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断章、世界が終わる日

 断章、世界が終わる日


             <一>

 

 記憶なんて無くなればいいと何度も少女は思っていた。けれども、それは間違いだったという事に女性になって気づいた。だが、遅かったのだ。

 だから、これは少女の思い出し得る限りの愛おしい人と最後に過ごした記憶の回想とでもして置きましょう。

 燃えさかる町並みは全てが本物だと言わんばかりに、夜空という部屋の中で朱化粧をしていた。

 少女はそれを近くの公園の滑り台から眺望しながら、美しく気高い炎を髪や瞳に宿した自分の妹の事を思い出した。

 未来が正されていなければ、妹はここへと来てしまう。

 数秒、数分経ても、少女の耳に聞こえてくるのはけたたましいサイレンの音のみで少女が恐れていた、望んでいた声を聞く事はなかった。

 大きく伸びをして燃えさかる町並みを見つめた後、深く頷く。

「さて、家に帰って避難の支度をしますか、もうすぐ戦争が始まるからね。観空、あんたは生まれて来ないで良かったのか? あたしは……そうは思わない」

 燃えさかる炎はアリアが起こした炎だという事は少女は知っていた。妹とその仲間達と共に今、開戦されようとしている第三次世界大戦の資料をかき集めたのだから。

 この後、日本に放たれる全てのアリアの祖、ロストガーデンは放たれない未来へと改編されたはずだ。他ならぬ、少女がロストガーデン発生拠点地を破壊して回ったのだから。

「二年の努力は実った。でも、こんな未来も望んでなかった。観空、消えちゃう。どちらにしても」

 少女がゆっくりと俯いたのを狙ったかのように、

「はーねぇ! 退いて!」

「未来は変わったはずなのに! み、」

 少女は背後から強い衝撃を受けて強制的に滑り台から滑り落ちた。叫び、振り向くと上空に紅いツインテールの少女、少女の妹はいた。小さな背中に二本の金色の鞘―世界樹の鞘を背負い、両前腕にはチャームポイントの水色のリボンを巻いていた。

 妹は少女に御免なさいというように片眼を瞬いて、迫り来る構想ビル並みの高さを誇る光の波に目を向けた。

 妹の持つ二本の小さな樫の杖から唐突に淡い光が生じ始めて、

「言霊は永久なる、二層式ロストガーデン!」

 と叫んだ瞬間に光はご主人である妹に従うように光の波へと奔ってゆく。光の波と比較して、樫の杖から生じた光はサッカーボール程度の質量しか持ち得ていなかった。

「らいは変わったはずよ! 観空!」

「嫌な予感がしたんだ、変わっていないよはーねぇ! もう、対策を講じる暇なんぞない! だから」

 少女を観る事も無く、妹は少女に背を向けてそう言った。

 世界樹の鞘から淡い光の粒子が発現し、妹に感情共鳴物質を供給し続ける。それを利用して、光状の剣―ケテルが漆黒の空に遊泳しているミサイルを貫いていた。

「はーねぇだけでも守るんだ! 私の全てだから!」

 少女は健気な妹に加勢したかったが、妹のようにアリアを扱う事は不可能だった。少女はただの人間なのだから、かつて兵器と呼ばれていた妹とは違いすぎるのだ。

 少女は苛立ちを隠せず、地面から右足を離し、再び、急速に地面へと付けた。

「アリアが、アリアが、あれば! 言霊は勝利の剣、フレイ」

 言ってみたところで魔法のようなアリアが使用できるはずがない。そんなクソゲーのようなご都合主義設定は世の中にはない。ただ、あるのは目の前にある実に合理的な必然と必然が絡み合って生じた思い通りには絶対にならない現実という融通が利かない設定だけだ。

 アリアを顕現させるべく、四苦八苦している少女を愛おしむように目を細めて妹は見つめていた。

 その間にもミサイルが四方八方と飛来してくるが、全て妹の生み出したアリア―光の剣、光の矢、水、炎の鎖がそれらを粉砕する。そして、光の波も樫の杖から放たれた光によって進行を食い止められていた。

