【 2011年11月11日11時11分 】その3
だんだん文章が多くなってくる。なーぜー?
第三話です。11月11日に更新したかったので、頑張りました。
起承転結の「転」思ったようには進みませんでしたが、ご賞味くださいw
あれから一週間経った。
ライナーの言うところの魔法陣を描く作業は思ったよりも楽だった。
全然違う世界なのに言葉が通じることが疑問だったけれど、それが魔法の失敗で他の世界から来たのではなく。
魔法で呼ばれた証拠だと言われた。
その国の言葉がわかるのではなく、言葉を発すると魔法の力でその世界の言葉に変換されるのだという。
その証拠にライナーがしゃべる唇をよく観察すると、しゃべっている口の形と耳に入ってくる音が違っていた。
妙に間がある時もあり、それはまるで外国の映画の吹き替えを見ているよう。
当たり前のことだが、本来は日本語とは違う発音の言葉であるようだった。
作業はライナーに魔方陣を形作るパーツひとつひとつを書いてもらって、美子が指示された場所に書き写す。
読めない変な文字は、形として捕らえて書き写せばいい。
それだけだ。デッサンは得意だったから、逆にこんなに簡単で良いのかと拍子抜けしたくらいだ。
手始めに書いてくれと言われた円だけで、ライナーは感激してくれた。
真ん丸い円を描くことなど朝飯前。ためらうことなく描ける。
「完璧です。私が書くよりも美しい完璧な魔法陣だ。ありがとうございますタカハシミコ様」
「喜んでもらって良かった。それより、その高橋美子様って呼び方止めてくれない?」
「では何と呼べばいいのですか?」
「タカハシミコは、私の家族の名乗る性と、自分自身の名前の二つが合わさったものなの。あなたをライナーと呼ぶのと同じで私の事はミコでいいわよ。敬称はいらないわ」
「そんな訳には行きません。客人は丁重にもてなすのがこの世界の文化です。ミコ様と呼ぶことで許して頂けますか?」
「そうね…まぁいいわ」
その後、ライナーに試し書きでいくつか呪文を抜いた手本を書いてもらった。
意外なことにライナーは図形を描くのが苦手のようだった。
外周の円は迷いのある波打った線で出来ている。
「何で歪んだ線になってしまうの?」
「普段はこんなに小さく円を書くことはないからです」
そう言って、何もない広い部屋の中央に白い塊で円を描く。
自分を中心にして描くスピードはさっきよりも速い。
あっと言う間に描いてしまう。
「いつもはこんな風に作業場で描くから、小さく書くのは苦手なのです」
ムキになる様子がおかしい。
思ったよりも可愛い性格のようだ。
「なるほどね。じゃあ。作業をはじめましょうか」
幾つかの練習をして、本番に入った。
筆記用具は羽ペンにインク、書くものが羊皮紙…羊の革の表面を加工して滑らかにしたもの…だったので、慣れるのに少し時間がかかった。
けど、色々な技法の練習をしている時にインクをつけて書くガラスペンなどを使った経験もあったから、全く触ったことのない筆記用具で戸惑うということはなかった。
美子がかかなければならない魔法陣は300個。
一日10個は確実に進んでいるから、30日…約一ヶ月で仕事は終了することになる。
契約が完了しなければ帰れない魔法だが、この魔法にはもうひとつ契約完了した時に美子に報酬が入るようになっているらしい。
たったひとつ願いがかなう。
それが報酬だ。
時は止まっているという説明だったけど、この世界で過ごす美子自身には適応されないみたいだった。
時間が立てばお腹も空くし、トイレもいきたくなる。
生理現象は普段と同じ。
美子自身の体の時間も進んでいるようだった。
大学生の美子には一ヶ月余分に生きたとして、向こうの世界とタイムラグが生じる訳はない。
美子自身は就職活動の猶予期間が出来て、ちょっと開放された気分になる。
それから、心配していたトイレはウォシュレットはなかったけど、普通の便座で安心した。
どんな原理で動いているのか判らないけど、普通の水洗だ。
食事はパンとスープと切った野菜や焼いた野菜。
香辛料と塩で味付けした焼いたり煮たりした肉や魚。
どれも美味しかった。
お風呂は寝室の隣にあって、私専用の横長の陶器製のバスタブ。
猫の足がついたもので、入る時には丁度良い湯加減になっている。
ベッドのマットはふかふか。
まるでホテル住まいのようだ。
二人で一日部屋にこもっているのに、料理などはどうしているのだろうと思ったら、身の回りの世話は全部魔法で作った小人がやっているという事だった。
歪な丸で作られた、出来損ないのぬいぐるみの団体が部屋を駆け回っているのを見た時には、3Dのクレイアニメかと思った。
けど。現実だった。
いや魔法世界か。
目は大きな黒目で可愛いけれど、全体に歪んでいる。傷跡とか包帯とか似合いそう。
いわゆるキモカワって感じ。
「可愛いけど、ちょっと変じゃない?もうちょっと線の丸みとバランスを考えたら。もっと可愛くなるのに」
「可愛い?彼等は仕事をするために作られた。仕事が出来ればいいでしょう」
素っ気無く返事をされた。どうやらライナーはセンスが無さそうだ。
この日は食事をしながら、話をした。
「私ひとつしか魔法陣書いてないけど、魔道書を一冊作っただけじゃダメじゃないの?印刷とかあるの?」
「印刷?…いいえ。そういう技術はこの世界にはありません。でも原本は一冊あればいい。完成したら仲間と魔法で複製を作る予定です」
「魔法で複製を作るのか。それにしても仲間って?」
「私が魔道書を作る手助けをしてくれる仲間ですよ。今は事情があって会わせることが出来ませんが、みんな会いたがっていると思います。完成の折、元の世界に帰る前に会ってくださいね」
「本を作ってどうするの?」
「魔法学校に行けないものにも魔道書で学ぶ機会が出来ます。そうすれば、高価な代償を払って術を頼まなくてもよくなります。貧しいもの達も世界に満ちるこの力の恩恵を受けることが出来ます」
「貧しい人?そんな人たちがいるの?」
「ええ、そうですよ。生まれの違いで生活が違う。魔法を使う道…魔道は人のためにあると学校では教えているのに、現実は違う。小数の人たちで独占された力になってしまっている。私はそれを無くしたいんです」
「え?なになに。私って人助けしてる?」
「そうなれば…と、願っています」
…とても良い人じゃない。
美子は思った。
それからの作業は順調に進んだ。ゴールは目の前だ。
ライナーは生真面目だけど、堅苦しすぎないところが好感が持てた。
作業後半にはライナーと美子は仲良くなり、この生活にも慣れて終わりを迎えるのが何となく寂しく感じるようになっていた。
「明日は最後ですね」
「そうね」
「願い事、決めましたか?」
そうだった。契約が終ったら一つだけ願いことが叶う。
もし何でも叶うのならば、一番私を悩ませている就職を願うのがいいのだろうけれど。
私は迷っていた。
いつの間にか帰ること自体を考えないようにしていた。
一応何とか更新。
次の回で最終回です。