第二十六話 藤は枯れず、巴に舞う
有岡の土牢から、奇跡の生還を果たした官兵衛。
しかしその体に刻まれた傷跡は深く、かつての麒麟児から自由な歩みを奪い去っていました。
満身創痍の官兵衛が早速対峙しなければならなかったのは、自分を地獄へと売り飛ばしたかつての主君、小寺政職。
『裏切り』の連鎖を断ち切り、新たな時代を築くために官兵衛が下した決断とは。
小寺の名を捨て、黒田の旗印を塗り替える、官兵衛『再生』の物語。
ぜひ最後までお楽しみください。
官兵衛が有岡城から救出された知らせに、一番怯えた男がいた。そう、自分を荒木村重に売り飛ばし、殺そうとした主君、播磨の御着城主、小寺政職である。
官兵衛は姫路城で療養に努めながらも播磨の情勢を睨んでいた。信長への張りぼての忠誠を誓い、松寿丸が無事であることを確認した官兵衛にとって、小寺政職はただ一つ残された『清算すべき過去』であった。
かつて小寺家の安泰を願い、命を懸けて有岡城に向かおうとする官兵衛を、政職は『目の上の瘤』と呼び、あまつさえ荒木村重に成敗を密かに依頼した。
忠義を尽くした家臣を地獄の底へ突き落とした張本人は、今や織田信長による播磨平定の、最大の障壁として標的となっていた。
裏切りは、報いという名の巨大な津波となって、その足元まで迫っていたのである。
天正八年一月。播磨の野は、深い雪と凍てつく風に閉ざされていた。
御着城は、姫路、三木と並び播磨三大城に数えられる名城である。その堅牢な石垣と深い堀を前に、羽柴秀吉が率いる二万の軍勢が布陣した。漆黒の軍旗が冬空に翻り、黒田の赤備えが雪原を紅く染め上げる。
本陣の寝床にて、官兵衛は静かに横たわっていた。一年にも及ぶ凄惨な幽閉生活は、かつての麒麟児から自由な歩みを奪い去っていた。
膝は石のように固まり、足は枯れ木のように痩せ細っている。激しく剣を振るうことも、馬を駆ることも、もはや一生叶うことはない。
しかし、その眼光だけは、死の淵を覗き込んできた者特有の、底知れぬ凄みを湛えていた。
「もはや御着は、血ぃ流して落とすほどの値打ちもない……。戦わずして、城を開けさせる……。
それがわしの父から続く小寺への、最後の奉公というもの……。」
官兵衛は秀吉に、武力による強襲を控えるよう進言した。代わりに放ったのは、人心を切り裂く言葉という名の矢であった。
叔父である小寺休夢斎を密使として使い、城内へ執拗な調略を仕掛けた。
『頼みの三木城はもはや兵糧尽き、干殺しの極みにあり。毛利の援軍など、雪のように消えゆくまやかしに過ぎぬ。抵抗を続ければ、荒木の一族が辿った、あの目も当てられぬ惨劇がこの御着でも繰り返されるであろう。だが今、門を開けば、一兵たりとも殺しはせぬ。命だけは保証する。』
絶望は、冬の冷気よりも速く城内を侵食し、兵たちの戦意を凍らせていった。
形勢不利を悟った政職は、武士としての矜持すら投げ捨てた。
一月十五日の深夜。雪の降る暗闇に紛れ、政職は嫡男の斎さえも城に置き去りにし、わずかな近習と共に裏門から夜陰に乗じて逃亡したのである。
謀らずも、もあの荒木村重と同じ行動であった。
棟梁を失った堅城は、包囲を始めてからわずか二日。一度の鬨の声も上がることなく、静かに、そしてあまりにも呆気なくその門を開いた。
官兵衛は、寝床にありながら、かつての主城を墜とした。
それは父、職隆の代から文字通り命懸けで守り続けてきた小寺家という『過去』を、自らの手で静かに埋葬する儀式でもあった。
自分を死地に追いやった主君に対し、不思議と怒りは湧かなかった。
ただ、民と家臣、我が子までも見捨てて逃げたその背中に、底知れぬ失望を感じただけだった。
(主君は終わった。だが、小寺の血を、わしが汚すことはせぬ……。)