「はーねぇ、悪い神様にならないで下さいね」

 少女の聞きたくない言葉を妹は天真爛漫な表情で掠れた声を微塵も隠さず言い切った。

 それはまるで別れの挨拶のような言葉だった。むしろ、私はこれから死にますと言っているようなものだ。

 少女は鮮やかな赤い光が乱連する夜空に手を伸ばした。けれども、掴みたい小さな、小さな指先の持ち主は遥か、上空に存在していた。

 それを横目で一瞬、妹は凝視し、

「言霊は我の勝利は愛おしき者の無事、ネツァク」

 と優しい声でそう言った。

 妹の背に様々な輝きを魅せる十一対の翼がすっと消え去り、一対の巨大な赤い翼を形成する。

 その翼が緑色の光を降らせて、少女が手を伸ばして掴もうとすると少女の手から逃れるように消えた。

 少女の伸ばした両手は微かに震えていた。

「あ、あ、あぁあああ」

 予想外なのか、予想できたのか、解らない展開に放心するしかなかった。ただ、少女は思っていた。

 これがあたしの書いた小説ならば、ハッピーエンドにするのに! どんなにご都合主義と言われてもするのに! と。

「はーねぇ、可愛い……を育っててください。また、……と会えますから」

 記憶の混濁がある妹の言葉は一部再生出来ない。

 妹は赤い翼を羽ばたかせて、光の波へと飛び込んでゆく。小さな身体は光の波の中に掻き消えた。数秒の間もなく、光の波は消滅し、深紅の薔薇の花びらが輝き咲いた。

 それが妹の姿を見た最期となった。

 空から二本の世界樹の鞘と一粒の小さな赤い光がふんわりと降ってくる。

 二本の世界樹の鞘は公園の砂場に突き刺さった。小さな赤い光は少女の身体の中に溶け込んでゆく。

 一瞬! 一瞬にして妹が使用していたアリアの全知識が頭の中に駆け巡った。激しい頭痛が伴うが、抵抗する事無く、その知識を吸収してゆく。

 ミサイルが少女を目掛けて飛んでくる。少女は手を掲げてそれを妹の仇であるかのように睨み付けた。

 見開いた瞳から赤いコンタクトレンズが落ちるが、少女の裸眼は朱色に塗り替えられていた。

 唇をかみ締め、ぼそりと叫ぶ。

「失せろ……。失せろ! 失せろ! 全部、消えてしまえ!」

 少女は鬼気迫る形相で世界を嘲笑った。そして、覚えたてのアリアを諳んじる。

―我はイグドラシルの後継者、朝露ノ遥。

 舞え美しき線! 飛び散れ血よ!

 代償は我が全てで支払おう。

 言霊は炎天の鎖蛇、ゲブラー。―

 少女の掌から数多の炎の鎖が飛び出し、ミサイルを貫通した。それでも止まらず、暴れ狂うようにミサイル以外の民家や、ガードレール、滑り台、公園の片隅にある古くなったダンボールハウス等を爆ぜさせる。

 人々の怒号と悲鳴の中、少女だけが世界樹の鞘を握り締めてにやりと笑う。

「観空を! 観空を! 還して! どうして! どうして! あたしは復讐する。いろいろ頑張って運命は変わっていったのにどうして!」

 咳き込みながら、涙を流し鼻水を啜りながら、

「どうして! あたしは世界に復讐する。その為に神になる」

 そう決意を示した刹那、人間であった少女自身が虫けらのように思えた。

 ああ、神になれたんだ。なれて幸福だという感覚が身体を駆け巡った。それは少女をようこそ、本当の知的生命体である神の領域へと祝福しているようだった。


 記憶を頭の図書館に収め直した。

「そろそろ、会いに行きましょうか? そうでないとあなたが死の恐怖からアリアの少ない過去で詩衣夏のアリア、フェアリーティルを使用してここまで来た意味がないものね」

 薄暗い部屋の中で女性は微笑んだ。

 女性の紅い髪だけが周囲の黒という絵から外れて際だっていた。

 机の端から掌を走らせて、手探りで紅い瞳のレンズを手繰り寄せた。

 女性は溜息をふぅと吐くと、つくづく運命とは皮肉だ、自分をこの世界に導いた同質のアリアを使用できるのだからと思慮した。

 そのアリアを噛み締めるように詩う。

―我はイグドラシルの後継者、朝露ノ遥

 示す奇跡は一瞬間 翼無き翼を背に

 代償は我が全てで支払おう。

 言霊は一瞬間跳躍、フェアリーティル。―

 アリアが完遂されたと同時に女性の姿は闇に溶け込むようにして、その空間から消失した。





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