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終章、遥か遠い観空

終章、遥か遠い観空


         <一>


 朝露ノ観空が未来を信じる事を決めて歩き出した一時間前。

 一つの鮮やかな赤い、赤い光が爆ぜた。

 

 昼下がりの猛暑の中、汗をびっしょり掻きながら、小さな少年と背の高いすらっとした整然とした女性が果物を主に販売している露店の前で品定めをしていた。

「かあさん、あの林檎かってぇよ」

 露店の商品棚に置いてある林檎を鷲掴みにして、子どもは無邪気な笑みを浮かべて母親に見せびらかせている。母親はそれを嗜めるように子どもの手を引っ叩く。熱風に乗って軽い音があたしの耳にまで届いてきた。ああ、親子なんだなって感じる。

「駄目ですよ」

「かぁってよ」

 子どもは両手を広げて、空気を叩くように何度も振った。

「駄々を捏ねても駄目です」

 母親はきっぱりと子どもの大きな瞳を見つめて正す。

 微笑ましく感じた。遥か遠い日に同じモノをあたしも感じていた。いや、あの風景の中にいたから。

「昔の澪も……いえ、昔の観空も……あんなだったか……」

 思い出にある観空は常に強がりばかり言う子だった。いや、いまさら思い出に浸るのは止めにしよう。月見遥としての最期の仕事を果たさなければならないのだから。

 あたしは雲ひとつない空を見つめる。さらに記憶と目を繋げると空の果てから、人の脳みそを乗せてコンピュータ制御でアリアを暴走させるシステムが搭載されたミサイル―通称アリアボックスが和国を破壊する為にここへと直撃するのが見える。

 月見観空の死後、月見遥の未来が分岐して一人はあたし―詩衣夏こと朱、もう一人は朝露ノ遥になった。あたしは未来を変えようとした果てに観空と喜びを分かち合う為に澪を産み、もう一人は未来に復讐する為に子孫を残した。観空の求める神様はなんて優しくて、厳しいのだろうか。そう心で呟きながら最期のアリアをあたしは唱える。

 月見観空が帰ってくる世界、月見観空が未来の果てに創設する新世界の礎となるならばと、あたしは微笑んだ。だが、涙が出るのだ。

「願わくば……観空と雫と冬架とあたしの四人でまた、馬鹿でどうしようもない日々を過ごしたかったね」

 涙が後悔を鈍らせる前に唱えよう。あたしの近くには先程の親子が仲良く、手を繋ぎながら野菜の入ったバケットをその握った手の間に通していた。それは守るに値する光景だ。

 あたしはそっと、お腹を撫でる。月見観空がくれた力を今、解放する。

 十一対の翼があたしの意思に反応するように眩く輝く。

「朝露ノ観空の意思を継ぐ名の元に置いて全セフィラ開放」

 突如出現した白光に輝く別空間からあたしの身長の五倍以上長さのある樫の杖が出現し、あたしの手に自然と収まる。そして、その杖を両手で強く握り締めて、天空に突き立てた。

 あたしの中にいる月見観空のアリアマター―感情共鳴物質が十一対の翼から溢れ出し、樫の杖から懐かしい人物が具現化される。

 紅い髪、紅い円らな瞳。前腕には青色のリボンを巻きつけて、雫にいつも着せられていた黒いゴスロリ系の服を無理なく着こなし、相変わらず胸は絶望的にない。十一歳のままで時が止まってしまった人と神との間の存在―月見観空があたしの手に触れ、満面な笑みを浮かべた。

 あたしは泣き喚いた。アリアマターの生み出す光のカーテンが観空とあたしを包んでゆく。

「はーねぇ。久しぶりです。諦めたら、めっなんですよね? さぁ、和国の人々を救う為に私と力を合わせましょう」

 観空が手をすっと差し出す。あたしがそれを愛おしむように両手で包み込んだ。

「観空……。みそらぁ。うん。行くよ、久しぶりに」

 二人の手は樫の杖に触れた。

「その翼、遍く世界を越える虚無にして無限」

 あたしと観空の背から現世では在り得ぬ紅い、紅い、深遠な一対の布のようなアリアマターの帯がひらひらと光の奔流に乗る。

「その姫……全てのアリアの祖、イグドラシルに在りて神を制する者なり」

 威厳に満ちた観空の声が周囲に響いた。

「二つの意思において母、子が詩う」

「具現化せよ!」

 あたしの言葉の後をまるで、同じ人物が続けて言うようなリズムで無理なく、観空が叫んだ。

「言霊は神姫の裁き、ロストガーデン。禁断消滅形」

 重なり合う最期の二人の声が樫の杖の先端へと伝う。あたし達を軸にして、瞬時にして周囲へと光の奔流は肥大化してゆく。人々はその母なる海に似た光海に魅了され、包まれてゆくしかなかった。人々の瞳には恐怖といった俗世の感情はなかった。ただ、無心にその光に憧憬の念を刷り込まれた。


 遥か上空を飛ぶアリアボックス五機が和国から溢れ出す光に満ちてゆく。その光はアリアボックス内に縛られていた人々を浄化するように、アリアボックスと内部で電極に繋がれた人々の体を抱擁し包み込んでゆく。

 ある少女はその光を見てこう言った。

「やっと、しねるのね……ありがとう。かわいい、おねぇさん」

 少女の瞳には涙が一閃、輝いた。その少女に対して光の中、立っていた紅いツンテールの少女は言う。

「もう、誰も憎まなくても良いんだよ。私が悪い奴をやっつけてくれるからね」

 少女はこくりと頷き、慟哭の微笑みと共に光海に還った。


 完成と同時に樫の杖は消え去り、紅い二つの光が空へと、空へと高く飛んでゆく。

 大きな紅い光であるあたしは小さな紅い光の観空に話しかけた。

「終わったんだね、あたし。でも、悲しくないよ……。観空、二人で何処に行こうか?」

「はーねぇ、そう言って締め切りだったんだ。ゴメン、いけないって言うからな」

「もう、締め切りはないよ、観空」

「秋葉はないしですよ。動物園に行きましょうか?」

「そういう可愛いところは変わらないね、観空」

 二人は止め処ない会話をしながら和国をぐるりと旋回した後に何処かへと飛んでいった。その先を知る者はいない。もしかしたら、遠い日々のあの時へと。


―ねぇ、そこの一般的な子ども―

  ―なん、なんですか。金なんかないですよ。お菓子も持ってないです―




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