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第五十七話 シメオン

 天正十三年。羽柴秀吉が『関白』の座に就き、名実ともに天下の差配を握ろうとしたその年、歴史の裏側ではもう一つの巨大な『うねり』が起きていました。

 

 徳川家康の右腕、石川数正の電撃的な出奔。この一見を機に、官兵衛の冷徹な知略は家康を絶体絶命のー淵へと追い詰めます。

 しかし、勝利の盤面が完成に近づくほど、官兵衛の心に宿る影は深さを増していきます。

 天正十三年、七月。

 日の本の歴史を塗り替える、前代未聞の宣下(せんげ)が朝廷より下された。

 羽柴秀吉、関白就任。

 武士の身でありながら、公家の頂点、すなわち天皇の補佐役として政務を司る人臣最高の位に昇り詰めたのである。これにより、秀吉の振るう軍勢はもはや国家の意志である『公儀』へと変貌を遂げた。

 この瞬間、敵対を続ける徳川家康は、単なる『敵』から、朝廷に仇なす『逆賊』へと、その立場を叩き落とされたのである。

 それから四ヶ月後。十一月の冷気とともに、徳川家中に歴史を揺るがす激震が走った。

 

 徳川家康の片腕であり、軍事、政務のすべてを司ってきた重臣、石川数正(かずまさ)が、妻子を連れて突如として岡崎城を出奔(しゅっぽん)、あろうことか、敵方である羽柴秀吉の軍門に降ったのである。

 

 「数正が……あの数正が、わしを捨てたというのか!」

 

 浜松城の奥底で、家康の叫びが空虚に響いた。数正の裏切りは、単なる一武将の離反ではない。彼は徳川軍の軍制、機密、さらには家臣一人一人の性格から領内の防衛線に至るまで、すべてを熟知していた。その情報が、今、大坂城にいる羽柴秀吉の手中に落ちたのである。

 

 数正が出奔を決意した夜、彼の脳裏には官兵衛から届いた最後の手紙が焼き付いていた。『貴殿の忠義が三河を滅ぼすか、貴殿の不忠が徳川を救うか』。

 数正は、官兵衛という深淵に飲み込まれることで、皮肉にも徳川の家を存続させようとしたのだ。

 

 「黒田官兵衛……貴様、戦場には一度も姿を見せず、わしの片腕を根元からもぎ取ったか……。」

 

 家康は膝が震えるのを必死に堪えた。数正を失ったことで、徳川軍の防衛網は完全に『透けて』しまった。

 一方、大坂城の官兵衛は、主君、秀吉の前に平伏していた。その手元には、数正から引き出した徳川軍の機密を記した膨大な書状が並んでいる。

 

 「殿、もはや三河に死角はございませぬ。数正殿がもたらした情報を元に、徳川の陣立て、兵糧の置き所、緊急時の逃げ道まで、すべて(それがし)の頭の中にございます。今こそ、十万の軍勢を以て三河へなだれ込む好機。家康の首を上げることができましょう。」

 

 秀吉の瞳に、天下人としての狂気が宿った。長久手での屈辱を晴らすため、秀吉は史上空前の大規模な動員を命じた。


 大坂城の軍議が果て、独り自室に戻った官兵衛は、激しく脈打つ高揚感と、それとは裏腹な底知れぬ空虚の中にいた。

 

 数正の離反により、家康の命運は今や官兵衛の指先ひとつに委ねられている。このまま十万の軍勢を動かせば、徳川は確実に滅ぶ。それが『天下泰平』への最短の道だと頭では理解していても、数正の魂を壊してまで手に入れた勝利の味は、鉛のように重く苦かった。

 

 その夜、官兵衛は密かに高山右近を呼び寄せた。

 机の上には、有岡の土牢でふじから授かった、古びた数珠(コンタツ)が置かれている。

 

 「右近殿……。わしは有岡の闇の中で、一度死んだ。あの時、私に光をくれたのは、デウスを信じる一人の幼き娘の慈悲であった……。」

 

 官兵衛の声は、絞り出すように(かす)れていた。

 

 「今、わしはその光を武器に変え、知略という名の暴力で人を操り、世を統べようとしている。だが……この業を一人で背負うには、この官兵衛の器はあまりに小さすぎる……。」

 

 右近は、この『無双の軍師』が初めて見せた震えるような孤独に、静かに目を見開いた。

 

 「官兵衛殿。貴殿が求めるのは、(ゆる)しか、それともさらなる力か。」

 

 「免罪符でござる。デウスという絶対的な裁き主の軍門に降ることで、私は『神の道具』となりたい。私がこれから行うすべての非道が、戦なき世を築くための天の配剤であると……そう信じなければ、私はこの知略の重みに押し潰されてしまう。」

 

