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学食はかなり賑わっていた。
うちの学校の学食はとにかく安い、味のことで文句をいう気がおこらないほど安い。
コンビニのお弁当を買う値段で定食が二つ食べられるし、もしかしたらプリンも買えるかもしれない。
量もなかなかのもので、これで味が文句無しだったらなぁ…、というのは全校生徒全員の願いだろう。
学食内のスペースには近所から出張販売のパン屋さんも来ていて、そこのパンが絶品なので私も時々買って食べてる。
つまり、学食は毎日が席取りが大変なのだ。
どっか空いてないかなぁとキョロキョロしていたらマナちゃんがターゲットをみつけた。
「紀之〜っ、席2つキープねっ」
私もマナちゃんの声に軽く手を振る人をみつけた。
自動販売機でミルクティーを買ってその人物のところに先に向かう。
スペAを目の前に置いたその人は久瀬 紀之先輩。マナちゃんのお祖父さんの道場に通っていて(マナちゃんのお家はお祖父さんが剣道の、お父さんが空手の道場をやっている)マナちゃんとは小学生の頃からの付き合いらしい。
黒髪を短めに整え、いつも背筋をビシッと伸ばした姿は映画などでみる武士のようだ。
陽だまり庵の店員さんみたいに派手に目を引くイケメンさんではないが、剣道部の部長であることと、精練され落ち着いた振舞いでなかなか人気のある先輩だ。
3つ空いている席の中、先輩の斜め前の席に座った。
「先輩もスペAですか?」
「今日は母親が寝坊しておにぎりしか渡されなくてな」
「えっ、おにぎりも食べるんですか?!」
「いや、それは朝練の後にもう食べた。昼用の弁当がないからスペAじゃないと腹がふくれない」
「……なるほど……」
そういえば、たまに学食で一緒になる時は大抵巨大なお弁当と学食メニューの何かを食べている。
マナちゃんといい、先輩といい、武道を嗜む人の胃袋は何か特殊なつくりなんだろうか……
「別に武道をやっているからよく食べるわけじゃないぞ」
「ぬをっ」
なぜ心の声がばれたのだろう……
「澤木は感情が表に出やすいからな、何となくわかる」
またっ、き、気をつけよう……
そういう先輩はここまで一切表情を変えない。
別に怒っているわけでも不機嫌なわけでもなく、ビックリするほどいつも無表情なだけだ。
先輩とは中学校が別だから、去年マナちゃんに紹介された時に「愛想がないけど別に怒ってるとかそんなんじゃないから、気にしないでね」と、何度も何度もマナちゃんに念を押された。
何でそんなに? これは何かのフリなのか?!
なんて疑ってたら、ただ本当に表情筋が全く機能しない人だった。
先輩は私の前にあるお弁当箱を見て少し顔を傾げた。
「俺にしてみたら澤木の食べる量の方が驚きだがな。
そんなので本当に腹が膨れるのか?」
「私は一般的な女子の食べる量です。ダイエットしてる子なんてもっと食べないですよ」
「眞奈美はその弁当なら4つは食べるぞ」
「マナちゃんの胃袋は女子の規格外ですからっ、マナちゃんを基準にしちゃダメですよっ」
「そうなのか?」
「そうなのですっ!」
拳を握り力説しておいた、先輩の中での女子はマナちゃんが基本のイメージになっていることが多い。
食事量だけでなく行動なんかもそうだから、たまにその発言にビックリさせられる。
前に食堂で一緒になった時、先輩のクラスの女子の先輩たちもいたことがある。
その時の話題に電車での痴漢被害の話がでた。
その朝に被害にあって怖かったという先輩に、
「ちゃんと捕まえたのか?」
と、サラッと聞いたのだ。
「え?」と固まる周囲も気にせず続いて出たのは……
「その場でしっかり捕まえておかないと今度は違う女性が被害に合うだろう。
大声を出すでも、腕を掴むでもして、キッチリ駅員に引き渡したのか?」
という言葉。
多分、被害にあったという先輩が紀行先輩に求めていたのは「大丈夫だった?」とか、「痴漢は許せない」とか、もしかしたら「痴漢に合わないように俺が一緒に乗ってやるよ」的な言葉だったんだと思う。
間違っても返り討ちにしたかの確認ではないはずだ。
当然というか、目を釣り上がらせて「そんなことできるわけない、もし仕返しされたりしたらどうするの?!」と騒ぐ女性陣に、不思議そうに返した言葉が私は忘れられない。
「仕返し? 明らかに悪いのは痴漢だろう?
それを捕まえて逆ギレしてきたのなら遠慮なしに叩きのめしたらいいことだ。
殴ろうが蹴ろうが正当防衛ですむだろう?」
その言葉に女性陣は怒っていなくなり、やれやれと呆れた顔はするものの何も言わないマナちゃんの横で、私と紀行先輩の友達である鈴木先輩の2人で、必死に説明をしたのだ。
女性は力で男性にはかなわないものだ。
一般的に襲ってきた男性を叩きのめす事が可能な女性は少ない。
強い男性は女性を守ってやるものだ。
そして、マナちゃんはいろんな意味で世間一般の女性とは違うから、他の女子がマナちゃんと同じことができると思ってはいけない。
特に最後のことは念入りに話した。
どこか不思議そうにしながらも分かったと頷いていた先輩。
私はこの時、紀行先輩が人気はあるのに彼女がいない理由がわかった気がしたのだった。