桃色お姉さんのキャンバス
『朝やでーぇ。起きんかーい。朝やでーぇ。起きんかーい。朝やでーぇ。起きん……』
おんぼろアパートのワンルームに、ガラガラ声のおっさん声が響き渡る。朝っぱらから聞いていい声じゃない。不愉快極まりない。
「……ぅるっさ……!」
枕元で叫び続けるスマホを手に取り、半目のまま停止ボタンをタップ。ディスプレイ眩しすぎ。もう一度瞼が閉じそうになったけど、今日は早番だから遅刻たら詰む。
「地球、回るの早すぎなんですけど……」
誰にも届かない愚痴を吐き捨てて、あたしは掛け布団を蹴り上げる。ボサボサになった髪を手櫛で梳かしながらカーテンを開けると、容赦ない太陽光が朝の訪れを主張してきやがった。
朝シャンで気合い入れて、ブローでレイヤーを整える。やっと鎖骨下まで伸びてきた。朝食より何より最優先なのはメイク時間。15分後には外出用の顔面出来上がり。
バイト先までは愛チャリで10分。駅前商店街にある個人経営のドラッグストアがあたしの収入源。 朝番はオーナーんちを通って店内に入るシステム。オーナーんちのピンポンを押すと、メイク前の奥さん、聖子さんが「はぁーい」って玄関扉を開けてくれた。
「はざまーす!」
「おはよう、水都ちゃん。……あれ? また髪色変えたの?」
「えへへ。そうなんッスよぉ。結構プリンだったんでぇ」
染めたてのミルクティーブラウンの髪を、ふるふると振ってみせた。聖子さんは自分のオシャレには無頓着だけど、あたしの変化を敏感に拾ってくれるから大好き。
聖子さんの手作り朝食を流し込むようにいただいて、それから急いで開店準備を開始。7時30分オープンとか、最初は「早すぎね?」とか思ってたけど、やってみると意外に朝から客来るからビックリした。
早くから来るのは、大体女子高生。商店街の先には『星花女子学園』っていう、中高一貫のお嬢様校があって、コンビニより安い価格設定のお茶とかスポドリ、お菓子なんかも買いに来る感じ。
聖子さんにごちそうさまして、廊下の角にある中通路から店内へ。ドラッグストア独特の爽やかな洗剤の香りと、ほんのり甘い化粧品の匂いが結構好きだったりする。
シャッターをうんこらせっとこじ開け、看板と薬品会社キャラクターのカッパちゃん人形を外に並べる。このカッパ、かわいいんだけどなんでカッパなんだろ? 早速、部活の朝練組が「おはようございまーす!」って元気よく挨拶くれたから、こっちも「はよーん!」って神スマイルで手振っておいた。
「あの……水都さん、開店時間前に申し訳ないんですけどぉ……」
「ん? どしたー?」
駆け寄ってきたジャージ女子が、もじもじしながら耳打ちしてきた。
「おっけーおっけー! ナプキンでいい? タンポン派?」
「し、しーっ! 声が大きいです!」
「あー、ごめぇん。ちょっち中で待ってて? 今、レジだけ開けちゃうわ」
危機迫る女子には、開店前だろーが問答無用で対応してあげるのがあたし流。オーナーが朝番の時には言いづらいだろうし、任せられてる個人店ならではの神配慮ってやつ。
「助かったぁ。電車の中で来たの気付いて、血の気引きそうでしたよぉ。ありがとうございます」
「なんのなんの! 痛み止めの胃に優しいやつも入ってきてるから、辛かったらまたおいでー」
袋いらないって言うからそのまま渡すと、通学カバンに押し込んで「はーい!」って元気よく店を出て行くジャージ女子。「いってらー!」って見送って、開店前の最終チェックに入る。
「水都さぁーん! 聞いてーぇ!」
自動ドアが開くと同時に、メガネ女子のハイテンションな声が明るい蛍光灯の下に響く。 レジカウンターで釣り銭チェックしてたあたしが振り返ると、メガネ女子は「じゃーん!」つって表彰状を広げてきた。
「えっ、マジで? コンクール、入賞したんっ?」
「そうなんです! 佳作だったけど、水都さんが応募してみなよって背中押してくれなかったら取れなかったので……ほんとにありがとうございます!」
「マジか! あたしも超嬉しいんだけどー! だってあの絵、めっちゃエモかったじゃん! 自信持って、またじゃんじゃか応募しなよね!」
「はい! あの絵、実は水都さんのネイルからのインスピなんです。水都さんの爪、見る度に違うからキャンバスみたいだなって思って。……あ、今日のも素敵ーぃ!」
