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こっちを見てる……
気のせいじゃない、こっちを見てるよ~っ
商品を受け取ったmakoさん達は、店舗内に3組だけあるテーブルに着いた。
てっきりそのまま帰ると思っていたのになぁ
小さくため息をついたとき、ちょうどお客さんの途切れた佐藤さんが隣にやってきた。
「ちょっとちょっと澤木さんっ、あの人たちはどんな知り合いなの?!」
「え~と、友達とよく行く喫茶店の店長さんと…、たぶんそのお友達? です」
「その喫茶店ってどこ?!」
さ、佐藤さんっ、くらいつきが半端ないですっ、目が怖いです~っ
佐藤さんはここの社員さんで、いつもバッチリメイクの派手なお姉さんだ。
別に仲が悪いわけではないけど、挨拶や仕事の話しかしたことがなかったので知らなかった……。
佐藤さん、もしかしてイケメン好きですか?
陽だまり庵の場所を教えて、ついでに夜の部ではお酒も出ることを教えておいた。
さっそく今日行くと目を爛々とさせている。
まさかこんな近くに噂の肉食女子がいたとは……これは結構怖いなぁ。
マナちゃんも肉食女子ではあるけど、食べるのは本当のお肉だしなぁ。その目的がお肉から異性になるだけで、こんなに言葉の意味が変わるのか。いい勉強になった。
佐藤さんは片付けと称してmakoさん達の他のテーブルを拭きに行った。
……それ、いつもは私の仕事だったけど…まぁいいや。
おぉっ、佐藤さんが2人に話しかけている、makoさんがそれにこたえているみたいだ。
イケメンさんは……店の外を見ながらドーナッツを食べてる。
なんでだろう、イケメンさんが食べていると一つ380円のドーナッツがとても高級品に見える。
その理由を、しばらく見ていて気付いた。
動作がとっても綺麗なんだ、一つ一つの動きが上品で落ち着いている。
大人の男の人っていうのはこういうものなのか……
ついついボーっと見つめてしまっていると、視線に気づいたのかイケメンさんがこっちを見た。
その瞬間、気のせいなのはわかっているけど…バチッと音がした気がした。
目が合うと無表情のその顔に、さっきのような柔らかい微笑みをうかべるイケメンさん。
だからその顔はやめてほしい……!
慌てて目をそらしてお店の入り口を見る。
いつもはこの時間は結構お客さんが来て忙しいのに、makoさん達が来てからピタッと誰も来なくなってしまった。何もすることがないと気が散っちゃうよ。
誰か一人は必ずレジにいなくちゃいけないから、佐藤さんが帰ってこないとバックヤードに材料を取りに行ったり、道具を洗いに行くこともできない。
できればイケメンさんが帰るまで裏で仕事をしたい……なんでだろう、あのイケメンさんには近づいちゃいけない気がする。
私のこういうカンは昔からよく当たるんだ。あの人にはできるだけ関わらないようにしよう。うん。
もう商品の受け渡しは終わったんだから、あとは帰るときに「ありがとうございました」と声をかけるだけ、気になってももうあっちを見ちゃダメだ。
時間にすれば約十分ほど。
コーヒーを飲み終えたmakoさん達は席を立った。
今だっ、「ありがとうございました(もう来ないでください)」と声をかければ終わりだっ。
接客スマイルをうかべてタイミングを計っていたら、なんでかイケメンさんがレジまでやってきた。
な、なんですか?!
イケメンさんは微笑みながら隣のサイドメニューのケースを指差した。
「ドーナッツを2つもらえるかな?」
「え? あ、はい、少々お待ちください」
そ、そっか、そんなにドーナッツが気に入ったんだ。甘いものが好きな男の人って多いっていうし、気に入ってもらえたならお勧めしたかいもあるね、よかった。 ちょっと意識しすぎていたかな、という恥ずかしさを隠すようにささっとドーナッツを2つ袋に入れるとイケメンさんに渡した。
「シュガードーナッツ2つで760円になります」
「ああ」
スーツの胸ポケットに手を入れたイケメンさんの後ろからmakoさんが千円札をだした。
「これでお願いします」
「誠」
「皇雅さん日本札を持っていらっしゃらないでしょう?」
「だがカードはある」
「こういう場合はカードより現金のほうが好まれますよ」
「……そうか」
「え…と、千円お預かりします」
「はい、お願いします」
不機嫌そうなイケメンさんとは対照的ににっこり笑っているmakoさんにお釣りを渡す。
まさか数百円でカードを使おうとするお客さんがいるとは思わなかったなぁ。
日本のお金を持ってないって、イケメンさんは海外にでも行ってたのかな?
