幸せな家族(偽)
この気持ちをどう表現したらいいのか。
四十年生きてきて、本気でぶたれたのは初めてだ。
その相手が、妻だなんて。
いい笑い者だ。
(忠彦は玲子が出て行ったドアの辺りをぼんやりと見やりながら、ウィスキーのビンを煽る)
どうしてこうなってしまったのか。
子供が手から離れたとたん、別れようだなんて。
いままで二十年、順風満帆とはいかないものの、二人で何とかやってきたじゃないか。
一生のパートナーだと思っていた。
別れるなんて夢にも思っていなかった。
別れたいと言い出されたときも、吹き出してしまったほどだ。
酔っていたからかもしれない。
だが、玲子の真剣さに気付かなかった。
そもそもそれが、既に結婚生活の破綻を物語っていたのかもしれない。
相手が真剣なのかそうでないのかすら解からないことが。
(ネクタイを乱暴に解き、ふとキッチンボードに目を留める。そこには息子の新しい連絡先が書いてあった)
玲子は、正彦も承知の上と言っていた。
あいつは何を承知していたと言うのだ。
ついこの間、三人で就職祝いをしたばかりじゃないか。
玲子も正彦も、その時は笑っていたじゃないか。
笑顔の裏で、俺との別れを決意していたのか。
二人で俺をコケにしていたのか。
(忠彦は感情の赴くまま、キッチンボードに張ってあるプリントを引き剥がし、カウンターに並べられた調味料、皿、鍋などを薙ぎ払った。けたたましい音を立て、それらは床へ叩きつけられた)
勝手にしろ。
俺は悪くない。
きっと新しい男ができたんだ。
そうに違いない。
息子と手を組んで、慰謝料をふんだくるつもりらしいがそうはいかない。
訴えるのはこっちだ。
騙された。
ずっと幸せだと思っていた。
ずっと、幸せだと思っていたのに・・・・
(皿の破片が散乱した真っ暗な部屋に、忠彦は一人、突っ伏して泣き崩れた)
男性の傲慢さを描いた作品です。
反面教師的なものだと思っていただければ。
実は、夫婦喧嘩の懺悔のために書きました。
後味が悪くてすいません。
大体において、悪いのは男のほうなのでしょう…