UnLucky?巻き添え
一人、ベンチに座る少女がいた。木陰に位置する此処でも暑いのだろうか、長い黒髪は横で一つに纏められている。切り揃えられた前髪は、照りつける太陽を見ないようにと俯く顔に影を作っていた。チェック柄の濃紺のスカートに、白いワイシャツ、そして赤いリボン。革靴も履いている。袖のまくられたシャツからは、色の白い肌が覗いていた。
朝木 希羅が身につけているのは、彼女の通学する高校の制服だった。今日は木曜日、列記とした平日である。彼女は、気が向いたから、学校をサボっていた。
「…暑い」
今は7月の中旬、いくら『都会に自然を』というコンセプトで作られた、木の鬱蒼と茂るこの公園でも、暑いものは暑いのだ。しかし彼女は、手近な店にも入ることが出来ないのである。原因は、三日前に出会ってしまった天使だ。
学校には、行きたくない。面倒だから。図書館も、学生姿で平日に二日続けて通うと、司書の視線が痛くなる。そうなると残るは適当に飲み物でも買って店で涼みたいのだが…生憎、希羅の財布の中には天使の追従を逃れた11円しか入っていないのだ。
「…飲みたい」
視界の隅に入ってくる自動販売機を横目で睨み、希羅は恨みを込めながら呟く。初めて出逢った性格に面白い体験をさせて貰ったとはいえ、割に合わない。
「気分のらないけど、バイトしようかなあ…」
コンビニの店員は飽きたから、次は何をしようか。新聞配達とか…1日で飽きそうだ。ファミレスの店員、とか?まあやってみて飽きたらその時考えようかな。
茹だる様な暑さの中、希羅が何気なく公園を見回すと、
「…え」
ダンボールの上に立っている人がいた。鬱蒼と生えた林の中、一本の木から下がる縄に手をかけている。縄の先は丸くなっていて、その人は強度を確認するかのように二・三回縄を引っ張ると、頭をその中に差し入れていった。
「ちょっとちょっと!待って、早まるな!」
希羅は慌てて立ち上がると必死に遊歩道を走りぬけ、脇に植えてある植え込みを飛び越え、その人の下へ駆け寄る。その人は希羅の大声にびっくりしたのか、振り向こうとし、そして
「ぐえっ」
ダンボールを踏み外した。
「ああーっ!!」
希羅は遮二無二に突進し、その人の一瞬浮いた足を抱え込み、持ち上げる。
「ダメダメ!それじゃなんか私が殺したことになっちゃうじゃん!」
「ふ、あ…」
上から漏れたため息を聞いて、何とか間に合ったのか、と希羅は安堵の息を吐いた。
火事場の馬鹿力。女子高校生で、特に運動もやっていない希羅が、人一人を抱えているのには、一瞬の気の緩みも大敵なのだ。と、言うわけで。
「ぐぅ…」
「あ!ごめんなさいっ!」
上の人の苦悶の声を聞き、希羅はまた抱えようとしたのだが、
――ミシッ…
「へ?」
――バキ…バキバキッ!
「あ、うああっ!」
天使の体重は意外と重かったらしい。これも幸運なのだろう、彼の重さに耐え切れず、木の幹は見事に折れた。そして、宙に浮いた彼、コウは落ちてきた。そう、下で彼を救おうと、必死に足を抱えんと頑張っていた希羅のところに。