絶対婚約破棄したい悪役令嬢の断罪計画は、殿下にはお見通しだったようです
カーン(ゴング音)
——豪華なシャンデリアに照らされた空間。
色とりどりの料理が並び、煌びやかな衣装に身を包んだ年若い男女がそこかしこで談笑をしている。
会場は華やかな雰囲気ながらも、穏やかな空気に満ちていた。
今夜は学園の卒業パーティーだ。
といっても私はまだ卒業までにあと1年残されているのだけれども。
そんなゆったりとした会場の雰囲気が一変したのは、
「殿下、彼女ですわ!彼女——ヴィヴィアン・アビーさんがあたしにひどい事をたくさんしたんですのよ!」
彼女——プリシラ・ネトッタールデー男爵令嬢のこの叫びがきっかけだった。
隣にいた殿下は「おや?」と少しだけ目を見開き、私とプリシラさんを見て首を傾げた。
「君が今、指をさして断罪をしようとしている女性は僕の婚約者なんだけど……」
「承知の上ですわ!だからこそ今、殿下に知っていただきたいのです!」
プリシラさんは私をキッと睨みつけ、
「彼女がどれほど醜悪で、殿下の婚約者に相応しくないのかを!」
私は震えそうになる唇をきゅっと噛む。
精一杯の虚勢でも、張らないよりはマシなのだろう。
そうでないと今にも足元から崩れ落ちそうな感覚が広がる。
私は目に力を入れる事を意識し、段上のふたりを睨み返した。
「あなたが私の本性を白日のもとに晒すと?できるものならやってご覧なさいな!」
***
①、プリシラ嬢の教科書・テキスト類が泥にまみれ、破り捨てられていた事案
「絶対、ヴィヴィアンさんがやったんです。あたしのテストの成績が彼女より上位なのを妬んで……」
殿下はちょっと困り顔で、
「誰かこの件について知っている者は……」
私は「はい」とすっと挙手をした。
「私がやりましたわ」
——!!?
周囲は一瞬にしてざわついた。
殿下は美しい青い瞳をことさら大きく見開き、唖然とした様子だ。
「ヴィー……?それは……」
「彼女のいう通りですわ。プリシラさんが優秀なのが癪に触りに触りまくりましたの。なので、教科書をこうしてこうしてこう……」
私は本を破り捨て、その場でダンダンッ!と踏みつけるような仕草を観衆に見せつけた。
殿下は片眉をあげながらも、「誰かこれについて他に情報を持っている人はいる?」と周囲に声をかけた。
「はい」と1人の女生徒が手を挙げる。
「確かにプリシラさんの教科書が破り捨てられて泥まみれになった実物を、私もこの目で見ました。ただ……」
「ただ?」
殿下は女生徒の証言に相槌を打ちながら、続きを促した。
「その後、『教科書が無いと不便でしょうから』と言ってヴィヴィアンさんのテキストを2人で見ながら授業を受けておられました」
「へえ……」
プリシラさんは慌てて、「自作自演に決まっております!」と声を荒げた。
私もうんうんと頷いて、「私が疑われないように親切にしたまでですわ!」とプリシラさんの言葉に全力で乗っかった。
「そこまで偽装しておいて、今は随分あっさり罪を認めるんだね?ヴィー」
「年貢の納め時ってやつですわね、殿下」
納めるタイミングは見逃さない主義なんですのよホホホ、と私は悪役令嬢っぽい高笑いをしてみる。
***
②、プリシラ嬢がヴィヴィアン・アビーに押されて学園の池に落とされた事案
「これは確かに、ヴィヴィアンさんに身体を押されたんです。学園の池は深くは無いのですが、尻餅をついてしまって下着までびしょ濡れになってしまいましたわ!」
「……この事について誰か——」
私はこれにもさっと手をあげる。
胸を張って、キリッと表情を引き締めながら、
「私がやりましたわ」
「……あー、これについて誰か目撃した人はいるのかな?」
殿下はざっと周囲を見渡すけれど、挙手をする人は誰もいなかった。
