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第三十八話 王道

 天正十年五月、

 安土城にて徳川家康を接待していた明智光秀が備中行きを命じられます。同時に備中の泥の中にいる官兵衛は、歴史の歯車を強引に回すための『算盤』を弾き始めました。


 『中国大返し』という奇跡を、単なる偶然ではなく、『官兵衛による設計図』として描きます。

 天正十年五月十七日。

 安土城の空は、呪わしいほどに晴れ渡っていた。

 織田信長による徳川家康の饗応。それは表面上、武田氏を滅ぼした功を労う宴であったが、その実、織田の圧倒的な軍法と富を家康に見せつける『静かなる威圧』の場であった。

 

 饗応役の明智光秀は京の公家の作法に明るく、ここぞとばかり、誇らしげに家康をもてなしていた。

 ところが、一つの(しら)せがその和やかな空気を変えたのである。

 森蘭丸はその報せを聞いたが、饗応中につき、信長に耳打ちした。

 

 「備中の筑前守(秀吉)様より火急の報せ。毛利本隊数万、高松城救援のため迫りつつあり。至急、援軍を乞うとのこと……。」

 

 秀吉が、毛利本隊の接近に過剰に反応し、信長に『緊急の援軍要請』を出したのである。

 信長の表情に緊張感が走り、光秀が丹精込めて用意した膳を、目もくれずに押し退けた。

 

 「光秀。饗応はもはやこれまでよ。今すぐ備中へ向かい、筑前の援護に回れ!」

 

 光秀は固まった。光秀の耳にははすでに細川藤孝の口から誘いが来ていたからである。

 京にて信長の茶会を襲撃し、信長父子を亡き者さえすれば、あとは明智、羽柴、そして細川連合軍として、織田の残党を蹂躙し、光秀を天下人に押し上げるという細川藤孝からの甘い話である。

 それは信長から度々仕置きを受けている光秀にとって、吸い寄せられるような話であった。

 

 ところが先に備中に向かってしまえば、その好機を失ってしまう。秀吉の要請は信長の想定外の判断により、裏目に出てしまっていた。

 

 「上様……三河殿(家康)へのおもてなしは、まだ中途にござりまする。何卒、最後まで務めさせて……。」

 

 「無用! 今の貴殿の居場所は備中よ。早うせい!」

 

 信長の言葉は、絶対である。光秀は取り敢えず承服せざるを得なかった。

 

 五月十八日、光秀は近江、坂本城へと戻った。光秀も京都奉行という立場から、自身の情報網を駆使して茶会の日取りと場所を探っていた。

 

 (茶の湯の御座所と日取りがわかるまで支度をやりながら時を稼ぐしかあるまい……。)

 

 数日後、備中高松。

 官兵衛は、陣を敷く丘の上から眼下に広がる巨大な『湖』を眺めていた。

 

 官兵衛は、陣を敷く丘の上から、眼下に広がる巨大な『湖』を眺めた。かつての堅城は今や湖面に浮かぶ孤島と化していた。降り続く五月雨が湖面を激しく叩き、濁った水が城壁をじわじわと侵食していく。


 『鳥取城の飢え殺し』と同様、秀吉は事前に近郷の米を法外な高値で買い占めていた。食らうべき糧を奪われ、さらに濁水(だくすい)に沈められた城内の窮乏(きゅうぼう)は、官兵衛の算盤(そろばん)が弾き出した通りに早かった。

 城内からは、飢えと湿気に耐えかね、死を待つ兵たちの(うめ)きが、風に乗って漂ってくるようであった。


 「城へ逃げ込む民は、もはや救いを求める領民ではない。城内の米を食い尽くす『動く飢餓』よ。水が引かぬ限り、一粒の米も持たぬ彼らは、城を内から腐らせる毒となる……」


 その時、一人の草(忍者)が官兵衛に忍び寄り、耳打ちした。


 「茶の湯は六月一日か……。御座所を探れ……。一刻を争う。」


 官兵衛は自分に言い聞かせるように噛みしめ、場所の特定を急がせ、草(忍者)は消えた。

 官兵衛は杖を固く握り直した。


 タイムリミットが決まった。


 官兵衛は杖を突き、泥に足を取られながらも、主君、羽柴秀吉の御座所へと向かった。

 御座所に入ると、秀吉は弟の長秀と共に、毛利方の動きを示す大きな地図を囲んでいた。秀長はこの頃はまだ『長秀』と名乗っていたが、幼名の『小一郎』で呼ばれることも多かった。