官兵衛は、一人城内に残された政職の嫡男、斎を保護し、黒田家で実の子のように養育することを決めた。
裏切った個人には愛想を尽かしたが、かつての主家への恩義や情愛は、敵の遺児を育てるという、あまりにも皮肉で、しかし官兵衛らしい形で守ろうとしたのである。
この御着城の陥落と小寺政職の逃亡を受け、官兵衛は自身の身に二つの大きな改革を断行した。
一つ目は、『黒田』姓に戻したことである。
これまで『小寺官兵衛』として主君への絶対的な忠義を誓い、その姓を誇りとしてきた。しかし、その名が示す絆は、有岡の土牢で無惨に朽ち果てた。もはや『小寺』を名乗る理由など、この播磨のどこにも残されてはいない。今日からは、先祖伝来の地、近江に根を持つ『黒田』として、誰の臣下でもない、一人の軍師として立つ覚悟を決めた。
そして二つ目は、家紋の変更である。
これまでの黒田家は、近江にいた頃からの伝統である『六石』紋を用いてきた。それは目薬の商売で財を成した、いわば一族のルーツと結束を象徴する、商人の名残がある紋であった。秀吉に仕えてからは、戦場で命を救われた餅の逸話にあやかって贈られたという『黒餅』を、武士の記号として用いてきた。『国持』という響きと掛けた呼び名である。
だが、官兵衛は命じた。これより、黒田の正紋を『藤巴』とする、と……。
藤巴。円の中に三つの藤の花が、互いを追いかけるように巴形に配置された紋。
それは、あの有岡の暗い土牢、わずかな隙間から差し込む光の中に揺れていた、藤の花。孤独と絶望の中で死を待つ官兵衛に『生きよ』と囁き続けた、命の灯火であった。
そして何より、その紋章には、自らの命を犠牲にしてまで土牢の官兵衛を労わり続け、最後は無惨な処刑という運命に消えていったあの少女、ふじに対する、永久の贖罪と鎮魂が込められていた。今も官兵衛は、まぶたを閉じれば、あの可憐で無垢な少女の微笑みが、漆黒の闇の中に甦るのを感じる。
(ふじ……。お主のおかげで、わしはあの地獄で、心を腐らせずに生き延びることができた……。お主の命が、今のわしの命となった……。)
官兵衛は、膝の上に、加藤又左衛門から預かった幼き玉松を座らせた。その小さな横顔、澄んだ瞳を見るたび、そこにふじの面影が重なる。官兵衛は不自由な指で、玉松の頭を優しく、しかし力強く撫でた。
(お主を姫路に連れて帰って、満開の藤の花の下で笑わせてやりたかった……。
ふじ、わしはこの巴の紋を掲げて、お主が望んだ穏やかな世を必ず作ってみせる。わしが血の汚れぬ新しき世を築いていくのを、天からじっと見守ってくれ……。)
冬の風に翻る、新しい軍旗。
白地に墨で描かれた『藤巴』。それは、かつての自分を捨て、他者の命の重みを背負って生きる『黒田官兵衛』という男の、再生の叫びであった。
かつて主君を救うために向かった有岡で、官兵衛は主君を失い、代わりに『黒田』という新しい命を得た。
有岡の藤は枯れず、巴となって黒田の歴史に永劫に舞い続けるのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は、官兵衛が『小寺』から『黒田』へと改姓し、家紋を『藤巴』へと変更する、史実でも非常に重要な局面を描きました。
土牢で見た藤の花、そして自らの身を挺して官兵衛を支えた少女、ふじ。
この二つの『藤』が、官兵衛のこれからの戦いにおいて、どれほど大きな意味を持つのか。血の流れない世を願う軍師の胸中には常にあの少女の微笑みがあったのかもしれません。
小寺政職の嫡男、斎や、加藤家から託されたふじの弟、玉松。
彼らがこれからの黒田家でどのような役割を果たしていくのかも今後の見どころの一つとなります。
次回、官兵衛は秀吉軍への完全復帰をする傍ら、半兵衛の意思を継いだ『新しき世を』創る計画を始めていきます。




