大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ。気にしないでくれ」

「そうですか…」

「プッ、っくく」

「え?」


 いきなり笑い声がしたから、驚いて声のした方を見ると、観葉植物の陰にトレーにカップを乗せたmakoさんが立っていた。

 makoさんは握った拳を口元にあてていて、その拳をプルプルと震わせてた。


「ま、makoさん?」

「ああ、失礼しました。飲み物のお代わりをお持ちしました…くくっ」


 新しいカップを私たちの前に置きながらも笑い続けてる。

 穏やかに笑う姿はよく見るけど、こんなふうに笑うのは初めて見た。


 でも何がそんなにおもしろいんだろ?


「いやぁ皇雅さん、まさかあなたのそんな姿を見られることになるとは思ってなかったですよ」

「うるさい」

「これは是非ともみんなに報告をしなくてはいけないですね」

「うるさいといってる、飲み物を置いたならさっさと向こうに戻れ」

「おや? デザートのご注文があるのでは?」

「…」


 山前院さんは目元を隠していた手を外してmakoさんを睨んでる。

 美形が睨むと怖い…。

 一気に冷たい雰囲気になった山前院さんだが、makoさんは全然気にしていないようだった。


 makoさんの心臓は鋼の心臓だ…。


 そんなことを思いながら二人を見てると、makoさんがこっちを向いた。


「雪菜ちゃん、何になさいますか?」

「あっ、いえ、デザートはランチについてたプリンを食べたんでホントにいいです」

「そうですか?」

「だが空腹だったのだろう? 遠慮せずたくさん食べなさい」


 makoさんを睨むのをやめた山前院さんが、微笑みながら私にもう一度メニューを見せてきた。…山前院さんのなかで私は腹ペコ大食いキャラの認識になってしまったんだろうか…。

 数十分前の自分を止めに行きたい…うう…。

 そんな山前院さんをmakoさんがとめてくれる。


「皇雅さん、本人がいいと言っているのですから、無理強いをしてはだめですよ」

「別に無理強いをしているつもりはない。雪菜、本当にいらないのか? 遠慮ではなく?」

「はい。お腹いっぱい食べましたっ!

makoさん今日もおいしかったです」

「それはよかったです。それではそろそろ退散しないと、また怒られてしまいそうですので、失礼しますね」

「はい」

「さっさと行け」


 makoさんがいなくなると、山前院さんが小さくため息をついた。makoさんが持ってきてくれたお代わりを飲みながらそれをこっそり見ていたら、山前院さんもカップを持ち上げながらこっちを見てきた。

 目があって、何か言わなきゃいけない気がしてきてmakoさんを話題に出してみた。

 大人な山前院さんと何を話せばいいのかわからないから、山前院さんと仲がいいmakoさんを話題にすればいいと、とっさに思ったのだ。

 …これが失敗だった。


「山前院さんとmakoさんって仲がいいんですね」

「仲がいい…か。そんな風に考えたことはないが、そう見えるか?」

「はい。古い知り合いって言ってましたけど、学生のころからのお友達なんですか?」

「いや、生まれた時からのつきあいだ」

「すごいっ! それって幼馴染ってやつですか?

私の友達も幼馴染がいて、とっても仲がいいんですよ。

それをみていつもうらやましいな~って思うんです」

「いや、幼馴染というのも違うな。

…少し気になったんだが、雪菜は誠と私が同じ年だと思っているのか?」

「えっ、違うんですか?」

「…私と誠は少々年が離れているんだが…、君には同じに見えるのか…」


 目に見えて落ち込んだ山前院さんに慌てて弁解する。


「す、すみません。でもmakoさんって私が初めてここに来た時から店長さんだったんで、そんなに若いと思ってなかったんですっ」

「…雪菜には私のほうが年上に見えるのか?」

「…えっ!」

「見えるんだな」

「あのっ、いえっ、ちっ、違うんです! あの…」


 目の前で山前院さんが手で目元を覆って天井を見上げてしまった。

 正直二人が並んでたら、山前院さんのほうが年上に見えた。今日以外はずっとスーツ姿を見てたのも大きいと思うんだけど、名前の呼び方とかでもそう思ったんだと思う。

 だって知り合いって言われて、ホントは学生時代の先輩後輩とかかな?と思ってたし。というかmakoさんって一体いくつなの?!年齢不詳すぎです!!

 といういいわけが頭を巡っているけど、言っていいものなのか…、さらに墓穴を掘りそうで怖くて言えないよ~…。

 今私の手には、透明なスコップが握らされている気がする…。

 困ってしまって何も言えなくなっている私に、天井を見たまま山前院さんが小さく言った。


「誠の名字は藍崎という」

「えっ、あっそうなんですか」


 いきなりどうしたんだろ?これは山前院さんのほうから話をそらそうとしてくれているのかな?

 や、優しいですね。歳を勘違いしてしまってすみませんでした…うう…


「だからこれからは誠のことは藍崎と呼ぶといい」

「えっと、本人に教えてもらったわけじゃないのに呼ぶのはまずいんじゃないですか?」

「かまわない。

さっき雪菜は誠のことを下の名前でしか知らないから、他に呼びようがないと言っていた。なら、今私が教えたのだから、これからは名字で呼べばいい。誠も気にしない。

だがもし…君が今までのように誠をマコと呼ぶのなら、私のことは皇雅と呼んでほしい」

「そ、それはさっき難しいって…」

「私は誠より年配に見えたんだな」

「いえっ! そんなことないです!」

「誰に間違われてもいいが、君にそう思われていたのは辛い」

「すみませんでしたっ!」

「悪いと思っているなら…名前で呼んでくれ」

「うっ」


 優しさじゃなかったっ!!


「私が君に名前で呼んでほしいというのは、そんなに難しいことなのか?」


 いきなり切なそうな声を出されて、心臓がまた跳ね上がった。

 私今日一日でだいぶ寿命が縮んだ気がします…

 正直山前院さんが天井を見ていてくれてよかった。…顔が熱い。

 今この顔を見られたら、私、この場から逃げてしまうかもしれない。

 ドキドキしながら覚悟を決めた。これ以上渋れば私の心臓が本気で持ちそうにない。


「あの、すみませんでした。こ、ここっ、こっ、こう、がさん…っ」

「…もう一度」

「こっうがさんっ!」

「もう一度…」

「皇雅さんっ」


 ようやくキチンと言えた時、山前院さんがこっちを見て笑った。

 とても嬉しそうに、とてもとても嬉しそうに…

 その瞬間。

 私の心臓は限界を迎えた。


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