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お兄ちゃんが帰ってきたのは、言われていた時間より随分早かった。
「おかえり〜、どうしたの? 早かったね」
「ああ、店長が今日はブリ大根だから早く帰っていいですよってさ」
物音に気付いた私が玄関に出迎えに行くと、お兄ちゃんは靴を脱ぎながらそんなことを言った。
まさかあんな一言でシフトを早くあげられるなんて思ってなかったから、慌ててしまう。
「わ、私のせい!? えっ、どうしよう。そんなつもり全然なかったのにっ」
「冗談だよ。なんか今日、尚人さんが急に出られなくなってさ。店長も今日は外せない用事があるらしくて、夜の方は休むことになったんだよ。うちの店は店長か尚人さんがいないと開けられないから」
私の頭を一撫でしてからリビングへと向かうお兄ちゃんの背中を、少しホッとしながら追いかける。
「尚人さんって、ケーキを作ってるっていうナオさんのこと?」
「そう。陽だまり庵開店の時からいる一番の古株でさ、夜はほとんど尚人さんがみているんだ。尚人さんがいない日は店長が出てるんだけどさ。夜の営業をやらないなら、切り替え時間の17時で閉店ってことで、早く帰ってこられたんだ」
疲れたようにソファに座るお兄ちゃんに、コップに並々と入れた麦茶を出してあげる。
お兄ちゃんはそれを「ありがとう」と受け取ると、一気に飲み干した。まさかの一気飲みに驚いたけど、すぐにお代わりをいれて渡す。お兄ちゃんは今度はゆっくりそれを飲んでいるけど、何だか今日のお兄ちゃんはいつもより疲れているようだ。
最近忙しそうだったし、早く帰れたのは良かったのかもしれない。
「でも急にお休みだと、シフトを入れてた人たちは困るだろうね」
「そんなことないさ。自分達の都合だから、今日の分はしっかり給料出すって店長言ってたからね。有給もらったようなものだ。みんな喜んでるさ」
「そうなの? それは太っ腹だね」
「実際あの店は店員の扱いがいいよ。時給も高いしね。だから皆なかなかやめない」
「お客的にも学生にも、気軽に行ける値段はポイント高いよ」
「そうなんだよな。たまにポンと暇な時があるけど、大抵賑わってるし。店長が欲を出したら2号店とか3号店なんてすぐできそうなのに、そんな気ないって言ってるのがずっと不思議だったんだ。……ただ、今日なんとなく、その理由がわかった気がするけど……」
「え?」
最後の方が聞き取れなくて聞き返したけど、お兄ちゃんは何でもないって教えてくれなかった。
お兄ちゃんがテレビのニュースを見始めたので、途中だった夕飯の支度を終わらせようとキッチンに向かう。すると、お兄ちゃんが思い出したかのように声をかけてきた。
「なぁ、雪菜。今日店にきた時に居たお客さんの事、どう思った?」
それはあのイケメンさん2人組の事かな?
お兄ちゃんの質問で真っ先に浮かんだのは、怖いくらいのイケメンさんの顔。
「すごいイケメンさん達だったね〜。流石、陽だまり庵はお客さんまでイケメンなのかって驚いたよ。マナちゃんなんて、陽だまり庵の事イケメンホイホイって名付けてたよ」
「あいつはどうしてそうアホなのか……それだけか?」
「何が?」
「いや、イケメンだっていう以外に、何か思わなかったか?」
「え〜? 特には……あえて言うなら、なんか怖い、くらいかな」
「怖い?」
お兄ちゃんの声に険のある気がしたから、慌てて弁解する。
「別に何かされたとかじゃないよ。あんなにも整った顔って、無表情だと怖いなぁ〜って思っただけ。むしろジロジロ見てた私たちの方が、失礼な事をしちゃったと思うし」
「それはまぁ、気にしてないと思うが……そうか……」
その後しばらく待ってもお兄ちゃんが何も言わなかったので、その話は終わったのかな? と、私はまた料理に集中した。
やっぱりあれだけのイケメンさんだと、お兄ちゃんも気になるのかな?
大丈夫。
兄バカの妹から言わせてもらうと、お兄ちゃんの方が絶対かっこいいよ。
少し早いけど、夕飯ができたので夕ご飯にすることにした。やっぱりできたてが一番美味しいからね。
2人で向き合って「いただきます」をして食べ始めると、お兄ちゃんがいきなり今日の私の地雷を踏んだ。
「ところで、山田君とはうまくいってるのか?」