その事実に不覚にも私は驚いてしまった。
「え??あれって誰も見てなかったんですの!?だ、誰かいたはずではっ!?」
「しくじりましたわ」と扇の裏でつい舌打ちをしてしまう。
「今夜のパーティの出席者の中には目撃者がいないようですわね……っ!」
「……」
***
③、プリシラ嬢の机と椅子が、ヴィヴィアン・アビーによって窓から捨てられた。
「ひどいんです。私の机と椅子を窓から放り投げて、彼女ったら『おめぇの席ねーから!!』って捨て台詞を……っ!」
私は「はい!」と元気よく挙手をしようとしたところで。
「うん、とりあえずもう分かったからいいよ」
殿下に止められた。略式の美というやつだろう。
彼は呆れたように顎に手を当てながら、ため息をついた。
「なるほど。これだと流石に」
殿下はチラリと周囲を見渡す。
ひとりの男子生徒が「はい」と挙手をする。
「その現場は僕も目撃しました。というかクラス全員が目撃者です」
「だよねぇ……」
私は「うんうん」と嬉しくなって力強く頷いた。
あの大立ち振る舞いはなかなか力と根性が欲しかった。……事前に机の中を空にしていたとはいえ。
しかし苦労した甲斐があってクラス丸ごと証人となったのだ。
プリシラ・ネトッタールデー嬢は、きゅるんと大きなおめめに涙を溜めて殿下の腕にしがみつく。
「あ、あたし、怖かったんですぅ、殿下。でもこれで彼女がいかに醜悪な女性かお分かりになりましたでしょお?殿下にはもっと他に相応しい女性が……」
殿下は「はぁ」とため息をつきながら、プリシラ嬢のことはまるで無視し、私に向き直る。
「ヴィー、どうしてこんな事をしたの?」
「その女が爵位も低いくせに生意気だからですわ!」
私はあらかじめ用意してきた答えをハキハキと述べた。
扇をパチンと口元に当てながら、悪女っぽい仕草は忘れない。これぞ悪女の模範解答であろう。
私の回答を聞きますますプリシラ嬢は青い顔をして、殿下にぎゅっとしがみつく。
豊かな胸をぎゅむっっと殿下の腕に押し付けながら。
プリシラさんったらほんといい仕事をするわね、と私は心の中で親指を上に立てた。もうイマジナリー親指は天に向かってそりにそり返ってる。
……本当に。札束で彼女の頬をビンタした甲斐があったというものだ。
殿下はプリシラさんの肩に手を置き、そっと自身の身体から引き離した後、こちらにゆっくりと歩を進めた。
「それはおかしいな」と言いながら。
「君は相手の爵位が低くても……そうたとえ平民であろうと対等な人間として接していたはず。自然の多い領地で伸び伸びと育ってきただろう?そこで君の価値観は育まれた」
私はそっと目を伏せて唇を引き結んだ。
「確かに。人よりも牛などの家畜の方が多い……そんな田舎で長年療養してきましたわ。ですが……」
「領地の様々な……それこそ爵位も持たない民との交流も大切にしてきただろう?そんな君の人柄は僕もよくわかっているつもりだ」
「……畏れ多いことでございます」
私は視線を殿下から外しながら遠い領地に想いを馳せた。
侯爵家の五女として産まれた私は、幼い頃体がとても弱かった。だから自然の多い——言ってみればど田舎のとある領地で長年療養をしていたのだが……。
——まぁ結果から言うと。その領地でメキメキと身体が丈夫になり、今では全くの健康体になったのだった。めでたしめでたし……であったのだが。
侯爵家の産まれといえど五女という立場。戦略的な結婚やら縁談やらを上の姉たちの為に奔走していたのもあり、仕事も大いに忙しかったのもあるのだろう。
そんなこんなで両親は私に対して結構な放任主義であった。(半ば存在を忘れていた疑惑が濃厚)
私としても好き勝手に随分と伸び伸び領地で過ごしているうちに、領地にお忍びで遊びにきていた殿下と出会ってしまった。
