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第二十二話 再会

 一年もの暗闇で幾度となく幻として聞き続けた愛息子の声が、ついに現実ものとなります。

 変わり果てた父の姿に涙する松寿丸と、息子を抱きしめ、己の過信を悔いる官兵衛。

 しかし、少年の口から語られたのは、亡き朋友、竹中半兵衛が遺した『黒田の誇り』でした。


 一方で、松寿丸の生存という『主君への欺瞞』を抱える秀吉は、一か八かの賭けに出ます。

 冷酷なる信長が下した、驚くべき『答え』とは……。

 「父上! 父上ッ!」

 

 遠くから響くその声に、官兵衛の全身が硬直した。一年近くもの間、暗闇の中で幾度となく幻として聞き続けた、愛しい息子の声。よろめきながら立ち上がろうとする官兵衛の腕の中に、一人の少年が勢いよく飛び込んできた。

 

 「おお……松寿か……本当に、松寿なのか……!」

 

 官兵衛は震える手で息子の肩を掴んだ。一年前より逞しくなった肩。だが、その顔にはまだ幼さが残っている。竹中半兵衛のもとで、この子は確かに、力強く生きていたのだ。

 

 「父上、お顔が……お足も……。なんて、なんて(ひど)い姿に……っ」

 

 松寿丸は、やつれ果てた父の姿、抜け落ちた髪、不自由になった足を見て、ショックのあまり声を放して泣きじゃくった。官兵衛は、その小さな体を骨ばった腕で力一杯抱きしめた。

 

 「すまぬ……松寿、許せ。父が己の知略を……過信した……ばかりに、お主に……これほどの……苦労を……。お主を殺し……黒田の血を……絶やしたと……己を……呪わぬ日はなかった……。」

 

 策略家として冷徹に生きてきた男が、子供のように声を上げて泣いた。

 

 松寿丸は涙を拭い、父の目を真っ直ぐに見つめて言った。

 

 「父上、顔をお上げください。半兵衛様はいつも(おっしゃ)っておりました。『官兵衛殿は日の本を照らす光となるお方。ゆえに、この松寿が黒田の灯を消してはならぬ』と。私は、黒田の子として、父上の誇りを守るために生きて参りました」

 

 官兵衛はその言葉に、亡き友、半兵衛の魂を見た。

 

 「見違えたぞ……松寿。半兵衛殿に、これほどまで……立派に……育てて……いただけたか……。」

 

 「はい、父上! 半兵衛様は、この松寿を誠に大切にしてくださいました。寂しゅうないかといつもお声をかけてくださり……。あのお方の温かな手のぬくもり、今もこの頬に残っておりまする。あの日、半兵衛様がわたくしの手を取って『必ず父上に会える』と微笑んでくださったこと、一生忘れはいたしませぬ。」

 

 「そうか……。松寿……見ておれ……。半兵衛殿が……守って……くださったこの命、今度こそ、お主たちが……笑って暮らせる……世を作るために……捧げよう。……よう戻った。よう……生きていてくれた……。」

 

 二人の涙が混ざり合い、官兵衛の心にあった土牢の冷たさは、ようやく春の陽だまりのような温かさに溶けていった。ふと見上げると、姫路から見える遠くの山々は晩秋の顔を見せていた。有岡城へ旅立ったあの日と同じ景色に、官兵衛は静かに思いを馳せた。



 官兵衛の生存と帰還を受け、秀吉の喜びもまた一通りではなかった。今は亡き右腕、竹中半兵衛の後任は官兵衛しかいないと確信していたからである。

 

 秀吉は即座に官兵衛を信長に引き合わせ、その忠義を証明する必要があったが、その前に避けては通れぬ関門があった。松寿丸の『生存報告』である。信長の反応次第では、謀反の疑いをかけられ、その場で成敗されかねない。

 

 秀吉は三木城攻めの陣中より、賭けに近い一通の書状を信長へ送った。

 

 『急ぎ啓し候。

 今般(こんばん)、荒木村重陥落(かんらく)に際し、黒田官兵衛を無事救い出し候。一年の間、土牢にて不衛生を極め、足腰も立たぬ無惨な姿に成り果て候えども、上様への忠節は片時も揺らがず、正に義士(ぎし)の鏡に御座候。