「むふふ。ありがとー! これ昨日の夜、1時間かけて塗ったんだよねぇ。見る? もっと近くで見ちゃう?」
メガネ女子がキラキラの瞳で覗き込んでくる。あたしは得意気に手を広げて、ローズゴールドのグラデーションに蝶々が羽ばたくネイルを見せびらかした。
女の子は産まれた時から全員『かわいい』を持ってる。それを活かすも殺すも自分次第。飛び抜けてかわいい系のビジュじゃないあたしだからこそ、メイクもヘアもネイルも全力で『かわいい』を楽しんでるってわけ。
数人の星花生徒が入店してきたから、メガネ女子はほくほく顔で登校していった。学生ラッシュが落ち着くと、昼までは急に客足が途絶えて超ヒマモードに突入。
今日は品出し少ないから、とりあえず棚整理。それも秒で終わっちゃったから、あたしは雑巾を手にしてガラス張りの店内を拭いて回ることにした。
旦那さんを仕事に送り出したおばちゃんズが、ぽつぽつと商店街に姿を見せ始めた。知った顔見ると「あらー!」とか甲高い声を出す生き物になるの、なんでなんだろ。看板を丁寧に拭いてたら、おばちゃんズのひそひそ話が耳に入ってきた。
「知ってます? ○○さんちの奥さん、××さんちの旦那様と……」
「えぇー! ○○さんもー? うちの隣の△△さんも一昨日、この辺では見ない顔の若い男性と……」
「いやだわぁ、お盛んねぇ! △△さんち、単身赴任だからねぇ……。旦那さんが結構年上だから、物足りなかったのかしら」
……おばちゃんズの会話、相変わらず噂話ばっか。どこまでが事実か知らんけど、さも事実かのように妄想繰り広げて、次のおばちゃんへと尾ヒレつきまくりのバトンを渡していくスタイル。
これだからおばちゃんズは……。
妄想するのは勝手だけどさ、それをあたかも事実みたいに広めるなっつーの!
……と、心の中で激しくツッコミつつも、あたしの耳はしっかりダンボ状態。
「そうそう、奥さん! うちの娘ったら、私と主人が旅行行ってる間に男の子連れ込んでて! まだ17歳ですよ! 娘に何かあったらどうしてくれるのって感じですよ!」
「あらぁ、お宅の□□ちゃんかわいいから気を付けないと! 変な虫が付かないように、私もしっかり目を光らせておきますわぁ」
……単に噂のネタを仕入れたいだけだろって感じなんだけど。今時17歳で恋愛してないほうが不健全じゃない?
そういえばあそこんちの子、この前バランス栄養食の『カロリーデイト』の箱の下に、避妊具を密かに忍ばせて買いに来てたなー……とか思い出した。
年頃なんだし、ちゃんと対策してんだからええやんけ!……と言ってやりたい気持ち山々なんだけど、店員が客の買った物をバラすのはアウトだし。援護射撃してあげたいのにできない。超歯がゆい。むむむ。
おばちゃんズの止まらない妄想話を遮る勢いで「こんちゃー!」って挨拶に割って入る。あたしの気配に気づいてなかったらしく、おばちゃんズは急にコロッと笑顔を作って「あ、あらっ、水都ちゃん。こんにちわぁ」とか返して、秒で「じゃあどうもねー」って散っていった。今更解散しても、全部聞こえちゃってましたけどねー。
商店街は日常の溜まり場。そして噂と妄想の溜まり場。色んな人間模様が交錯する……。
斜向かいの先月オープンしたばっかのドーナツ専門店から、大学生バイトのお姉さんが出てきた。目が合ったからペコンと会釈すると、あっちも笑顔で返してくれた。清楚で甘い物が超似合う、めちゃカワなお姉さん。
「……また来た」
開店直後のドーナツ屋に、黒縁メガネの青年がやってきた。笑顔のお姉さんがカウンター越しに注文を受ける。ショーケースも買う物も丸見え。
あの青年、めっちゃ頻繁に買いに来てる。あたしの予想だと、ドーナツじゃなくてお姉さん目当て。会話までは聞こえないけど、あたしの『カワイイレーダー』がそう断言してる。
「おっ? ありゃあ、絶対連絡先!」
青年が財布から現金と、謎の白い紙切れを取り出した。現金を受け取ったお姉さんが、困惑気味にその紙を見つめてる。青年は挙動不審になりながらも、それをお姉さんの手に握らせた。
「……え? まんざらでもない感じ?」
色白なお姉さんの頬がピンク色に染まっていく。嬉しそうにはにかんでるし。あたしの予想だと青年の片思いだったんだけど……。
もしかして脈アリ? もしかしてもしかして、まさかの両思いパターン?
