Lucky?出遭い
つまらない。
「でさ、ヒロったらまだサチのこと好きなんだよ!」
「えー!ありえない!あんな事されても?!」
「物好きだねぇ・・・」
「サチもサチならヒロもヒロだよ」
「どMだね」
くだらない。
「でもさ、2組の飯田!彼女作ったらしいよ」
「え?誰々?」
「うーん……一言で説明すると、眼鏡でデブで地味ーな奴」
全ての授業が終わり、学生を縛り付けるという責務を果たし終えた教室で、やっと勉強から開放された女子生徒達が椅子に座り込んで、二つくっつけた机を囲み、談笑していた。
開け放された窓から生温い風が流れ込み、さらに気だるさを誘っている。
「あー、分かった、あのキモイのでしょ」
「げえー!あんなのと付き合ってんの?!信じらんないんだけど!」
ある者は、わはは、と大げさに笑いながら。ある者は面倒そうに相槌をうち、ある者は瞳を輝かせながら情報に食いつく。それでも皆、会話を楽しんでいた。一人を除いては。
「私なら死んだほうがマシー!」
「で、飯田と付き合ってんのって誰??」
「3組の……鈴原……何とか。下の名前は忘れた」
「あ!あのぶりっ子かぁ」
「じゃあ、お似合いなんじゃん?」
「飽きた」
それまで彼女達の会話は緩慢に、ゆっくりと流れていた。しかしその一言は、流れを堰き止め、押しやった。今までのどれとも性質が違った一言により、場は一瞬にして凍りつく。
「……は?」
「いきなりどうしたの?」
「帰る」
「え、ちょ、急に何それ」
「ちょっと?!」
慌てふためく女子学生たち。それを見もせずに、飽きた(・・・)彼女は、帰り支度をさっさと済ませると、立ち上がり様にバックの紐をつかんで、後ろも振り返らずにそのまま教室を後にする。長い黒髪が、呆気にとられる少女達の前をさっと横切り、消えた。
後に残された女生徒達は、突然受けた仕打ちのショックから、気まずく押し黙る。そのうち一人が口を開いた。
「意味分かんない……」
「あんな子だと思ってなかったのに」
「どうしたんだろう?……なんかあったのかな?」
「いいよ、あんなKY!ほっときなよ!あーあ、気分悪い。」
戸惑うもの、心配するもの、憤るもの。しかし結局、ハプニング(・・・・・)に対する感想をひとしきり述べた後は、彼女らの興味はまた元の源流に戻るのだ。
そんな光景を思い浮かべながら、朝木 希羅は廊下を歩いていた。
少し雑に切り上げすぎたかと後悔はしているものの、きっと彼女たちは、思い掛けなく受けた粗い扱いに対するイライラを発散させたら、すぐにまた"恋バナ"に花を咲かせ始めるのだ。
―――何処其処の誰が、別れた。付き合った。喧嘩した。そして仲直り。
テスト勉強面倒くさい。嫌だ。したくない、結局しなかった。
社会の先生がむかつく。生徒指導係がうざい。校長の話は長い。
その繰り返し。永遠に続く、エンドレス。
よくもまあ、飽きないものだ。希羅は逆に、彼女らに対して感嘆を覚える。自分の知らない噂話の存在を許さない。許せない。既知の事実を共有するだけの会話で、彼女達は幸せそうに、楽しそうに話すことが出来る。皆が知っている情報の、どこに価値があるのか、希羅には理解できなかった。
友達も飽きた。学校も飽きた。みんな、同じ反応しか示さない。同じ反応で満足する。それが、つまらない。
靴箱に並ぶ靴。学校指定の上靴は、持ち主の性格によって擦れたり、記名してあったりはするが、基本的に、というかほとんど全て同じだ。ずらりと並ぶ箱に、希羅は今まで履いていたものも押し込む。
「また家で引きこもろうかなあ……?」
希羅は一年前まで立派な引き篭もりであった。だが、家に篭もりきりで考えに耽るのも飽きて、インターネットでの交流を始める。チャットやら掲示板やら。インターネットという全世界共通のツールには、流石に変人も多くて、それなりに楽しめたのだけど、結局飽き、また外に出てきたのだった。
だが、やはり本質は変わらないらしい。
「やっぱり飽きちゃった」
飽き性、だと、自分では思っている。
……それか、ズレている、のか。
周りから浮いている、変人。社会に適応できない。不適合者。
考えた、気づいたことはたくさんあるが、見ないようにしてきた。
「価値観が違うのよね、きっと。」
そうして自分を納得させる。切り揃えた前髪は伸び出していて、俯くと少し鬱陶しかった。
都会の空気を少しでも清浄にしてほしいと植えられた街路樹に、日が落ちている。夕陽に染まる木の葉は、透けているようで、光っているようで、とてもキレイだった。
「……キレイだな」
風が吹く。突風に、腰まで伸ばした希羅の黒髪が艶やかになびく。希羅は髪を抑え、空を見た。夕焼けは、自分を見上げた希羅の瞳に入り込んで瞬いた。茶の混ざった黒い瞳が、眩しそうに半分閉じられる。
希羅の半分になった視界の中に、それは落ちてきた。一体何が落下してきたのかという情報が脳に伝わる前に、それは植え込みの中に消える。
一瞬の沈黙。衝撃を受けた人間の耳からは、音が消えるらしい。その刹那、希羅の世界はいわゆる無音状態だった。
「いったあ……」そして、こんもりと生えたツツジの茂みの下から聞こえるのは、間違いなくヒトの声。
希羅は反射的に空を見上げる。
ここは都会。しかもオフィス街。20階立てでも低いくらい、高層ビルが立ち並ぶ通りである。
「……はあ、また生きてるし。」
植え込みの中から、ため息と共にそれが起き上がる。よっこらしょ、などと呟きながらフラフラ立ったその頭からは、枝が生えていた。