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第二話 魔王 織田信長

第1話のラストで坂本が呟いた「黒田官兵衛」。

彼はなぜ、信長、秀吉、家康という三英傑すべてに恐れられたのか?


第2話では、坂本が導き出した独自の「官兵衛論」と共に、いよいよ物語の舞台は450年前、緊迫の安土城へと移ります。信長に迫る絶体絶命の危機——。その裏で動く「知略の正体」を、坂本探偵と一緒に追いかけてみてください。

 「あっそうでした。黒田官兵衛(くろだかんべえ)でしたね!」


 田辺はそう言って無垢(むく)な眼を輝かせた。坂本はその眼を見て、話を続ける。


 「そう、黒田官兵衛。信長、秀吉、家康もが恐れた史上最強のナンバー2と言われた天才軍師だよ。歴戦は全勝、負け知らず。黒田官兵衛ならできる業かもね。いや彼しかできないかも……。

 完璧すぎる犯罪には必ず『消し跡』があるもんなんだよなあ。」

 

 「なんで全戦全勝なのにナンバー2なんですか?」


 「実は軍師として黒田官兵衛はあまりにも出来すぎたゆえに、途中で主君の秀吉に『こいつやべえな』って感じでビビられ出したんだよ。

 官兵衛はこりゃまずいなってことで九州で隠居することにしたんだ。

 でもね、秀吉が死んでからの話になるんだけど、実は関ケ原の合戦の時に、勝者を叩いて天下を取るっていう野望があったんだよ。

 どちらが勝者であっても大戦のあとだ。もう一戦やる体力なんか残ってないだろうってことでそこを叩こうっていう……。」


 「マジっすか?」


 「うん。ところが徳川方についていた自分の息子、黒田長政(くろだながまさ)の活躍で関ケ原の戦いは半日で決着がついてしまったんだ。

 官兵衛はその頃、瞬く間に九州を平定し数万の軍勢を率いて関ケ原に向けて進軍してたんだけどね。

 圧勝だったから十万近くいた東軍はさほど弱ってもいない。黒田官兵衛はこれは叩けないと判断し、九州に戻ってしまったんだよね。

 まあ、自分の息子の活躍で生涯最後の野望を諦めるしかなかったというなんとも言えない結果だよな。」


 「ヘーそんなことがあったんですね。知らなかった。」


 「今から話すのは俺の勝手な推論なんだけどさあ……。」


 


 (さかのぼ)ることおよそ四百五十年…。


 

 時は天正(てんしょう)六年(1578年)十月。


 琵琶湖を見下ろす安土山の山頂に、天を突くほどの異形(いぎょう)の城が姿を現しつつあった。


 視界の端には、未だ組み上げられたままの巨大な足場が、複雑な幾何学模様(きかがくもよう)のように秋の空を切り裂いている。

 山全体が巨大な生き物のように、槌音(つちおと)と男たちの怒号(どごう)を吐き出していた。


 開け放たれた広間からは、鈍色(にびいろ)に光る琵琶湖が一望できた。

 湖面を渡ってきた冷気が、完成したばかりの畳をなで、奥へと吹き抜けた。遠くの山々は燃えるような赤に染まりつつあるが、その美しさは、これから始まる「冬(危機)」を予感させていた。


 そんな秋の午後——


 豪奢(ごうしゃ)金箔(きんぱく)の広間の奥、薄暗(うすぐら)がりに一人の男が座していた。

 簡素な黒の小袖(こそで)(まと)ったその姿は、周囲の絢爛(けんらん)さとは不釣り合いなほど無機質だ。だが、そこから放たれるのは、深淵(しんえん)の底から這い出た魔物のような圧倒的威圧感。


 織田上総介(かずさのすけ)信長である。


 開け放たれた欄干(らんかん)の向こう、晩秋の冷徹な琵琶湖を見つめるその瞳には、裏切り者を焼き尽くす地獄の業火(ごうか)が静かに宿っていた。


 当時織田軍は第三次信長包囲網と呼ばれる、四方八方を敵に囲まれている状況にあった。

 