はっ、いけない、気にしちゃいけないんだった。
さぁ、商品もお釣りも渡しました。おかえりはあちらですっ。
イケメンさんは軽く息を吐くと、手にしていたドーナッツの入った袋を私に差し出してきた。
あまりにも何気なく差し出されたそれを、反射的受け取ってしまった。
え?何?
「これは君に、休憩のときにでも食べなさい」
「えっ、いえっ、もらえませんっ」
「なぜ? 休憩のときに食べられないのなら、家に帰ってからお兄さんと一緒に食べればいい」
「お、お兄ちゃん? 何で知って…って、そうじゃなくてもらう理由がないですっ!」
「理由? 私が君に食べさせたいと思ったからだ。好きなんだろう?」
「ドーナッツは好きですけど、だからってあなたにもらう理由にはならないと思います……」
「なぜ?」
「なぜって……」
困ってmakoさんを見ると、あちらも困ったように私を見た。
「雪菜ちゃん、皇雅さんはおいしい飲み物とお菓子のお礼をしたいのですよ、深い意味はないですからどうか受け取ってください」
「でも……」
「ドーナッツじゃなければいいのか?
なら何がいい? 好きなものを教えてくれ」
「そういう意味じゃないです……」
「雪菜ちゃん」
意味の分からないことを言っているイケメンさんの横で、makoさんがにっこり笑った。
「受け取らなければこの話は終わりませんよ。この方はひきませんから」
そんなぁ~、助けてくれないんですか?
2人を交互に見ながらなんとか断ろうと言葉にしても無駄だった。諦めて受け取りお礼を言う。
「あの、どうもありがとうございます。え…と」
「私の名前は山前院 皇雅。誠の古い知り合いだ」
「あっ、はい、私は澤木 雪菜です。あの…ありがとうございます、ドーナッツ」
イケメンさん改め山前院さんに頭を軽く下げてお礼を伝えて顔を上げると、山前院さんはあの心臓に悪い微笑みをうかべていた。
「バイトが終われば外は暗いだろう。気を付けて帰りなさい」
「それじゃあ雪菜ちゃん、また陽だまり庵に来てくださいね、バイトお疲れ様です」
自分でも真っ赤になっているとわかる私に、2人はとても爽やかに微笑んで帰って行った。
2人が帰った後、佐藤さんからのあたりがとてもきつくなってしまった。
一つ一つの言葉になんだかトゲを感じて怖かった。ホントになんて迷惑で意味の分からないお客さん達なんだろう、と心の中で罵りながら、急に忙しくなったその後のバイトを乗り切ったのだった。
……余談であるが、この日から佐藤さんを含め数人の社員さんやバイト仲間からのあたりがきつくなり、もっと周りの状況も気にしてほしい、肉食女性は怖いんだと怒る私に、ある人はこう言った。
『ん~、僕は気にしましたよ? ちゃんとあの場にいた女性の相手もしましたし。
でも、あの方は基本的に興味のない人間や仕事に関係のない人間は気に留めませんからねぇ。
あの女性が自分に興味津々だったことすら気づいていないんじゃないですかね、あの時は他にあの方の関心を一身に集める対象が目の前にいたわけですし。ねぇ?
でもあの日は僕も驚きの連発でしたよ。何がですって?
それはまぁ秘密ですよ。え?そんなに知りたいんですか?
じゃあ一つだけばらしますと、あの日あの方はご自分のお金で買ったドーナッツを差し上げたかったらしくて、ほら、結局あの日の支払いは僕がしたでしょう?
それがとても嫌だったんでしょうね、結果的に僕が差し上げたようなものでしょう?
あの後すぐに数馬を銀行に向かわせて現金を用意されていましたよ、どれだけ通うつもりなのかという額でしたけど。
なんです? 数馬。え? そんな事の為に自分は走らされたのかって?
……わかりました。
数馬のその言葉、すべて間違いなく誇張して伝えておきますね。
なぜって……決まってるでしょう?
そのほうが楽しいからですよ。僕が』