 「おお、官兵衛か! ちょうどええところに来たがや。高松城の連中、いよいよ兵糧が尽きてきたようだが、ここで毛利の本隊がここまで攻めてくるという報せが入ったがや。んで上様には早う備中にお越しいただけるよう早馬を出しといた。どう立ち回ろうかの?」


 秀吉の瞳には天下人への階段を登る者の焦りと熱が混在していた。


 (それで信長の備中遠征が早まったかもしれぬな……。まあよい……それを理由にできる……。)


 官兵衛は深く、長く平伏し、静かに口を開いた。


 「殿、小一郎殿。なれば、毛利が攻め入る前に一日も早く上様にこの地までお越しいただく必要がござりまする。」


 「上様を一日も早くお迎えする? 官兵衛殿、どうすれば良いのじゃ?」


 長秀が不思議そうに尋ねる。官兵衛は顔を上げず、畳の網目を見つめたまま、言葉を紡いだ。


 「安土よりの(しら)せによれば、上様は二十九日に京へ入られ、その後すぐにこの備中へ向かわれるとのこと。殿……これこそが羽柴家の実力を上様と天下に見せつける、千載一遇(せんざいいちぐう)の機にございます。高松城の降伏を待っている間に、姫路からこの備中までの街道すべてを、数万の軍勢が『一刻の遅れもなく』駆け抜けられる『王道』へと作り替えたく存じます。」


 「王道だと? 官兵衛、おみゃあ、何を言い出すんだて。今は戦の真っ最中だがや。」


 秀吉が目を丸くする。官兵衛は、一分の隙もない論理で畳み掛けた。


 「道幅を広げ、橋を補強し、数町おきに兵糧と馬草を積み上げ、数万の松明を配す。夜を徹して走っても迷わぬほどの回廊。これを十日で成し遂げませぬか。

 小一郎殿、この兵站(へいたん)差配(さはい)……。小一郎殿にしか成し得ぬ大仕事にございます。どうか、羽柴の総力を挙げた普請(ふしん)をお許しくだされ。これは単なる接待ではございませぬ。織田家における筑前(秀吉)殿の地位を、絶対のものとするための戦にございます。」


 「十日……。官兵衛殿、この雨の中でそれは無茶だ。毛利への備えもあるというのに、ちと人手を割きすぎではないかや?」


 実務家の長秀が難色を示す。だが官兵衛は、秀吉の瞳を真っ直ぐに見据え、その野心に火をつけた。


 「殿。上様は、殿がどれほどの速度で天下を回せるか、それをご覧になりたい……。この道が整えば、上様の御出馬は早まり、毛利は戦わずして膝を折りましょう。普請が出来ておれば、五日から七日は早く到着されます。逆に間に合わねば……先に毛利の本隊と我らのみで対峙する事になり、羽柴の未来はございませぬ。この官兵衛、命を賭けて進言いたします!」


 官兵衛の尋常ならざる気迫。秀吉はしばし沈黙し、やがて太腿を叩いて笑い出した。


「面白いがや。小一郎! 官兵衛の言う通りにやってみりゃあ。人足も資材も、使えるもんは全部使ってええぞ。上様の度肝を抜いて、天下に羽柴の名を(とどろ)かせてやろうみゃあか!」


 「承知したわ。兄者がそう仰るなら、わしが責任を持って『王道』を築き上げてみせてやるがや。」


 長秀は不安を抱えつつも、官兵衛の描いた狂気の工期へと足を踏み出した。


 秀吉と長秀の部屋を出た後、官兵衛は闇から一人の草(忍者)を杖を使って呼び寄せた。

 

 「これより丹後の九郎右衛門の元へ走れ。兵部大輔(ひょうぶのたゆう)(細川)殿に、口伝(くでん)せよ。……『備中の道は整った。六月一日の茶の湯、天の扉が開く。場所は後程……。采配は貴殿にあり』。……行け!」


 五月二十日、深夜。

 官兵衛は一人、天幕の中で消えかけた灯明を見つめていた。


 (始まりましたぞ。明智殿……貴殿の絶望が、我らの希望……。魔王を死地へ追いやり、その後の天下を(かす)め取る、この一本の道。……今、最初の石を置きましたぞ!)

 ご覧いただきありがとうございました。

 ついに物語は『本能寺の変』の直前まで辿り着きました。


 光秀に与えられた絶望と、官兵衛が提示した『王道』。

 官兵衛が長秀に頼んだ無茶な街道整備は、表向きは信長を一日も早く到着させるためのものですが、その真意は……歴史を知る方なら思わずニヤリとしてしまうのでないでしょうか。


 『場所は後程……』という口伝が、いつ、どのような形で光秀に届くのか。

 次話ではその『回答』と、官兵衛が放つ更なる密命が描かれます。

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