Lucky?振り回し
「ふあ~っ!よく食べた食べた」
「…ほんとにね」
満面の笑みで伸びをするコウその人の後ろで、全財産を食い尽くされた希羅は一人ごちた。
「キラ、いい人だね」
もうすっかり辺りは暗く、街灯の光が落ちる遊歩道を軽やかにスキップしながら、くるりと軽やかに後ろを振り返り、コウが笑いかける。
「そう?」
バカなだけなんだと思うよ、と心の中で呟く。
「絶対にいい人だよ!」
「…なんでそう言い切るの」
「僕ね、生まれつき運がいいから、ヤな人にあったことないんだよ」
それは出会った人がコウの気に中てられて思わずいいことをしてしまうこと、コウがあまりに他人を純粋に信じきっていて人間皆が持っている邪悪な心に気づいていないこと、どちらも上手い具合に作用してるのだろうな、と希羅は思う。
「なるほどね」
「あ、ね!星、星だよ!」
「流れ星だよ!って叫ぶなら分かるけどね、星は毎日出てるんだよ」
「ん、でもね、今日は空が黒いからキレイだよ」
「…ほんとだね」
空を見上げると、林に囲まれた黒い空の中で、大小の星星が瞬いていた。端には薄青い雲が風に弛んでいる。
「コウは星が好きなの?」
上を見つめたまま話した。
「うん、キレイだから好き」
「そ…なんだ」
コウも顔は空に向いているんだろうな、と推測ながら相槌を打つ。
「ね、キラも好き?」
「…うん…形とか、色とか、輝きとか、バラバラだし…全部違うから、退屈しないから、好き。」
コウの理由と比べ、捻くれ加減に自嘲した。
「ふふ、キラって面白いね!」
キミに言われたくないよ、と希羅は心の中で返す。
「コウのが百倍面白いから」
「え!なんで!」
素っ頓狂な声を上げるコウ。そこまで驚かなくてもいいんじゃないの、と思いながら頭を戻すと、血が偏っていたのか、少しくらくら目眩がした。
瞬きをしていると、段々焦点が合ってきた。まだ残る気持ち悪さに感けて、変なこと、言ってもいいか、と半ば自棄になって目の前のコウを見つめる。
「だって、キミ…コウは人間なの?」
「へ?」
「私、天使かと思った」
「どうして?」
「20階立てのビルから落ちて無傷だった人間を私は知らない」
…それに、ここまで純粋で単純そうなのに、全く読めない人間も、私は知らない。
コウはしばらくうーん…と難しそうに眉を寄せて考え込むと、ぽんと手を打って希羅に答えた。
「僕は人間だよ。だって、母さんのお腹からちゃんと生まれたよ」
その動作が、なんだか嘘っぽくて、演技みたいで、
「…信じられない」
「えー…じゃあどうしたらキラは信じる?」
「分かんない」
勝手なのは、分かっていた。高校生にもなって、『貴方は人間なの?』なんてバカみたいな質問をし、その上証拠まで求める。聞いたくせして、相手に丸投げ。普通の会話ですら、大抵の人間は困惑するだろう、可愛げのないそんな返事。
「そっかあ…じゃあ、しょうがないね」
でも、
「…え?」
彼は間を空けたりもせずに、
「だって、僕バカだから」
戸惑う様子もなく、
「キラに信じてもらう方法、僕わかんないから」
予想通りというか、
「僕のこと、天使って思ってて全然平気」
普通の人なら言わないだろう台詞を、
「僕、天使ってことにしといて」
普通に口にした。
「…はあ」
何か、面白い。この人、コウは、変人だ。それは久しぶりに感じる、楽しさだった。
が、そう思ったのが間違いだった。
「ふふ、僕天使かあ…空、飛べたらいいよね」
「…うん」
「でも僕ね、とべるんだよ」
「へ?」
「ほら、キラ、見て!」
コウは側転、バク転、宙返りと立て続けに跳んだ。
「す、すごいねえ…」
「へへ、でしょ」
コウは調子付いたのか、飛ぶのを止めなかった。それどころか、楽しそうに笑いながらくるりくるりと回る、飛ぶ、跳ねる。
「あの、えーっと、コウ?」
時刻は7時。部活帰りの学生や帰宅途中のサラリーマン、買い物袋を提げた主婦など、まばらではあるが多少通行人のある遊歩道。幅は広く、被害は受けないだろうが、高校生くらいの男の子が笑いながら外で跳ね回っていたら、奇異の目で見られるのは当たり前である。変わっている部類だとはいえ、希羅は一般人なのだ。視線が恥ずかしい。
「コウ!危ないから止めなよ!」
危ない。怪我が危ない。行動が危ない。二通りの忠告の意味にも気づかず、コウは大丈夫!とけらけら笑いながら跳び続けた。
ひとしきり跳ね回った後、コウは肩で息をしながらベンチに避難していた希羅の元に帰ってきた。
「ただいま!」
「…おかえり」
ふぅ、と一仕事終えたかのように吐息を吐き、当然のように隣に腰掛けるコウ。
「そんなに疲れるなら、なんでずっと跳んでたの?」
「べつに意味はないよ。したかったから、しただけだよ」
「…そう」
つまり、この子はバカなんだな。
「ねえ、キラ、僕ソーダ好きなんだ」
「は?」
「あのね、あのね…はしゃいじゃったら、のど渇いちゃった」
舌を少しだして、頭に軽く握った拳をあて、コウはてへっと照れたように笑った。
希羅はメロンソーダの缶を差し出しながら、コウにいいように使われてるなあと、現状を客観的に把握していた。
「ありがとう」
それでも、完璧なまでの可愛らしい笑顔を向けられると、思わず破顔してしまう。
小悪魔やら悪女やらに疎い希羅には、先程の一連の動作が計算して行われていたのか、全くの素でやっていたことなのかを判断することは出来なかった。