多分、そこで殿下に「オッモシレーオンナ」認定を受けてしまったのだと思う。あちゃー。
そしてあれよあれよと婚約させられ、王都の学園に通うよう帰還命令が下され……今に至る。
私はぱらりと扇の内側でため息をつく。
正直、私に殿下の婚約者なんて荷が重い。重すぎる。王妃教育も嫌すぎる。
衣食住ともに何不自由なく生活させて頂いた恩は感じておれど、家族と過ごす時間が短かったせいか、家への忠誠心なんてものは正直薄い。ぺらっぺーらだ。
あと殿下の妻……ゆくゆくは王妃になってからやらかすよりも、今やらかして婚約者の立場を退く方が双方にとって良案であるとも思う。切実に。
さらにさらに……正直言うと。殿下が怖い。
今も傍でニコリと何考えているか分からない笑みをたたえている。でも目が笑ってない。こわい。
「ヴィー?」
「……申し訳ありません。殿下、こんな事になってしまって」
でも元はと言えば、散々円満な婚約解消を訴えてきたのに関わらず全案却下する殿下の所為でもある。うん。この殿下の私に対する執着も、よく分からなくてこわい。
「ヴィー、もう謝罪は良いからどうしてこんな事をしたのか本当のことを言って欲しい」
殿下は悲しげな表情を作る。
あくまで悲しげなだけで本当に悲しいわけじゃ無いな、コレは……と言うのが私の見立てであるが。
多分……怒ってるのだろう。まぁ怒って良い事案ではあるよ。激オコだよ。その怒りのままに婚約を破棄して頂きたいところではあるが。
「本当のこと……」
私はうーんと唸る。
殿下と婚約破棄して、領地に謹慎という名の引きこもり生活をしつつ商売でも始めて細々と生活できたら……。
その未来図の為に向上心とハングリー精神がずば抜けているプリシラ・ネトッタールデー男爵令嬢を買収して今回の悪役令嬢断罪劇を起こしました——とはまさか言えまい。
五女といえど腐っても侯爵家。在学中の騒ぎなら、学園を退学→婚約破棄→領地謹慎 あたりの罰が妥当と踏んだのだが。
「最近、僕にずっとプリシラ嬢が付きまと……隣にいたから、君は彼女に嫉妬してこんな事を……違うかな?」
私は殿下の言葉にはっとした。
確かにプリシラ・ネトッタールデー嬢にはいじめ被害者役だけでは無く、殿下をハニトラにかけて頂くよう依頼していた。
彼女としても私からの報酬の他に、上手くいけば殿下と恋人になれるのだからそれはもう頑張ってくれたのだろうと察して余りある。
「嫉妬……嫉妬か……」
私は言葉を咀嚼して、うんとひとつ頷く。
その線で行こう。確かに現状殿下の婚約者である私にとって、彼女を虐げるのにもっともな理由である。
私はふっと切なげな表情を作り、「はい」と挙手をした。
「おっしゃる通りです。私は自身の身勝手な嫉妬からプリシラ・ネトッタールデー嬢を陥れましたわ」
ハンカチを取り出し、そっと目尻を押さえながら、
「こんな醜い嫉妬で他者を落とし入れる女が、殿下の婚約者であり続けて良いわけがありません。私は殿下との婚約を白紙に……」
言葉は最後まで続かなかった。殿下が「あぁ、ヴィー!なんて事だ!!」と私を勢いよく抱きしめたからだ。
「で、でんか??」
「もう……何も言わなくていい。辛い思いをさせてごめんね。ヴィー」
ぎゅうううと強く抱きしめられる。
「君が……本来誰にでも優しい君がこんな凶行に出てしまうだなんて。全てはそうさせた僕の所為なんだ」
「へ?」
「断じて浮ついた気持ちでプリシラ嬢に接していないと誓えるけれど、それでも不甲斐ない僕の所為で君は嫉妬に狂ってしまった」
「いや、ちが……」
「僕も一緒に彼女に謝罪しよう……。慰謝料も言い値で払うし、彼女に良い縁談を見繕うのもやぶさかでは無い。被害者たる彼女が許してくれるまで僕も誠意ある謝罪と賠償を行うつもりだよ」