 然れば、万死(ばんし)()して申し上げたき()御座候。

 上様より処刑を仰せ付けられし松寿丸の儀、実は亡き竹中半兵衛が独断にて美濃へ匿い、今日まで息災に御座候。

 半兵衛、死の間際まで『上様は必ず官兵衛の無実をお悟りになる。その折、わしが命に背いた罰は甘んじて受けよう』と、落涙(らくるい)して申しており候。

 この秀吉、上様の御下知(おげじ)を全うせざりし罪、いかなる処罰も受ける覚悟に御座候。なれど、官兵衛の忠節と半兵衛の至誠を免じ、何卒お許しを賜りたく、平に伏してお願い奉り候。

 恐々謹言。

 

 天正七年十月二十二日 羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)秀吉(花押)

 織田上様 人々御中』

 

 「お(とが)めあらば、全てこの半兵衛が無断でした事にしてくだされ……。」


 それは、盟友が遺した最後の『策』だった。だが、それが信長に通用するかは別問題である。秀吉は返信が来るまで気が気ではなかった。

 

 ほどなくして届いた信長の返書を、秀吉は緊張の面持ちで開いた。

 

 『松寿丸存命の由、承り候。右、毛頭(もうとう)立腹(りっぷく)に及ばず候。(かえ)って胸中の(つか)え下り、安堵せしむるものなり。

 官兵衛を二十八日に妙覚寺(みょうかくじ)へ上洛せしむべく候。五体不自由の体なりとも、そのままの姿にて我らが面前(おもて)に参るよう申し聞くべく候。

 

 其方も官兵衛をしかと扶助致し候え。両人の忠節、しかと聞き届け候。

 

 十月二十四日 信長(朱印) 羽柴筑前守殿』

 

 信長は怒っていなかった。それどころか、『安堵した』と記してあったのだ。秀吉は歓喜し、傍らにいた蜂須賀小六(ころく)の手を掴んだ。

 

 「小六! ほれ見てみろ! 上様はお許しくださった! 松寿丸の生存を『怒っておらん』と仰せだ。それどころか、『胸中の痞え下り、安堵した』とまで……。

 小六、これもおみゃあ、全ては半兵衛のお陰だがや。あやつ、自分が死んだ後まで、上様が過ちを犯さぬよう地獄の先から手綱を引いておったんだがや。死んでもなお見上げた軍師。半兵衛、見ておるか、お主の勝ちだがや!

 官兵衛も二十八日には妙覚寺へ参れとの仰せだ。『そのままの姿で参れ』と……殿らしい、最高のお気遣いではないか。」

 

 小六もまた、主君の喜ぶ姿に安堵の笑みを浮かべた。

 

 「小六、官兵衛をしっかり支えてやってちょうよ。殿のお慈悲、五体に染み渡るわ。者ども、グズグズしとる暇はないぞ! 早速、二十八日の妙覚寺上洛に向けて段取りをせよ! 官兵衛を最高のもてなしで京へ送り届けるがや! 急げ、急げ!」

 

 その日のうちに、秀吉の激越(げきえつ)な喜びを乗せた書状が、姫路の官兵衛のもとへと放たれた。


 


 最後までお読みいただきありがとうございます。


 父子の再会シーン、半兵衛は単に命を救ってくれただけでなく、官兵衛が絶望に沈んだ時のために、松寿丸を『父を照らす光』として育て上げていたのですね。


 また信長からの返書にあった『安堵』という二文字。

 常に完璧な決断を求められる孤独な覇者が、心の隅で抱えていた『過ちへの悔恨』が救われた瞬間であったのかもしれません。


 『半兵衛、お主の勝ちだがや!』と叫ぶ秀吉の喜びは、それだけで秀吉の太陽のような性格を集約した描写にしたつもりです。


 次回官兵衛はボロボロの体のまま京都、妙覚寺にて信長との対面を果たします。

 一年という空白を経て、二人の天才は何を語るのか。

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