その後、お姉さんがレシートの裏に何かを書いて青年に渡してた。言うまでもなく自分の連絡先でしょ。立ち去るまで、青年はペコペコ何度も頭下げて、今にもスキップしそうな足取りで帰っていった。
「なんてこった……。そうきたかー……」
バイト終わったらお姉さんのほうから連絡するのかな……。『先程はどうも』から始まって、そんでもって『前から気になってました』とか返ってくるわけ? で、デートの約束して、告白されて……。
「はぁ、青春してて羨ましすぎるんですけど……」
カッパちゃんを拭く手が止まってるのも忘れて、あたしは深いため息を吐いていた。
店内にいても、ガラス越しに街並みが一目でわかる。だから暇な時間は人間観察するのが完全に癖になっちゃってる。なんならガラスとかカッパちゃん拭くフリして、耳ダンボにして情報収集してるし。
結局あたしも、おばちゃんズと同じ穴のムジナってこと。噂話とか妄想が気になっちゃうタイプ。
いや、でも待って! あたしは妄想を妄想止まりにしてるから! 脳内の妄想は絶対に口に出さないし、おばちゃんズと違って人に言いふらさないのがあたしのポリシーだから。
「彼氏かぁ……」
半年前に別れた男の顔が、脳裏にフラッシュバック。
『俺たちの将来のためじゃん? 水都も俺のこと、好きだろ?』
……あたしに寄ってくるの、マジで『ダメンズ』ばっかなんだけど。
ううん、『ダメンズ要素を宿した男』。その宿りし才能をスクスクと育てちゃうのが、あたしの最大最悪の欠点。
夢があるとか言ってまともに働かないヒモ男。宗教にのめり込んだメンヘラストーカー男。警察介入でやっと消えてくれたDV男……。
貯金3桁の地獄から這い上がったこの半年。聖子さんに全てを打ち明けて、『今回だけ』って前借りさせてもらって、どうにかこうにか生き延びてる状態。
あたしには、誰かと付き合う才能が一切ございませんね。最近、身をもって痛感した。いや、もうちょっと早く気付けよって感じ?
前借りの給料に色を付けてくれた聖子さんに、『水都ちゃんは優しすぎるのよ』ってガチで叱られたし、『面倒見がいいのはいいけど、それ以上はダメ』って、アドバイスももらった。
あたしの優しさが、単なる『甘やかし』とか言われても……。
……ぶっちゃけラインが分からん。『それ以上』ってどれ以上? どゆこと? どうすればよかったの、あたし……。
というわけで、中3からずっと彼氏の絶えなかったあたしだが、『じゃあ誰とも付き合わなきゃいいんじゃね?』ってことで落ち着いた。
はい。ダメンズ工場は、半年前に完全廃業いたしました……!