 官兵衛の入信は、決して単なる『情報のネットワーク利用』という実利だけではなかった。それは、自らの知能が神の領域に近づきすぎるがゆえの、狂気じみた自己防衛でもあったのだ。


 官兵衛が自らの魂をデウスに預けようと決意した背景には、もう一つの『檻』の存在があった。

 かつて有岡の土牢で、死を待つのみであった官兵衛を繋ぎとめた『ふじ』の面影である。敵をも愛することを説いた十四歳の少女……。官兵衛は事ある毎に祈りを捧げてはいたが、ふじの無償の慈悲を、未だ自らの中へ落とし込めずにいた。

 

 そんな折、官兵衛の耳に届いたのが、細川屋敷の奥深くに隠棲(いんせい)する玉(後の細川グラシア/ガラシャ)の噂であった。


 玉は、官兵衛によって捨て石にされた明智光秀の娘である。本能寺の変の後、『逆臣』の娘としての『業』を背負い、本来であれば処刑される運命にあった。

 共に光秀を謀叛へ駆り立てた細川藤孝は、盟友を裏切ったことへの拭えぬ罪悪感に(さいな)まれていた。だが、逆賊の娘を公然と(かば)い立てするわけにもいかず、苦肉の策として彼女の命を奪わぬ代わりに、丹後の味土野(みどの)という極寒の地に幽閉したのである。

 玉は、冷たい雪に閉ざされた孤独な檻で二年間を耐え忍び、大坂の屋敷へと戻されたばかりであった。


 だが、大坂へ移ってもなお、夫、忠興の異常なまでの独占欲により、彼女の自由は奪われ、心は未だ味土野(みどの)の雪の下に閉じ込められたままだった。

 

 官兵衛は、その境遇を耳にした瞬間、激しい既視感(デジャヴ)に襲われた。

 

 (玉殿……。お主はかつてのわしと同じ。檻を出てもなお、心は闇の中に繋がれたままか……。)

 

 官兵衛は、ふじに返せなかった恩を玉へ注ぐことで、己の罪を幾分かでも(すす)ぎたいと願ったのである。

 

 忠興は父、藤孝の指示により、光秀が官兵衛の手によって切り捨てられた真相を、玉には生涯隠し通すと誓っていた。それは、彼女の純粋な魂を、どす黒い政治の闇から守るための、忠興なりの歪んだ執着でもあった。

 だが、官兵衛の胸中には、冷徹な計算とは別に、鈍い痛みがあった。有岡の土牢でふじに救われた男として、自らの策によって『別の檻』に閉じ込められた玉の境遇を、見過ごすことができなかったのである。

 

 官兵衛は右近を呼び寄せ、ただ一言、こう告げた。

 

 「右近殿……。大坂の細川屋敷に、心が未だ丹後の雪に閉ざされたままの、一人の迷える羊がいる。わしは有岡の土牢でふじという娘が説くデウスの教えに救われた。その教えをその娘に届けてはくれぬか……。わしのような男にできるのは、灯を置くことまでよ。」

 

 右近は、官兵衛がなぜそこまで一人の女性の救済を願うのか、その理由を問うことはしなかった。軍師がまとう静かな絶望の色を見れば、それが『(あがな)い』であることは自明であったからだ。

 右近は自身の女性信者を介し、官兵衛の願い通り玉に教えを説き始めた。

 

 玉にとって、それは奇跡のような導きであった。絶望の底で、誰が差し伸べたとも知れぬ救いの手。彼女はそれを純粋に『天の慈悲』として受け入れ、閉ざされた暗闇の中に、初めて自らの意志で歩むべき光を見出したのである。

 官兵衛は、彼女が教えに救われたという報告を右近から聞いた時、わずかに目を伏せただけであった。

 

 (それでよい……。玉殿はわしの『業』を知らぬまま、光の中を行かれよ。)

 

 直接会うことも、互いの思いが重なることもない。一人は光を知らぬ怪物として、一人は救いの主を知らぬ聖女として。

 大坂の夜空の下、二人の魂は『キリストの教え』という一点において、本人たちさえ気づかぬまま、密かに、そして気高く共鳴したのである。

 

 天正十三年、十一月中旬。官兵衛は右近から聖水を授かり、洗礼名『シメオン』を拝受した。

 最後までお読みいただきありがとうございます。


 今回は官兵衛の入信を単なる『歴史的事実』としてだけでなく、彼自身の抱える深い孤独と、名もなき救済の物語として描きました。


 洗礼名『シメオン』を授かり、神の免罪符を手にした官兵衛。家康抹殺に向けた十万の軍勢が動き出し、勝利はもはや揺るぎないものと思われました。しかし、物語はここで予想だにしない『天の裁き』に直面します。完結まで残り三話。

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