「え。いやぁ何もそこまで……」
殿下がチラリとプリシラ嬢を振り返る素振りを見せた。プリシラ嬢はキラキラとした眼差しで、こくこくと頷いている。
「殿下とヴィヴィアンさんからの謝罪は受け入れますわ……もちろん賠償も」
「あぁ、それはよかった。また後日改めて詳細を詰めるとしよう」
殿下とプリシラ嬢はお互い良い笑顔で頷き合っている。
やっぱりおふたりとても相性良さそうじゃ?そっちと結婚したら良いのでは……。
絶対プリシラさんも「オッモシレーオンナ」なのに。
私は殿下の胸元に手を置いて、彼を見上げる。
「殿下、しかし私はあなた様の婚約者たりえる資格をもう有しておりませんわ。被害者が許しても罪は消せません。この罪は……殿下にとって汚点になりましょう」
殿下はふっと柔らかく笑う。
「ヴィー、僕はね。一度過ちを犯したとて、それを許す寛容さが為政者には必要であると思う。人間は間違える生き物なんだ。……しかも君がそうなってしまった原因はこの僕にあるのだから」
「いいえ、いいえ!民を導く立場の者は過ちを犯すことなど許されるはずもございません。その一度の過ちでどれほどの人々に影響を与えるのか。殿下の伴侶となる方はやはり普段から己を厳しく律し、常に高い倫理観を持ち合わせていなければ……」
「ヴィー……」殿下は瞳に切なげな色をたたえて私を見つめた。
「やはり君をここまで追いつめて狂わせてしまったのは僕なんだ。つまり本件は僕の罪であり過ちでもある。一度の過ちさえ為政者には許されないというのであれば、それは僕にも当てはまる……そうだろう?」
「……え゛?」
雲行きが怪しくなってきたように感じ、私は片頬を引き攣らせた。
殿下は私の後頭部に手を回し、腕に力を込めた。
「幸い僕には優秀な弟が……」
「ででででんか!!」
私は殿下がどえらい爆弾を投下する前に全力でお止め申し上げた。
「たたたたしかに、我々はまだ学生の身でしたわ。己の所業を恥じ被害者に詫び、2度と同じ過ちを犯すまいと胸に強く刻み生きていくことが何より大事なのだと今急に思い直して……」
「分かってもらえて嬉しいよ。やはり国・社会としては罪を犯した者をただ罰するだけでは無く、更生の理念を忘れてはいけないよね」
殿下はにこにこと微笑みながら私の手を取る。
「はぁ」と私は取られた手を握り返す気力もなく、力の抜けた返事をしてしまった。
いやでも……やはりいじめの主犯格の女がそのまま王妃になるのはちょっとなぁ……?どうかと思いますよね。
国王様や王妃様のお耳に入ればもしかしなくてもワンチャン……と私が企んでいると。
殿下がかがみ込み、私の耳元でボソリと小声で囁く。
「市井で今流行りの悪役令嬢になりたかったの?」
「え?」
「断罪をお望みならば。僕との結婚時期を早めようか?」
「……っ!」
私はぶわっと嫌な汗が背中を伝うのを感じ、殿下を恐る恐る見上げた。
「僕との結婚が罰扱いになるのは癪だけど。君にとってはそれが1番の断罪になる気がしてきたよね」
「ひえっ、それだけはご勘弁を……」
まずい。これはひっじょーにまずい。
私の目論見では今頃婚約解消について双方で合意がなされ、身も心も うさぎ追いしかの山〜に向けて出立しているはずだったのに。
ちらりと殿下を窺い見る。
ドロリと執着の色が濃いブルーの瞳は、やはり私を見つめている。もうずっと。
私は山で追われたうさぎの気持ちになってガクガクと震えた。
殿下! よしんば殿下が私のことがお好きなのだとしても……。多分殿下の愛し方やお立場って私の良いところ全部殺しにかかってる気がするのです……。
「卒業まであと1年……」
猶予は1年。
それまでに……っ!
——やっぱり絶対に殿下と婚約破棄したい!!