「あのぉ……お願いしまーす」
おっと、嚢内反省会をしてたらお客さんが。あたしはいそいそレジに戻り「さぁせーん!」と神スマイルでごまかす。
これから出社? らしきスーツのお兄さん。お口のエチケット『ミントゥア』とのど飴、それとスナック菓子『じゃがりも』の新作をカウンターに置いた。
「交通系ICで。袋いらないです」
「はーい。あっ、このじゃがりもの新しいやつ、あたしも昨日食べましたけど、めっちゃおいしいですよ! 絶対ハマります……って、あれ?」
「……あれ? 残高ないか……」
お兄さんのカードは2桁しか入っていなかった。『チャージいつの間にかなくなってる』あるある。「やっぱ現金で」と小銭入れを開いたが、しゃらん、と軽い音がした。
あわあわと小銭を数えだすお兄さん。「ゆっくりでいいッスよー」と言っても、そのうち額に汗浮かんできちゃってる。
めんどくさくなったのか、カウンターに小銭を並べだした。お? ちょうどありそうじゃん! と思ったら、惜しい! 20円足りなかった……。
「あー……やっべ。すいません、やっぱクレジットでもいいですか?」
あるあるあるある。あんま現金使わなくなったから、いざって時に困るんだよねぇ。
でも、今度はこっちが謝る番。
「すんません。うち、クレジットは使えないんスよぉ」
個人経営の生き残りにはこれまたレアにあるあるなのだが、値上げしない、もしくは安さを保つためにクレジットカード利用を導入しないのだ。カード会社に何パーも決済手数料を払うくらいなら、その分他より安い値段で買ってもらいたいってオーナーの良心なんだけど……。
「え! マジですか……。じゃあ、これキャンセルですいません」
お兄さんはじゃがりもをあたし側へ滑らせてきた。うーん、残念。おいしさを共有したかったのにぃ。
ミントゥアとのど飴だけに打ち直し、改めて会計する。袋いらないって言われたから、じゃがりもも含めて3つ、お兄さんの前に滑らせた。
「え、じゃがりもは……」
「いいッスよ。おいしいんで食べてみてください! んで、おいしかったら今度また買いに来てください」
困惑するお兄さんに「いいからいいから」と頷く。お兄さんは照れ笑いしながら「今度、感想言いに来ますね」と会釈して退店していった。
ほくほくした顔で去っていくお兄さんの後ろ姿を見送り、あたしはマイバッグから昨日買ったじゃがりもを1つ棚に戻した。めちゃハマりそうだったから買い溜めしたやつがもう1つあるから……とカウンターへ戻ったところでハッと我に返った。
「……あーあ! またやっちゃったよ……。なーんであたしはすぐ人にエサ与えて甘やかそうとするわけ? これだからダメ男が寄ってくるんだよー! 学べよ、あたしの脳みそぉ!」
溶けたチーズのように、カウンターにでろーんと伸び、激しいセルフ反省会を開催……。いいことしただけのつもりでも、『思わせぶり』って言われるのはこーゆーとこなんだわ。
あぁ母よ、善人に生んだことを恨むぜ……。
◇
店内に西日が差し込んで、棚に並んだ商品達が綺麗にオレンジ色に染まっていく。夕方のラッシュが始まると、反省なんかしてる暇はナッシング。主婦層とか学校帰りのお嬢様学生で、レジ前にはあっという間に行列が発生する。
「みなっち、お疲れぇ。代わるよん」
シフトも終了30分前になり、遅番の女子大生が出勤。息ばっちしの2馬力で行列を裁き、落ち着いたらあたしは退勤準備。
「水都ちゃん、今日もありがとね。揚げたてのコロッケ、持って行く?」
「マジですか! 聖子さん大好き! もちろんいただきまーす!」
このバイトが大好きな理由の1つ。聖子さんの手料理! 貧乏フリーターには、朝食の他にも、たまにこうしていただくおかずがめっちゃ有り難い。聖子さんマジ女神!
聖子さんに礼を言って店を出ると、街全体がエモすぎる茜色に包まれていた。商店街は朝より賑やか。サドルに跨がると「どっこらせ」と、おっさんみたいな言葉が出てしまった。立ち仕事が腰にくるからとはいえ、あたしはまだ花の20歳。いかんいかん。
駅に向かう女子高生たちの波に逆らい、愛チャリのペダルを踏み込む。夕風が火照った頬を心地よく冷やしてくれる。
途中スーパーに寄って、見切り品シールが貼られたカップ入りサラダと最安値のストロング系レモンサワーをカゴに放り込んだ。これが今日を生き抜いたあたしへの、最高のご褒美。
おんぼろアパートの階段をギシギシ鳴らして上り、部屋の鍵を開ける。
「ただいまー……っと」
誰もいないワンルームに、あたしの声が虚しく響く。靴を脱ぎ捨てて手を洗っていると、お隣のお姉さんのガタガタという生活音が薄い壁の向こうから漏れ聞こえてきた。これから出勤ですかねぇ。いってらっしゃいませ。
お隣のお姉さんはめっちゃ美人さん。見た目からするに、夜のお仕事してるアラサー。たまに悩ましい声が聞こえてくる。激しい時は、オンボロアパート震度2。
美人さんだから、さぞかしモテるんでしょうねぇ。しょっちゅう男代わってない? って思うけど、あたしも人のこと言えなかったわ。ある意味自爆。
「いいなぁ……愛されてんねぇ……」
レモンサワーとおかずたちをローテーブルに並べると、また「どっこらせ」とおっさんギャルが顔を出した。いかんいかん。
プルタブをプシュッと開けて、勢いよく喉に流し込んだ。すっきりした甘酸っぱさと炭酸が、今日一日のあたしを癒やしてくれる。
「うんまっ! 彼氏いたら、こんな自由に飲み食いできないもんねーだ」
へへーんだ。言いきかせてるわけじゃないんだからねー。聖子さんの手作りコロッケにたっぷりソースをかけて、これでもかってくらい豪快にかぶりついた。まだほんのり温かくてサクサク。めっちゃ幸せー!