 目の前には顕如(けんにょ)率いる石山本願寺勢力。西にはその石山本願寺を後方支援する毛利。さらに播磨(はりま)には別所長治(べっしょながはる)、丹波には波多野秀治(はたの ひではる)。それに加え東には武田勝頼(たけだかつより)が、織田・徳川連合軍と対峙(たいじ)。これらの敵を同時に相手にしていたのである。


 その一角、別所長治の攻略を図っていた羽柴秀吉(はしばひでよし)軍を援護するよう、織田信長から命じられた摂津守(せっつのかみ)荒木村重(あらきむらしげ)は、突然自身の居城有岡城(ありおかじょう)に引きこもり、信長への反旗を(ひるがえ)しつつあった。

 

 荒木村重は今まで織田軍の最前線として、石山本願寺と毛利の間に位置する摂津守(せっつのかみ)として二者の交流を(はば)んでいたのである。だからこそ、ここに寝返られたときの、ダメージは計り知れない。信長にとっては京都へのルートをも断たれるという死活問題にもなり得る。


 荒木村重の謀叛の疑いは信長軍の命運を左右するほどの、あってはならない事件として信長の耳に入った。


 「荒木殿に逆心(ぎゃくしん)の疑いあり!」


 想像もしていなかった報告を耳にした信長は脇息(きょうそく)に置いた左肘を滑らせてしまうが、バランスを崩す前に前のめりに立ち上がった。左手には脇息(きょうそく)を掴んでいる。

 

 「馬鹿な!僻事(ひがごと)を申すな!」

 

 「はっ!誠のようでござりまする!」


 信長はよほど荒木村重を信頼していたのか、にわかには信じない。

 

 信長は真相を確かめるため、その場にいた側近の松井友閑(まつい ゆうかん)や、村重と親交のあった明智光秀、お気に入りの側近であった万見重元(まんみしげもと)に荒木をここに連れてきて弁明させるよう命じた。


 「ええでっ!ともかく村重をこれへ連れてこいっ!早うせぃっ!」


 その叫びは、安土の豪奢な金箔の壁を震わせた。信長の眼球は充血し、裏切ったかもしれない村重への疑念が、物理的な圧力となって部屋を支配していた。


 信長は裏切り者には容赦しない。今でも忘れ得ぬ裏切りを見せたのは実弟、(勘十郎(かんじゅうろう)信勝(のぶかつ)と、近江の名将、浅井長政(あざいながまさ)である。


 弘治二年(1556年)父の織田信秀(のぶひで)から家督(かとく)を継いだ信長に対し、品行方正な弟、信勝(のぶかつ)は彼を担ぐ家臣団と共に反乱を起こした。この時は信長が勝利したが、信勝(のぶかつ)は母の仲裁で助命された。

 これに懲りず再び反乱を企てた信勝(のぶかつ)だったが、側近の柴田勝家(しばたかついえ)が信長に密告。信長は『病気』と偽って信勝(のぶかつ)清洲城(きよすじょう)へ誘い出し、その手で暗殺した。


 また八年前には信長が妹、お(いち)を嫁がせて親戚となった近江国の浅井長政が、父の久政(ひさまさ)に説き伏せられ、同盟を組んでいた越前(えちぜん)朝倉(あさくら)氏に(ひるがえ)り、信長を裏切った。


 この時、信長は朝倉義景(よしかげ)を討つために越前に進軍していたが、裏切った浅井長政軍によって背後を脅かされ、『袋の(ねずみ)』になってしまった。

 信長の強運もあって、必死の覚悟てそのピンチを乗り越えたのだが、すぐに体制を立て直して彼らを撃破した。

 翌年の正月の宴で朝倉義景と浅井久政、長政親子の頭蓋骨を金箔で飾り立て披露したと言われている。

 とにかく裏切り者にはそこまで徹底してやる性格である。


 もし今回の荒木の謀反が真実であれば、織田軍はまた絶体絶命の危機を迎えることになるのであった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。


建設中の安土城で荒れ狂わんとする「魔王」信長。荒木村重の謀反という、織田家最大のピンチに際し、あの「天才軍師」はどう動くのか……。

次話では魔王信長の激昂ぶりを描きます。

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