カップサラダのフタを開けようとしたら、バッグの中のスマホがブーブー鳴った。箸を咥えたまま手を延ばす。
『お姉ちゃん、次の土日ヒマ?』
『またネイルよろしくー』
『前にお姉ちゃんがやってたオーロラみたいなやつで』
『あ、プチプラのすぐ剥がれるやつじゃなくて、お姉ちゃんの持ってるやつでね』
「はーぁ? フリーターにヒマな日なんかないっつーのっ! 自分でやれ、自分でぇ。たまには練習しろっての!」
しかも、ちゃっかりあたしのコレクション狙ってるし。汗水鼻水垂らして稼いで集めたあたしのネイルセットを使おうだなんて、中学生の分際で百億年早いわ!
……とか怒りつつ、あたしのお指さんはなぜかネイルデザインアプリを開いてる。おませなクソガキ妹の生意気な顔面を思い出しながら、これじゃちょっと派手すぎるかなーとか、これじゃちょっと大人っぽすぎるかなーとか選んじゃってたり……。
おや? あたしってば、また甘やかしてる……?
いや、でも、一応妹だし。男じゃないし。
歳の離れた妹の喜ぶ顔を想像してノリノリでデザインを選んじゃってるあたり、マジであたしチョロい……。
もしや、うちの妹がずうずうしくて生意気でわがままでクソガキなのは、ダメンズメーカーのあたしのせい? ダメ妹メーカーも兼業?
「悪いのか? あたしが……。あたしが悪いのか?」
それでも、相手の喜ぶ顔に生き甲斐を感じてしまうんだからしゃーない。
それがあたしなんだから、しゃーないやんけ!
『これでどうよ?』
7文字と共に、シルバーラインが流れるマッドピンクの画像を添付した。速攻『いいじゃん』と返ってきた。
「言い方ー! お願いしますだろーが」
悪態をつき、忘れないうちにカレンダーアプリに予定を入力。バタンッと勢いよく扉の閉まる音が響いた。美人お姉さん、今度こそいってらっしゃい。
もう1本だけー……と冷蔵庫へ行きかけて足を止める。先月の貯金総額を思い出してUターン。
夢のため。夢のために今日は1本でやめとこう……。
ガマンガマンと言いきかせ、洗面所でクレンジング開始。白いクリームの隙間から、あたしのちょい地味な素顔が覗く。
メイクという仮面を外すと、気合いも解けていく。1日が終わったー! って気がするんだ。
明日も早番。6時起き。寝起きに不愉快極まりないガラガラ声のおっさん目覚ましをかけ、マスカラの取れた瞼を閉じる。
「……おや?」
隣のお姉さん、お仕事に出かけたのではなかったのですか? あんあんおっしゃってますけど、さっきの扉の音は、彼氏さんだかセフレさんだかが訪れた音だったんですねー……。今日はちょっと激しめでうるさいので、布団被らせていただきます。
「……マジうっさ……。どんだけー……」
壁に背を向けるが、あんあんは掛け布団をも突き抜けてくる。どんだけ、どんだけよ彼氏さん。あたしは元彼のぬくもりを思い出してしまった。
独りが寂しくないと言ったら嘘になる。いや、むしろ寂しい。かわいいねとか好きだよとか、乙女ホルモン決壊するような口説き文句もいくらだって欲しい。
でも、ダメダメ。あたしに恋愛は向いてないの。むしろ恋愛ってなんだっけ?
男の雄叫びと共に、静寂が訪れた。平和も訪れた。顔が熱い。いや、布団が熱いのよ。それだけよ?
「別に、羨ましくなんか……」
いや、全然羨ましい。




